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ママ友 二人目の別れ

d0065558_16035351.jpg少し前に息子の友達のお母さんが病気で亡くなった。
先日娘の友達のお母さんの葬儀に出席した。
娘が保育園の頃からの知り合いで、
千葉までの通勤電車で一緒になったり、
手作りのビーズの髪留めを娘がもらってきたこともあった。

本人の希望で、無宗教、お坊さん、読経のないお葬式でシェアされたのは家族が歩いてきたこの4年間のストーリー。

子供ができて、妻がこうなって
昔からの夢だったことをやっていることよりも
少しでも家族との時間を持てる事の方が大事になって
職業を変えた夫。

病気が分かって
1日でも家族とともに生きたくて
新薬でもなんでも試せるものは全て試すために
遠くは沖縄まで行ったという彼女。

同じ母親として
もし私だったら、と彼女に自分を重ねると
胸が張り裂けるほどに辛い気持ちであると同時に

お父さんや、お母さんの妹家族に支えられている子供達は
きっとこの出来事を糧にして
こんな思いをした事がない人には分からない
深みのある人生を築いていけるはずだ、と
彼らの姿をみて思った。

彼女は亡くなった、
けれど、彼女の子どもたちや夫の心の中では永遠に生き続ける

私は知っている
それが、どれだけパワフルな存在か
いかに生きる支えになり続けてくれるか、を。

明日は誰にも分からない。

私が子どもの頃に経験した大事な人たちとの別れと
こうやって大人になってから出会う別れは
その度にシンクロして、私を原点に帰らせてくれる。

生きている事
家族がいる事
自分にとって大事な人がいる
その ありがたさ。





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# by totoatsuko | 2017-11-05 11:10 | Comments(0)

葬儀に参列する:悲しくってもいい

d0065558_16224718.jpg初めて無宗教の式に参列した。
私は特定の宗教に属していないので違和感がなく
私自身はどう送られたいだろう、と思った。

フォーレかブラームスのレクイエムがいいな、
とか
私と私の大事な人との写真のスライドを私に近い人だけで小さく集まって見て
泣いて笑って、私の魂が入っていた体を火で昇華させて
無に返してくれたらいいかも、と思ったり。

後ろを向かずに
前を向くための会であったらいいな、
と小学生の子供に言ってみるが、あまりよく分かってない印象。。。

葬儀があった日の夜に
文章を書いていたら色んな事が思い出され、色んな思いがこみ上げてきて静かに涙が溢れてきていたところに、同じソファーに座っていた娘が振り返って私の顔を見上げて、
「泣いてるの? (お葬式)嫌だったら行きたくないって言ってくれてよかったんだよ」と言うから

お葬式は行ってよかったって思ってるよ、ちゃんとお別れできて。
泣くこととか、悲しい気持ちになることは、避けるべきことではないんだよ。
私は今 泣きたい気持ちだから泣いてるの。
それは、ある意味とっても必要なことなの。

と言うと
分かったんだかどうなのか、
ふーん、
と答えて、また本を読み始めた。

誰が彼女に 泣くことと、避けるべきこと、をリンクさせて教えたんだろう?
世の中の空気とか身近な人の背中(言葉づらではなく)から沢山のことを無意識に吸収している。
怖いな。誤学習して欲しくないな。




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# by totoatsuko | 2017-11-03 10:22 | Comments(0)

チママンダの言葉:ジェンダーは世界の隅々で問題になっている

d0065558_11313165.jpg日本も、この本を教科書として取り入れたらいいのに、と思ったけれど、読んだだけでは人の価値観って変わらないんだな、
と思わされたのは、New York Timesでシェアされていた、チママンダが彼女の母校であるアメリカの高校でスピーカーとして招かれた時のエピソード。

生徒たちはチママンダが来るにあたって、彼女の We all should be feminist を事前に読んでいた。

彼女が、今日は何を話しましょうか? 聞きたい話はありますか? と生徒たちに投げかけたら
男の子が、「育児と(当時、彼女には2歳の子供がいた)仕事のバランスはどうやりくりしてるんですか?」と質問。
「あなたの質問には後で答えるから、その前に一つ約束して。
あなたが次に ”お父さん”で”仕事をしている人” に出会ったら、同じ質問をしてください。」

生徒達が騒ついたのは想像にかたくない。
チママンダはこう言いたかったのだ。
「育児と仕事のバランスはどうしてるか?って、男性に対して疑問を抱きませんよね、多くの場合。
そこがまさに、私達が潜在的に思い込んでいる、男性は女性はこうあるべき、という縛りなのです。」

彼女の本を読み終えていても
読む前の自分と変わらない質問をしてしまう。
彼女の本を読んだからこそできる質問が必ずしも生まれてこない。

自分はそんなバカな質問はしない、と思うかもしれません。
でも、する確率は高いです。
本を読んで人の意識が変わりそれぞれの人の行動が変わっていたら、
とっくにジェンダーの問題も、世界のありとあらゆる問題も解決しているはずです。

吸収したことを、ちゃんと自分の頭で考え、感じ、自分の言動を変えるところまで落しこんでいこう。

最後に本の中から抜粋
***
「ジェンダーが世界のすみずみで問題になっています。
そこでわたしは今日、それとは違った世界を夢想してプランを練りはじめたほうがいいと呼びかけたいのです。
もっと対等な世界を。自分自身に誠実であることで、
より幸せになる男性たちとより幸せになる女性たちの世界を。
これが私たちの出発点です。
私たちの娘を違うやり方で育てなければいけないのです。
私たちの息子もまた違うやり方で育てなければいけないのです。」
***







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# by totoatsuko | 2017-11-02 12:46 | Comments(0)

みんなフェミニストじゃなきゃ

d0065558_11331937.jpg(邦題)男も女もみんなフェミニストじゃなきゃ (原題:We should all be feminists)written by Chimamanda Ngozi Adichie
を読みました。kindleで英語版100円でダウンロード出来ます。

出版社の紹介文が分かりやすいので以下に転記。
***
「わたし自身の、フェミニストの定義は、男性であれ女性であれ、
『そう、ジェンダーについては今日だって問題があるよね、
だから改善しなきゃね、もっと良くしなきゃ』という人たちです。
女も男も、私たち「みんな」で良くしなければいけないのですから。」

ビヨンセが「Flawless」で取り入れ、DiorがTシャツを作り、
スウェーデンでは16歳の子ども全員に本書を配った!
世界27か国で刊行、大きな話題となった1冊。
***

読んでいて、本当に、まだまだ私たちは、女性だから、男性だから、”こうあるべき” と”無意識に”とらわれていて
そのせいで、自分達自身を生きづらくさせているな、と思いました。

女性だけが困っているのではなく
おかしな ”男性らしさ” を植え付けられた男性たちの中には、そのせいで心の中が崩壊している人がいるからです。
そのせいで、本当の愛がわからなかったり、本当の ”強さ” が分からなくて、
自分を蝕む恋愛をしたり、言葉や体の暴力を無意識に、それが、愛ではない、暴力ではない、と分からず、
そして、自分が息が出来なくなってると気付かず、毒を撒き散らしながら生きるしかない、
大げさにいうと、そんな事が起きてると思います。

自分の子供たち、男の子も女の子も、
そんな 
ステレオタイプな女性らしさ、男性らしさ、
古臭かったり、おかしい女性に期待するもの、男性に期待するもの、
に囚われず、汚染されず、大人になってくれたら、と願って止みません。

でも、それはたやすい事ではない。
何故なら、そういう私自身だって、家族や社会から無意識に学んだものから自由になりきれていない、と感じるし
ましてや、今の日本では、おかしなジェンダーに対する姿勢がメインストリームだと この本を読んで改めて思うから。

究極的に言えば
男の子だから女の子に優しくするのではなく、お互いが人として優しくあれればいい。

例えば重いものを持つのだって、その時持てる人が持てばよくて、
男の子だから重いものを持って ”あげなくてはならない” のではない、と思う。

女の子の方が背が高ければ、隣に男の子がいたって、届かない所にあるものを女の子が取ればいいし
その時男の子がささやかでも”劣等感” を感じなくていい社会や個々人の感覚があれば、
無駄にネガティブな気持ちを抱えなくていい。






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# by totoatsuko | 2017-11-01 08:34 | Comments(0)

ちゃんと向かい合う 逃げない 戦う 勝ち取る 仲間を作る

d0065558_10404985.jpgそういうものだから
で済まされない、許されない風潮が少しづつ見受けられる。

ハリウッドの大物プロヂューサーだって、自分はsexual harrasment, sexual assault はやっていない、合意のもとだった、と言い張っている。
自分が持っているパワーを乱用していた、という自覚すらない。
もしかしたら、この業界では、それが ”当たり前” だと思っていたから
あるいは、そうせざるを得ない自分の心の闇の存在に無知だったから
そういうことが続けられたのかもしれないし、否定できるのかもしれない。

そんなことを考えていたら
何も大物プロヂューサーと若い女優の間、
大きなパワーを持っている人とそうでない人との間だけで起きてるようなことでもない、
と思う。

パートナーが悪気もなく浮気しても、見て見ぬ振り、知らぬ振りをする、
暴言、暴力を受けても、生活を荒げないようにしている人たちの話はよくきく。

そんな経験、求めているの?
誰も望んでそんな関係を築きたくないはずだけど、、、

女優としてやっていきたいなら、役を得て、今後のキャリアに道が開ける可能性と、
いっときの(あるいはある一定期間の)最悪な体験(ずっと心には残り続けるが)を天秤にかけ
キャリアを選びなら大人しく従っていた方が話しが早い、と考える。

自分に対して最悪なことをする人なのに
完全に信頼する相手には程遠い相手なのに、
時に、とても面白くてチャーミングでサポーティブだったらどうする?
若くて、キャリアがなかったり、生活が不安定だったら、乗っかりたいと思ってしまう、その心理がよく描かれてたのはこのNew York Timesの記事

子供を育てるにはお金がかかり、
自分一人の収入では受けさせたい教育を受けさせられなそう
もしかしたら、話をすり替えられて、子供すら自分から取り上げられてしまうかもしれない、
と思っていたら、黙って夫婦関係に波風立てない方がいい、という計算をするのもサバイバル。

訴えたところで、この業界の常識知らないの? と責められたり
作り話してこんな才能ある有名人を陥れようとしてるの? 
それぐらい我慢できる範囲でしょ、
みんな我慢してるんだよ、と言われたりして
さらにトラウマティックな体験をしてしまうと、さらに自分が立ち直れなくなるし
自分は何も悪くないのに、社会から抹殺されてきた人がいかに多いか。。。

アメリカは変わろうとしているが本当に変わるのか?
日本は変わる気があるのか、、、

変化にはいつの時も、大きな痛みが伴う。

まずは未来の大人の手本となっている ”現在の”大人たちの一人一人の意識や生き方接し方が変わらなければ。




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# by totoatsuko | 2017-10-31 11:34 | Comments(0)

それがいけないことだ って知らないから

子供の頃に父親から虐待され、それに対抗するために拒食症になって、体重が30kgになっても、母親も見て見ぬ振りをしていた家庭環境から
医師になって児童虐待防止のための啓蒙活動を行なっているセリーヌ ラファエル氏。

フランスでは、子供の虐待には無関心で、犬への虐待の方が社会的に話題になることが多かったそうだ。
彼女が本を執筆する過程で、父親も自分の父親に暴力を受けて育ち、母親の父もアルコール中毒だったことなどを書いて
彼らの生育歴と自分の経験が整理されていき、
そういう環境に育った人は その行為が ”虐待だ” とは認識できないのだと分かった、
とインタビューで言っている。

親には殴られるもの 
腹がたてば殴るもの
(殴られた、という認識もない。された事が、”殴る”という言葉で描写されるものではなく ”撫でただけ”という言葉がしっくり来る、と思っている場合もある)
そこに疑問を感じる余地がないほど思考停止、感情停止して生きているから
心は死んでるのに そのことに気づかず
普通に自分は生きてきた、だから 人生そういうもの、と何も疑問を持たない感覚というか。。。

彼女の両親は彼女の本を読んでもないし、虐待であった、ということも認めていないそうだ。

d0065558_10401269.jpg自分の行為に対して相手はどういう表情をしているかに対して興味を持たず、自分の行為が相手との関係に何を生んでいるか捕らえようともせず

自分は悪いことなんかやってない! と言い張りのではなく

相手のコメントにムカついたら、
その気持ちを観察して
そこに何か”自分の”重大な問題が潜んでいるかもしれない
と立ち止まる事ができれば、
自分を変えるプロセスを始める事ができるかもしれない。

そういう人こそ 心理療法 を経験したら より楽に生きられるんじゃないかと思うけれど
思考・感情停止してるので、自分のそういうところに自分で問題視して、なんとかしたい、なんとかしないと!
というアクションには繋がりにくいのが現実だ。







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# by totoatsuko | 2017-10-19 08:49 | Comments(0)

雑談よりも中身のある話

d0065558_10423950.jpg世間話は関係の潤滑油で必要なものだ。

今日はお天気いいね〜。
今って〜流行ってるよね。

しかしそんな会話、誰にでもできる。

どうせ自分にとって大事な人との会話に時間を費やすなら
自分がどう感じたか、どう考えたか、

食べたかどうだか解らないふわふわのパンを食事にするのではなく
どっしり系のパンでちゃんとした食事をするように

親しい友人や家族との会話は中身のあるものを交換し
関係をより強固で信頼できるものへと育てていきたいものだ。

”入れ歯だから” ふわふわのパンしか食べられない
というように、心がシリアスな話、核心をついている話に向かい合えない状態なら
入れ歯を自分の歯に戻してなんでも噛める口腔内状態にするように
セラピーで 自分が自分とシリアスな会話をし
中身のある会話を楽しめる心の状態へ変わっていくことで

他者との中身のある会話が楽しめ
相手と深い関係を築ける自分になれたら
より人生を味わえ より幸福感を感じられるテイストが育っていくのではないかと思う。





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# by totoatsuko | 2017-10-17 17:17 | Comments(0)

”体験”に投資する

d0065558_21211024.jpg自分に投資する
自分の糧となるようなものに投資する

確かにモノを手に入れ、所有し、
それを身につけたり、
眺めたりすることで幸せな気持ちになれる。

けれど
自分の発想を豊かにしてくれる体験への投資や
自分の体や心をよりよい状態にするためへの投資だと

それは、誰かに、お、かっこいいジャケットだね、という風には気づいてもらえないモノだけど
人に気付かれなくたって、人に褒められなくたって
自分の ”生きている感覚” が変わる体験をすれば
”自分が” が何よりもその 投資のリターンの証人である。 


ただ、人に認めて貰わないとその価値を確認できない人には割に合わない投資の仕方かもしれない。

そんな人は まさに ”人に評価されることを目的としない” 自分のためのセラピーに投資して
他人がどう言おうと関係なく 自分がいいと思った感覚を自分が肯定でき
自分が良い状態になることに価値を見出せる自分になれると
より生きやすく よりよく生きられるのではないか、と思う。



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# by totoatsuko | 2017-10-14 20:36 | Comments(0)

心のレントゲンを撮る

d0065558_19585774.jpgレントゲン写真を見る

骨のつき具合や、ねじれが、はっきりと見てとれる。

皮膚の上からでは決して解らないレベルのことが
くっきりわかる。

セラピーの中で行う ”絵を描く” という作業と、
その時描かれるものは
心のレントゲンを撮って、
それを見て診断していくような感じだと思う。

思ってもみないこと
なんとなく気づいていたこと

それが、抽象的な色と形を通して、
象徴的に紙面に投射される。

レントゲンと違うのは、レントゲンは機械で撮るけれど
自分の心を描く作業も 自分自身で行う、というところ。

描いている作業にも、いろんな感情に気づきが生まれる。
描き上げたものについて、描いている時の感情についてセラピストと話すことで
自分の心の構造が見え

自分の心に痛みを生じさせている箇所を セラピーを通して ”治療” していくことを可能にする。






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# by totoatsuko | 2017-10-14 19:59 | Comments(0)

故人を自分の中で生き返らせる?

d0065558_16220905.jpgグリーフプロセス。

母の死は予期していたし

母の病気の事、母が亡くなることについては、母と何年にも渡って、いろんな話をしてきた。


だからと言って、母が亡くなった後、

自分の気持ちの整理が簡単にできるわけではない。


母が亡くなったことについてグリーフプロセスをやりたい、と音楽心理療法セッションに来たクライアント。


自分とお母さんとの関係ってどんなものだったんだろう、

と篤子さんに聞かれて、

正直 “わからない” という感覚がまず浮かんだ。言葉で表せない、とかではなく、“わからない” という感覚。

ただ、とてもとても大事な言葉で表せないもの、という事だけはわかる。


では、その“言葉だけでは表せない”と表されるものの細部をセラピーで知っていきませんか。

その大切なものがどんな素材で作られているのか。


というと


やってみたい、という気持ちと

もしそれが分かって、分かったと同時に、もうその大事な要素が自分に存在しない(お母さんが亡くなったから)ということを目の当たりにするのは辛くて怖い

お母さんはかけがえのない存在だった、とぼんやり思っている方が楽かもしれない、

という会話をしました。


そして、話の流れで、やはり自分と母とのことをもっと知りたい、という気持ちに彼女はなりました。


Guided Imagery and Music で、音楽を聴きながら体験したお母さんとの関係のイメージは、黄色くてあったかいものに包まれて安心仕切っている自分、でした。そして、恐れていたこととは裏腹に、

イメージの体験と通して “心のレベル” で母との関係を追体験・再体験することで、母の肉体は存在しないけれど、自分の心の中では、”まだ母が生き生きと存在している”と“実感” したのでした。


大事な人が自分の人生から“肉体が死ぬことで”消えてしまう、その悲しみは言葉で表すことができません。

しかし、心理療法を通して、心の深いレベルでその存在を再確認できたら、その大切な人と過ごした時間、その人との関係で学んだこと、吸収したことを、心の中の “失ったものを入れる箱” に仕分けして、その中にしまったままにせず、日々の中で、その大切な要素をありありと感じながら、その人の存在をより身近に感じながら、大事なものと共に生きることができるんです。


深い感情体験は、ポジティブなものにせよ、ネガティブなもの、どちらにせよ自分の価値観や生き方に影響を与えます。その体験によって、自分を傷つける生き方を選んでしまう、そんな道を歩いてしまうこともあります。でも、その心の痛みの深さ、痛さを本当に知っているから、だからこそ、そんな痛みを感じる状況に自分を絶対に陥らせない生き方をしよう、という情熱に繋がる。


失ったものが何か、を心理療法レベルで知っていこうとすることは、絶望的な気持ちになるとは限らない。

実は、本質的には、自分は大事な人、大事な時代を失ったのではなく、大事なものは自分の中で確かに存在し続けている、と気づけるかもしれない。


グリーフのプロセスは、故人を再び自分の中で再確認し、再び蘇らせることにつながるかもしれない。



#音楽心理療法体験談 まとめページ


お問い合わせ は letsmusicingATgmail.com まで。

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# by totoatsuko | 2017-09-13 16:36 | GIM:音楽と深層心理イメージ | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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