カウンセリング@代々木上原・音楽療法・心理療法 GIM

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映画 インセプション x GIM

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2010年に公開された クリストファーノーラン脚本の インセプション 

かなりざっくり、しかも偏った視点からの纏め方になってしまうけど
顕在意識より深い意識の層 (altered state of consciousness)の中に入って、
過去の出来事に対するperceptionや記憶、feelingの色合いを変える操作を行って、
その結果、顕在意識レベルでの世界の捉え方、生き方を変える、というミッションが描かれている映画

他人が恣意的に操作しようとするところは全く違うのだけど、、、
自分のための変容のプロセスの途中で、
その変容を邪魔しようとするキャラクターや事故、
変容の価値を疑わせ、止めさせるための正当な理由を自分自身の心理的要因が創造したり、
そのプロセスが危険に満ちたものであり、とても繊細で、予想もしないようなハプニングが起きていくたびに
自分自身がそれと向かい合い、死にそうになりながらプロセスを前に進めて行くようなことろ
激しい葛藤
和解

そんな要素が、GIM/音楽心理療法の作業・プロセスと丸かぶりしている、と思いながらみていました。 

GIMのような深い心理プロセスが、こんな壮大な映画として、しかもメジャーなハリウッド映画として8年前に作られていた(クリストファーノーランは鬼才だと思うので、少し王道ハリウッドエンターテイメントとは一線を画しているという印象だけど)、というのに、私は今ちょっとした衝撃を受けています。

とはいえ、映画の中でも描写されているように、その深層心理の変容プロセスの”体験”はいつでも、自分自身の抵抗によって中断されたり妨害されたりする。
altered state of cosciousness の層での作業は、不安定で巧妙で壊れやすく繊細でありながらパワフルであるがゆえに、
映画の中で最終的に起こるような 内的な”変容” ”和解” ”resolution" に心理療法プロセスを通して行き着くには、
クライアントもセラピストも、相当な経験を通り越すことになる。

映画の最後の方で、全員が飛行機の席に戻った時
ああそうだった、今まで潜在意識の出来事をみてたんだ、と思わされたところに、この映画の作りの巧さを改めて感じました。

夢を見ている時は、多くの場合、夢をみていると自覚していない。
それくらい顕在意識から離れたところまで降りていって必要な心理作業が心理療法セッションできると 
(そのためには、セラピストや音楽に対する信頼の度合いとか、自分がreadyかどうか、等様々な要因がセラピーの作業の一環として構築する必要があ理、それがまた大きな仕事なのだけど。映画では、その要素は薬品とマシンに委ねられていた。)
本当に、”今” の感覚が変わる、自分や人、世界に対する感覚が変わる、というのは私自身のGIM体験から言えること。








# by totoatsuko | 2018-10-23 10:35 | Comments(0)

聴きたくなる歌

d0065558_21585309.jpgたまに聴きたくなる歌 ってないですか?

私は、何かのきっかけで知った歌の中のほんの数曲をたまにふと思い出して、何度もリピートして聴きたくなる。

今夜は家の中が比較的静かで やらなくてはいけないことも少なかったので あの歌、どんな歌詞だったっけ?と聴きたくなって
歌詞の一言ひとことを噛み締めてきいて、一緒に口づさんでいた。

インターネットってほんと便利。歌詞の一部とかしか思い出せなくても見つけられる。
そして、同じアーティストの他の歌を発掘したいりする。

最後にその歌を聴いたときのことを思い出したり
そのとき社会で起きていたことに思いを馳せていたり
今の自分の感覚に重ね合わせて、感情をFlowさせたり。

一つの歌から感じることが七変化して心の中に様々な色で埋めていく。

心の中のエネルギーが解放されていくような感覚というか。
その感情の動きを主観的に体験しながら、客観的にその音楽体験についてや、そこから起草された思い、引き上げられてきた記憶、を具体的な文字に落としていくことで、同時に自分の存在に対する感覚が変化していっているのが再確認されていくというか。





# by totoatsuko | 2018-10-15 22:12 | Comments(0)

家族という密室でまかり通るルール

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毒親サバイバル
という本が今年8月に出版されました。

自分の親を愛さなくてもいいんだ、許せなくても当然なんだ、そう思わせてくれるエピソードたち。

この本は、なんだか子ども時代辛かったな、
自分にとって大事だと思ってる人との関係がいつもうまくいかないな、ヘルシーじゃないんじゃないかな、

と思っている人には、そこから自由になるために自分が今の自分に何をしてあげたらいいか
道が拓けてくる感じを感じさせてくれるかもしれない、と思いました。


子どもは、自分の家庭がある意味全てであり基準だと無意識に位置付けして子ども時代を生きるので
自分の親が毒親であるかどうか、なんて考えることは稀です。
たとえ、親に殴られて、怒鳴られて、辛くて、ビクビクしてても、
お風呂もろくに入れなかったり、ご飯もろくに提供してもらえなくても、その世界しか知らなかったら、そういうものだ、と子どもは思う。
もちろん、貧しい国の貧しい家庭で育児放棄や虐待をしていなくて、ただ、習慣として、その土地の基準として、お風呂に毎日入らない、とか、食事の支度のされ方や内容が他の国の文化と違う、ということはありますが、、、それとこれは別の話。

田舎のクローズドな地域で生まれ育って
ネットにもアクセスできなくて、親や親戚、その地域の大人だけが情報源だったら
嫌なことが起きても、人生そんなもんだ、という大人しか周りにいなくて、
しかも、その地域から出て生きる、という選択肢も概念も持ってい人な感じ。

あるいは、例えば、スポーツ界の暴力
いい選手になるには暴力的なコーチングでないと選手を奮い立たせられないのが当たり前。
性的アビュースも当然応じないといけないもの。それは、自分が大事に思われてるからされてること、と自分に思い込ませるし、その理論がその世界ではまかり通っている。
そもそも、それが暴力、とか、アビュース、とかとは、双方が認識していない場合が多い。

自分が毒親のもとで育ってきたか
自分が毒親をやっているか

それは、自分ではなかなか気づくことができないかもしれません。

立ち止まって自分や自分と親、自分と子ども、を見つめてみるとき、(まず立ち止まろうと思うかどうか、のところにハードルがあると思いますが)
自分の家庭では当然だと思われたことが、自分の生きづらさや 人との関係を築く時に影響を与えているかいないか
というのは判断基準の一つになると思います。

自分が無力であるかのようにに感じさせる関係を自分で選んでいないか?
自己嫌悪になるような行動を繰り返していないか?

気づいてから、本質的に子どもの頃の経験から自由になるには長い道のりがある。
けれど、その生きづらさを生み出し続けている根源から自分で自分を解き放つこと、
どこにどう囚われているのか気づき、それらの鎖を断ち切ることは可能だと思います。




# by totoatsuko | 2018-10-07 22:48 | Comments(0)

英語とスペイン語と広東語と日本語と

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香港に来て数週間目、偶然見つけたスペイン在住ハーフオーストラリア、ハーフスペイン人のフラメンコワークショップ@日本でいう市役所会館みたいなかなりローカルなところの一室
わざわざ海外から招聘しているにもかかわらず、参加者10人未満、その内、釘が靴底に打ってあるフラメンコシューズではなく、運動靴での参加者もちらほら。
その講師を招聘した香港人と仲良くなったら、1ヶ月半先くらいのスペイン国立舞踊団のダンサーによるワークショップに誘われる。今、まだ落ち着かなくて、全くフラメンコを練習する機会がない、のにワークショップ受けたって何も積み重ねられないから意味がない、と思いつつ、少しでもフラメンコに触れられたら嬉しいと思い二つ返事する。

香港に来ておよそ2ヶ月。
1ヶ月半前に誘われたスペイン国立舞踊団ダンサーによるワークショップの日。 子どもと朝日本語で喋り、喧嘩し、そのあと出かけて香港人と英語で話しつつ、ワークショップはスペイン語と英語、半分半分。全く感覚が鈍りつつも、ジプシーの歌声を聴いて足でリズムを刻めば、体の内側からなにかが弾けてくる。そのあと、子どもを遊びに連れて行って、横で、広東語の練習。ブツブツ ブツブツ呟き耳を刺激し、さびれた脳細胞と格闘しながら漢字を書いて手を動かして、なんとか記憶しようとする。飽きたら、英語を話さないウエイターにカタコト広東語で英語メニューを頼んで持って来てもらって、食べ物を注文。なんか微妙ーに希望のものと違うものが提供されるが結果オーライ。

そんな中、横で、5カ国語を回しながら話してる人達がいる。フィリピン(タガログ語)人だけどカナダ国籍(英語)も持ってて、アメリカの大学行ってたからスペイン語もやって、ヨーロッパと中東にいたからフランス語かドイツ語と中東のなんとか語で話してる、という感じだった。

アート、ミュージック、ダンス、勉強、言語、ダイバーシティー、ごはん、ティーンエイジャーになりかけの子どもとお母さん業

なんだか、8時間くらいの間に受けた刺激の種類が広範囲すぎて
もうおなかいっぱいすぎる ある一日でした。




# by totoatsuko | 2018-09-27 23:31 | Comments(0)

イマジナリープレイの力

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教育者たちの集まりの話で、幼児期にどれだけ タスクオリエンテッド(何かを達成することが目的)の活動ではなく、イマジナリープレイを自由に経験することが、将来社会に出て人とともにクリエーティブに仕事をし、困難にぶち当たったときも柔軟にそこから立ち直る力にもつながる、という話が出た。

例えば、おもちゃのティーセットを使って、ティーパーティーごっこをするのは、初期レベルのイマジナリープレイ。
ティーパーティーをしている最中で、そのイマジネーションがどんどん膨らんで、ティーカップが例えば飛行機になったり、自分自身になって、空を飛び始めたり、海(お茶が入っているポット)に飛び込んで水しぶきを散らしたり、違う世界に迷い込んだりさせて、ティーカップなど実際のものが、現物とは全く違うものに変わって、物語の内容もディテイル化しリッチでクリエーティブでユニークなものになっていくのが、次のレベルのイマジナリープレイだと。

おとぎ話でも、かぼちゃが馬車になり、野獣が王子になる。
こう、だと思い込んでいたものが、自分の見方や生き方、感覚が変わるだけで、全く違うものとして認識される。

現実の世界でも そんな風に必要に応じて自分の意識や見方をクリエーティブに変えていけたら、あるいは、自然に変わっていけたら
より豊かに生きられるようになっていくだろうし、何かにぶち当たったときも、ぶち当たった状況に不必要に固執せず、違う解釈を見つけようとする方向性が自分の中で生まれてくるのではないかと思った。

Guided Imagery and Music therapy セッションでのイメージ体験は、
幼児期にやりきっていないイマジナリープレイを練習したり、やり直すことで、意識や心の構造を解放したり、違う可能性を試していく練習のようなものになっているのかもしれない、と思った。



# by totoatsuko | 2018-09-07 17:03 | Comments(0)

お父さんへの曲

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Horace Silver の Song for my father を改めてきいて

いきなり出だしの掴みで どんなお父さんだったの!? と思ってしまった私。

どんな思いで どんなイメージで この曲をかいたんだろう?

メロディーは非言語な媒体だから いかようにも解釈できる。
聴く人の人生をもってして いろんな投影がメロディーに対して起こり 
勝手にイメージや想像が膨らんでいく。









# by totoatsuko | 2018-08-27 21:54 | Comments(0)

愛でる

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花の匂いがかぐわしい。
外は雨。
テラスからの風が、芳香を濃くする。

PCから Keith Jarrett のソロアルバム
The melody at night with you


私は生きている。
たしかに 自分の鼓動を感じる。

この樹齢500年の松の幹から作られた馴染みのテーブルに座って、
草花が呼吸しているのを感じながら、ワインを飲み、思いをはせている。

透明な花瓶越しにみえる 透き通った水の中で直線を描く 
色とりどりの鮮やかなみどりの茎たち

色んなことがあった、
そして、これからも色んなことがある。

色んなことに翻弄された
そして、翻弄されない生き方も感じとってきたきがする。

それでも 何か大きな流れに身をまかせることを選び
どこへ行きつくかもわからないうねりに身を任せながら その中で 呼吸し
私の流れをみいだしていこうとする。

雨はしばらく続きそうだ。
キースのピアノは、I love you Porgy を弾いている。

そうこうしているうちに、、、間違ってクリックしたのは、自分の過去の分裂した自分が統合されていく過程をかいた投稿だった。
あの頃の感情が痛いくらいにリアルに思い出される。
勝手に再生されていくキースの音楽は、いまはトリオで On Green Dolphin Street を弾いている。ノリノリ。NYのあの頃を思い出す。

そして いまは Bill Evans Trio の Walz for Debby があがってきてる。
Scott LaFaro と Evansの妻の Elaine 二人ともEvansを残して死んでしまった。

HKでどんな思い出を作るんだろうか。その時、どんな音楽が流れているんだろうか。

You must believe in spring

からの ... Art Blaky's band "Mornin'"
Lee Morgan のトランペットも Bobby TimonsのピアノもBenny Golson のテナーサックスもJymie Merritt のドラムも全部しびれる。

Let's swing



# by totoatsuko | 2018-08-26 22:37 | Comments(0)

香港

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ここ半年 本当に思いもよらない展開がありました。
そして、行きついたのは、、、香港へ引っ越し、でした。

It's a challenge that I decided to take and enjoy.

It's the path that I decided to walk.


音楽心理療法(Bonny method of Guided Imagery and Music)をクライアントとして受け

自分自身と深い対話をする機会を持てたことは、本当に助けになりました。


香港大学で初めて音楽療法学科ができたのが去年、というだけあって、

今の時点の音楽療法士は、アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリア、で勉強してきた20〜30代が数としては最も多そうで、40代以上くらいになると、人数も少ない。


学会に参加したら、英語でworld-standardな話が出来る人達が多く、

また Bonny method Guided Imagery and Music Therapy という私の分野に対する興味や意識の高さを感じています。


香港でGIMの資格を持っている人は、香港人の私より年配の男性 Wai Man と私だけ。

ここでYAMUNA Body, Foot, Face の三つ全ての資格を持っているのは私だけ。


子どもが所属するサッカーの強豪チームには、ローカルな子どもはいなくて、みんなインターナショナルな子達。強豪チームに行き着く前に、ネットで調べていろんなチームに連絡とってみたけれど、英語が全く通じないチームもあり(ある意味当たり前か。日本だってそういう状況ですよね。)、サッカーというスポーツを子供達に知ってもらうのが目的のサッカーチームです、と拙い英語で教えてくれるコーチもいた。


たまたま見つけた、スペイン人招聘ダンサー Tomas のフラメンコWSに出てみたら、運動靴でレッスンに出てる人もいてびっくり。Tomasと話すと、アジアの中では日本はダントツ フラメンコのレベルは高いよ、みんな真面目に練習するし、と。そうなんだ。


東京、ロンドン、ニューヨーク、と同じ感覚なのかと思ったけれど、

西洋や東京で流行っているものに関しては、まだまだこれからなのだと、

その分 ポテンシャルがあるんだ、と感じました。


上半身裸でランニングしてる人がフツーにいるし

たまたま遭遇した香港大学生の急な坂を登って降りるマラソンなんか、ゲーゲー吐きそうになりながら死にそうになりながら走っていて

(そんな根性論みたいなマラソン この時代に大学でやらせる?!)

ほんと、いろいろ 笑えたり 学んだり。


英語のメニューがあるレストランなんて、所詮外人向けで、たまたま西表島で知り合った香港人に連れてってもらったお店は、広東語のみ。

ローカルな人には、広東語しか喋らない人もたくさんいるので、

生活していく、という面で、地元のディープな世界に入り込んでいくには、やっぱり現地の言葉を喋るって必要だな、と思っています。


香港も湿度が高く暑いけれど、、、今年の日本の夏の方がよっぽどクレイジーなようです。


日本と香港は飛行機で3〜4時間。

行き来しつつ、音楽心理療法の仕事を続けていきます。




So. here I am. Now, I feel ready to tell you that I've relocated in Hong Kong. It's been a great tranditional period and still going on.

You never know what's gonna happen in your life. Me neither. I only trust myself and be thankful for what has been given. It's a challenge that I decided to take and enjoy. It's the path that I decided to walk from now on.

Japan is just 3-4hours plane ride. I continue my music therapy work in both countries. To tell the trueth, I have been excited that the conversation with many music therapists in HK is at the world- standard level. I feel my educational background and music psychotherapist's experience are highly respected. Young therapists are eager to keep learning and growing as a professional, which is so hopeful for the healthy growth of the music therapy field.




# by totoatsuko | 2018-08-26 11:09 | Comments(0)

自分を殺した相手と新たな関係を築けるのだろうか?

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自分を執拗になぶり殺した相手と新たな関係を築けるのだろうか?
あれ? そもそも、なぜその人と新たな関係を いま 新たに築こうとしてるのだろうか?
なぜがそれが必要だと思っているのだろうか?
それは 本当にこれからの自分が”必要としている”ことなんだろうか?

過去はなかったことにできない。
同時に 過去の色合いは変わりうる。

どのくらいの年月が必要なんだろうか?

何を経験することが必要なんだろうか?

どんな心理的なプロセスをへるのだろうか?

GIMでなら、どんな忘れられない、深く超越したイメージと感情体験を重ねるのだろうか?

そのトラウマから自分自身が回復し、そのトラウマから自由になることと
その出来事の渦中にいた人たちと、今後 将来に向かって何からの関係を築きたいかどうか、は別のエリア。

ごっちゃになりがちだけど
ごっちゃにしたら自分が崩壊しかねないし
自分で自分の首を絞めかねない。

こころのプロセスは何度も原点に戻ってくる。
同じテーマを、違うレベルでプロセスするタイミングが戻ってくる。

同じ小説を読んでも、感じ方が全く違うのと同じ。

人生って辛いけど それがまた面白い。

そうやって、また一皮むける
そうやって、また自分の存在が深まる。


GIMのプロセスでは、いかにセラピストと深い信頼関係が築けるか、いかに自分のイメージプロセスを自分が信頼できるか、で、その体験の深さ、変容の大きさが変わってくる。そもそも人と信頼関係を築くのが難しい人は、そこからプロセスが始まる。



# by totoatsuko | 2018-08-16 13:20 | Comments(0)

美しい言葉を話す

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インストラクターさんが、美しい言葉を話す。
愛について、ありのままの受け入れることについて、天や宇宙からの思し召しについて、みんな使命を与えられて生きている、というようなことについて

スルスルとそういう言葉を話すので、愛と受容に満ちている境地にいるのかと思ったりもしたが
実際いろんなことを話してみると

そういう美しい言葉を話して、自分が美しく、スペシャルであるかのように自分を錯覚させることで
自分と向かい合うのを無意識に避けているんじゃないか
自分の感じたくない感情を感じないでいいようにしてるんじゃないか

しかも、そうやって、自分で自分を自分から引き離したり、自分を否定している、という風にはこれっぽっちも思っていない感じが
よりその人の人生を望まない形に導いている場合もあるような気がした。

あえて美しい言葉を使わなくても、自分を本心を押し殺さなくて
いや、むしろ、自分の感情ととことん向かい合い、自分の闇もエゴを知れば知るほど 何か大いなるものとのつながりもリアルに感じ
その美しい言葉で描写されるような生き方が 
当たり前のように
素のままの自分で与えられた命やこの世での役目を全うできるのではないか、と思ったりした。







# by totoatsuko | 2018-07-18 16:22 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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