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Music together 2018 冬学期 代々木上原クラス

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Music together 2017年 秋学期 代々木上原クラスの日程詳細が決まりました。

場所:代々木上原駅付近
日時:日曜日 10時半~ 

各回45分セッション 
(日程の詳細は以下)

計12回

1学期 参加費:29000円 
8か月以上のご兄弟 25000円 


(冬学期の教材1家庭1セット、マクロビ スナック付き)

初日:1月7日
最終日:4月1日

上記の期間でお休みの日曜日

2月4日, 3月25日 

体験は随時受け付けております。
お子様1名につき1000円でご参加いただけます。
music together 代々木上原クラスのFBページ
お問い合わせ・体験 お申込みは letsmusicingATgmail.com 灘田 まで。
(ATを@に置き換えてください)

Music together について過去の記事
単発ではなく学期を通して参加する理由

私が娘と参加したmusic together体験感想文

music together がいい! と思う理由

Music Together本部のHP




#音楽心理療法体験談 まとめページ


お問い合わせ は letsmusicingATgmail.com まで。

















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# by totoatsuko | 2017-12-21 22:21 | Comments(0)

自分をケアする

d0065558_13005421.jpg自分を本当に大事にする

自分の体や心理状態の”お世話”を自分でする

という感覚を持つことの大事さは、

音楽療法士になってから、そして、経験を積む中で切々と感じている。


今年は、ピラティスとヤムナの認定インストラクターとしての仕事も受け始め

いろんな方々の体に、その方達と一緒に向かい合うことを通して

体の痛み(肩こり、腰痛、頭痛、外反母趾 などなど)も、心理状態と同じで

自分の体の使い方、骨の向きや柔軟性、関節の状態、筋肉の使い方で、自分が引き起こしているものが多い、と感じる。


抗鬱剤を飲んでも、鬱を生む心理構造が変わらなければ鬱でない状態で生きることが難しいのと同じように

整骨院に行っても、マッサージに行っても、手術をしても、体の使い方自体を変えなければ、痛みを生む体の”使い方の癖”によって別の痛みを生み続ける。自分で”体の使い方の再教育”をしなければ、痛みは再発する。


対処療法には限界がある。

痛くなったら専門家のところに行ってなんとかしてもらう、の繰り返しは

まるでトレッドミルに自ら乗って痛みへのループをひたすら走っているようなものだ。


繰り返し、永遠に続けないといけない治療に通うために費やす時間は、今すぐにはパッと計算されて目の当たりにしないかもしれないけれど、確実に自分の時間をむしり取っているし、痛みに伴う精神的な負担だって継続している。


だから、これ以上、心理的にも肉体的にも自分を痛めつけないために、

自分の土台から変えるための時間を割き ”予防する” 

痛まない心、痛まない体に変容していくプロセスに一時期自分を投入するのは意味があると思う。


だけれども! 子どもや仕事や家族のために頑張って時間を割いて東奔西走していても、

自分のために頑張って時間を作る、自分のために周りの人に協力してもらうなんて考えもしたことがない人も多い。


自分が”いい状態”に変容したら

痛みや不快感に囚われる時間が減り、

病院通い、マッサージ、整骨院通い、

≈自分の心理パターンのくせによって大事な関係をこじらせたり、壊したりする、憂鬱、怒り、イラつき、などという要素が人生から排除されていき

大事な人と過ごす時間のクオリティー、自分の人生のクオリティーもあがりより充実するはずだ。


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# by totoatsuko | 2017-12-18 21:47 | Comments(0)

You can be always with your loved ones

This is a daily that I wrote a couple of days ago.

It is full of my personal feeling, but I share it with you anyway.

***


My kids called me in in evening and asked my permission for the sleepover at their friend's house. I was at the middle of my work and felt relieved: "Yey! I don't need to cook dinner tonight."


After I finished working, I suddenly realized that I was alone at home and no one would accompany me for my dinner. Since this alone time popped up out of blue, I did not plan any fun staff to indulge such a precious me time night, I felt a bit lonely. It's rare for me to feel in that way since I always appreciate planned alone nights. Being a mam for 12 years, being alone is such a gift.

I thought "why don't I start watching US drama series that I have self-disciplined for many months since I knew if I would start watching, I would not been able to stop watching for the next 12 hours, at least. But, the reality is that I have only several hours to go to bed at the decent time. I need to wake up feeling up to have a music together class with energetic little kids and parents.

I ended up doing boring and mandatory little staff that I have somewhat avoided to be done for the last couple of weeks, at least being accompanied by the loud "recorded" live jazz music from an internet radio program. No fancy Tokyo girl's night out nor no non-ordinary happenings.

This sharply appeared glimpse of the quiet night at the middle of the full of daily hassles only gave me a chance to make ends meet. It's felt a bit unfair but good enough. My kids are having unpredicted super fun night. I wish I would have done something "Satuday-ish".

The truth is that this life itself is already special. I don't ask any more. I am contended with the fact that my kids are happy without physically being with me. They can talk to me and feel me, who are solidly internalized inside them. Since they are confident in their deep in psyche about that my home is their home where they can be themselves. They've learned that physical distance does not mean the total separation.

When you are thinking of the person, you are already being with him/her.

Within 5 minutes, here comes the end of today. I'd better off stop murmuring.
Let's take a bath listening to only water sounds and go to sleep without nodding to kids' bed time talk,
but feeling deeply my children's precious presence in my mind.
Warmth of mutual unconditional love.

Good night.

#音楽心理療法体験談 まとめページ


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# by totoatsuko | 2017-12-18 09:23 | Comments(0)

キャンサー ペアレンツ

d0065558_12291036.jpg死を待つ生活を送ること 

という親でありながら癌になった方達が書いているエッセイを集めたサイト。


私はいつも ”死” にまつわるストーリーに魅かれている。

死が持つそれぞれの人にとっての意味や影響は計り知れない。

そこには、どうすることもできない人の気持ちのあがき、醜さ、美しさが交錯し、凝縮する。


子どもを育てる癌宣告を受けた親たちのストーリーは人ごととは思えない。


私だっていつ病気になるかわからない。

それをリアルに実感していればいるほど、今日があることに感謝する、

たとえ、いまこの瞬間は健康に何も心配がない状態でも。


そしてまた、死に直面している人とその家族との音楽療法士としての仕事にも誇りを感じる。

本人にとっても家族にとっても、とても特別で忘れることのない

「生きている、という感覚と、終わりが近づいている感覚が自分の中でリアルに同居しているのを感じている時期」なのだ。その2度とない特別な時間が流れている時に、その人の人生の意味を共に振り返る作業、家族の形を確認する作業をセラピストとして一緒に行い、大きな人生の幕を閉じる、その閉じ方を主体的に本人が決めていく手助けをする仕事は、私の心の深い深いところを使ってとても特別なつながりをその人たちの命と築く。


自分の力ではどうしようもない自らの死の足音が身近に感じられれば感じるほどに、生が輝いて感じられる。

辛いことに耐えられなくて自殺願望をもっているときの死の色合い、生の色合いとは、また別物だ。


死は未知なるもので、一度しか経験できない、一度しかこの命をこの体では生きることができないのと同じように。


死に対して拒否反応を示し、たとえ他人事でも話したがらない人も多い。
何故自分はそういう感情反応をするのか、専門家と一緒に深く自分と対話してみると、生きていることに対して新しい感覚に出会うかもしれない。



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# by totoatsuko | 2017-12-16 12:47 | Comments(0)

ありの〜ままの〜自分でいいのよ〜

d0065558_16535305.jpg多国籍なグループと話をしていて、こんなに訳し方が違うって面白いよね、国民性のせい!? 
という話になった
アナと雪の女王の映画で大ヒットした曲 "frozen"

サビのところの英語歌詞は let it go

日本語は ありの〜 ままの〜 自分でいいのよ〜 (英語に直訳すると Be yourself)

フランス語だと liberee delivree (英語に直訳すると liberate and deliver)

中国語だと 让她走 (英語に直訳すると Let Her Go)

誰かに
Be yourself と言われるのと 
Let it go と言われるのと
liberate and deliver と言われるのと (自由にして そして 何を届ければいいの〜!?)
Let her go と言われるの (彼女をもう行かせてあげて って!?)
ってぜんっぜん意味も違うし、受け止め方も違う。

自分に主体を持って! と言われるのと
もうそんなのどうでもいいじゃん、ほっときなよ、と言われる感じかなぁ。(状況によって読み取り方も変わると思うけど)




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# by totoatsuko | 2017-12-06 08:40 | Comments(0)

5 love languages : 愛を伝える5つの方法

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ホリデーシーズンになり、
プレゼントのことを考えることが増えているかもしれません。

友人が5 love languagesの話を子どもとしたのだけど、という話をしていたので
私もテスト やってみました。Web上でサクサク5分くらいでできます。

集計は自分でしないといけないけれど、、、日本語のアンケート用紙のサイトはこちら

自分にとって、何をされたら相手に愛されていると感じるか、ということを考えさせてくれます。

・Words of Affirmation 言葉の承認
・Act of Service 自分を助けるような行動
・Receiving gifts 物を貰うこと
・Quality time いい時間を一緒に過ごすこと
・Physical touch フィジカルタッチ


物を貰うことを通して相手の自分への愛を最も感じる人もいれば、
相手が自分と時間を共に過ごすことを求め、一緒に実際いい時間を過ごすこと通して、思いを確認できる人もいるわけですね。

もちろん、その相手が、パートナーなのか、親子間なのか、その関係性によって
もらって嬉しい、と思う内容も変わって来るとは思いますが・・・

相手がどのタイプなのかざっくりでも分かると、勘違いなプレゼントをしなくて済みますね!
そして、自分がどのタイプか、相手に納得して貰うのも助けになるかも。

物をあげないとギフトにならない、と思い込んでる人に
物はいらないの、一緒に過ごす濃い時間が一番のプレゼントなの、と言っても、簡単に受け入れてもらったり、理解してもらえるとは限らないですから。。。
(買ってあげる、と言ってるのに貰えないのか!と怒ってしまうパターンだってありえますね。
そんな、ありのままの私、を知ろうとしたり、受け入れようとする気がない人とは、付き合い方を考えた方がいいと思いますが。。。)

5つの love language にはどれにも落とし穴がありますが (どれも、うわべだけやろうと思えば出来ますから)
いい意味で、コミュニセーションの質の向上と関係のクオリティーを深めるために使えるといいな、と思います、
 



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# by totoatsuko | 2017-12-05 16:36 | Comments(0)

メトロポリタンオペラ ライブビューング

d0065558_17025877.jpg今年も始まりました、ニューヨークのオペラシーズン。

ニューヨークに住んでいた頃は、マチネ(お昼の公演)も、ソワレ(夜の公演)も、日本のオペラ公演とは比べ物にならないくらいお手頃な値段のチケットが買えて、よく通っていました。

オペラハウスに向かうワクワク感
終わってから余韻に浸りながらブロードウエイを歩いて家に帰るまでの道のり。

日本に帰ってきてからは、
映画館で見るオペラが、私の冬の楽しみの一つになっています。

先日見たベリーニ作曲の「ノルマ」のメイン3人の歌手たちには圧倒されました。
これまで自分になかった感性が刺激された感じで
声が持つ深み 歌声の魔法にかかったようでした。

もちろん、舞台セッティングにも感動。

自分が歳を重ねるごとに
その歳を重ねたぶんの経験があり、視点が増え
美しいもの 幸福なことを より甘受できている自分が育っているようにかんじ
歳を重ねることの喜びを実感しました。

同時に、歳を重ねることは、いつか死ぬことを意識させられ
それはまた自分の大事な人たちと別れなくてはならない、という悲しみに思いを馳せることにも繋がるのですが、だからこそ、この瞬間に感謝して生きたいと思います。





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# by totoatsuko | 2017-11-26 17:15 | Comments(0)

わたしのイメージ

d0065558_17000302.jpgお花をもらった。
篤子さんのイメージのお花はやっぱりこれかな、
と思って選んだ、と。

真紅の薔薇。

随分前に、別の人にも、おんなじようにして真紅の薔薇をもらった事がある。

真紅の薔薇 に対してわたしが主観的に持っている雰囲気や象徴が、
自己に対するそれとは全然違うから

人にはそういう風に感じ取られているんだ、と少し不思議な気持ちになる。


ある時、割と親しい人から、あるアパレルのポスター写メ付きメッセージがきて
篤子さんの雰囲気にそっくり、って。
これもまた、とても自己像とかけ離れてて 不思議な気分になった。



自分自身は何も変わらないし、何も狙ってないのに、
受け止める人によって、
その関係性によって、
私という”像” は 様々な色形に相手の心の中で彩り形取られていっている

その 他者の中に作られる 私の”虚構?” は大体のところ知る由がないし、
お花をもらって少し垣間見たり
少し話をして感覚を得たとしても、
その虚構もその人の世界で生きて変化しているから、私にとっては捉えようもない。

どうやったって、自分の主観から逃れることは出来ないし
逃れなければいけないものでもない。

ただ、自分の主観に溺れないだけのバランス感覚は欲しいところだ。
難しいことだけど。

人の心の中で生きてる”自分”は、そんな感じで自由に印象がかたどられ、変化し
それに基づいて、人は相手の反応を妄想したりして自分の行動を無意識に決めている。

どんな妄想を作り上げられようと
どんな行動を勝手に期待されようと
自分は自分 で、
自分の自分に対する感覚を見失わず
自分がやりたいように振舞っていきたいものだ。



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# by totoatsuko | 2017-11-12 17:00 | Comments(0)

いい人 の 心の状態は

d0065558_10425109.jpgいい人 の 心の状態は 誰にも分からない 

自分自身ですらわかっていない。


どんなに言葉で素晴らしいことを言っていて

どんなに才能があって

どんなにいい仕事をしていて

どんなに頭脳明晰でも


自分で自分の心の歪み って気づけないものなんだな、と思う。


レントゲンとったり

体の歪みなどが診れる人のところに行って初めて自分の体の状態が分かるように

そのための作業をスペシャリストと一緒にやってみないとわからない心の状態がある。



大体のところ いい人 として振る舞えるのに。

多くの人は その人のことをいい人だと思ってるのに。


みんなに いい人だね、凄いね、って言われてるから

余計 自分は問題ない、って人の評価を頼りに自分を騙す事が出来るのか。


その人の心の闇は大きくて深くて、

大体のところ いい人でいるんだけど

局所的に すっごい恐ろしいことを平気でやる

恐ろしいことをしてる 言ってる って自覚すらせず

一番大事なものを 自分で壊している事すら気付かず。


気付かないようにしてるから

心の痛みに蓋をしてるから

闇と直接対決せずに生きてられる。




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# by totoatsuko | 2017-11-08 12:43 | Comments(0)

神様が全部直してくれたらナ

d0065558_19190342.jpg大事な人を理不尽に失う、とか
なんだかもうどうしようもない 耐え難いことに向かい合わないといけない時
神様がぜーんぶ寝てる間に直してくれたらいいのに
と思うことってないかな、と思う。

でも、そんなことって 絶対起こらない。

無茶な夢を描いて現実逃避しながら現状を悪化させ続けるより、自分でちゃんと地に足をついて歩く方法を探ろう。最初は自分でなんとかするには状況が壮大すぎる、と感じても、セラピストと共にその旅を始めれば、ちゃんと歩けるようになる自分の足で。

自分で向かい合って
自分なりに整理して 道を作る 
いつそこから抜け出せるか分からなくても
誰のせいにするともなく
自分とともに葛藤し戦い?続ける。

だから その混沌から抜けた時の心の晴れやかさは格別




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# by totoatsuko | 2017-11-07 13:22 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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