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Another good-bye for now

d0065558_06164141.png私の音楽療法の恩師の一人がこの世を去りました。
早すぎる旅立ちでした。

デンマーク訛りのストレートな英語で、辛辣かつ深い愛情を持って音楽療法士としての知識と経験とプロフェッショナリズムを伝授してくれました。まだまだ甘ちゃんだった私にはグサグサ刺さることがいっぱいあったけど、彼女の愛情の大きさがあったからついていけた。

日本に講演に来たときにウチに滞在して、お返しに、とスーパービジョンをしてもらったり、私がニューヨークに用があって行ったときは、家に泊めてもったり、いきなりスカイプにメッセージして来て頼まれごとしたり。

容態が悪いのは聞いていたけれど
今朝その知らせを聞いたときは、声を出して泣きました。

もう何年も直接会話していないのに。

もう一人の私の恩師でもあり彼女の夫が書いていました。
Viking warrior woman, music therapist, proud Dane, mother to many, and the shining star of my life--passed away early this morning in the embrace of us.

彼女の形容詞を読んで、まさに! という感じで泣き笑い。そしてさらに涙が。

本当に、ワイルドで、直実で、一生懸命で、そしてすごくtalented。
唯一無二の存在。
真相をついた鋭い事を言っているのに、それは生徒やクライアントの事を思ってのことだというのが伝わってくる
溢れる愛のある人でした。

辛いのは、彼女を知っている、彼女の死を悼んでいる仲間と顔を合わせて一緒に彼女の事を語って、一緒に泣けないこと。
救いはfacebookのコミュニティーを通じて、自分の気持ちを反芻できる点。

もう全然会っていなかったのに、実際この世からいなくなったと思ったらこんなに涙が出てくるなんて。

この人は、と思える師に出会い、その人と深い関係を築ける、というのはそんなにたくさんはないことです。

「また今度とか、そのうちにというのはないのよ、後悔のないように人に接しながら毎日を生きることよ」

あの独特な感じがフレッシュに聞こえてくる。

彼女が残した論文やペーパー、本は私の本棚にあって、いつでも読める。
彼女から受け取ったものは私の中で生き続ける。




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# by totoatsuko | 2018-04-18 21:24 | Comments(0)

私はサンドバックじゃない

d0065558_09350994.jpg思春期に入りかけた息子が私にいちゃもんをつけてくる。
彼のためにWeb 英会話レッスンの予約を取る時、その予約の時間の希望時間を聞いて、できる限り彼の意向を尊重しようとしているのに
じゃぁ〜時でいいよ、ったくなんでやんなきゃいけないんだよ! と毎回悪態をついてくる。
やる、というのはもう合意済みなので、そこは争うポイントではない。

自分に苦手意識があるから気が乗らない、というのはあるのだろうけれど
そのイライラを毎回予約を入れる私にぶつけられて、溜まったものではない。

そして、今朝私が何気なく
 

「あのね、私はあなたのサンドバックじゃない。
ボクシングのトレーニングで使う、あれ。
どんなに必死に叩き続けても、何にもならないあれ。

私は人間だから、ぶつけられたら、壊れるんだ。」

と言ったら、
はっ とした空気が彼と私の間に流れた。
(こいつめ、知らなかったのか、母親がサンドバックじゃないってのを・・・)


イラつく時だってあるさ
ムカつく時だってあるさ
でもね、自分のそばにいてくれる 
親でも、子でも、パートナーでも、人間だから

人をサンドバック扱いしてたら、離れて行くよ。
人間の心は壊れるものなんだ。

”相手をサンドバックとして扱っていたことに気づかないでやっていた”
ということに気づいたなら、今から、人間として接する方法を学んだらいい。
今から、自分の気持ちを自分で扱う方法を学んでいったらいい。

こころが壊れてしまったら、わたしはもう 彼の親をやりたくてもやれなくなるんだ
いくら親子 でもね。

だから私は彼に対して No という。

彼が、大事な人=サンドバック/フラストレーションや怒りのゴミ処理場 と勘違いしていることに気づかず
大事な人を失うハメにならないように。

私と彼が、ちゃんとお互いのことを大事にしあう新しい関係を築いて行くために。





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# by totoatsuko | 2018-04-13 09:30 | Comments(0)

心はなぜ腰痛を選ぶのか

d0065558_09340533.jpgピラティス/ ヤムナ インストラクターとして、
音楽心理療法士として、

「体の痛み」 

というのは興味深いテーマです。

サーノ医学博士の本を勧められて、「心はなぜ腰痛を選ぶのか」を読みました。
解剖学的には問題がなくても、歩行、起き上がることが困難なくらい体のどこかに痛みを感じていたり
解剖学的、医学的に診断できる部分はあるけれど、本人が感じている痛みが身体状態に対して相応のものでない場合がある。
サーノ博士は、腰痛の外科的な専門家であった頃、アメリカ人の腰痛症例数が爆発的に増えていることから、
この身体的な痛みは、心理的なものから来ているのではないか、という仮説をたてて、彼なりの理論を確立したようです。

心が、過去のトラウマや辛いこと、子供の頃から続く病んでいる親子関係からの苦しみを、
自分の自我や意識 が自覚しないようにし続けるために
脳が体に痛みを感じるように作動して、心の痛みから意識を逸らしている
心の問題を、体の問題にすり替えている、という理論。

サーノ博士によれば、当事者が心理療法士と心のワークすることと、彼の理論を勉強することで、
当事者は痛みのメカニズムを理解して、その結果、脳が体の痛みへ注意をそらすことを諦め、身体的な痛みから解放される、
とのこと。

痛みを訴えること、問題行動を起こすことで、人から構ってもらえる、助けてもらえる、という間違った認識を無意識にしているが故に
自分を苦しい状態に自分で閉じ込めておいている場合もありますね。

心の痛み、心の不均衡は、身体的な痛みだけでなく、いろんな症状、行動に、象徴的に転化されています、
イライラした気持ち、破壊的な行動、怒り、鬱的症状、閉塞感、摂食障害、パニック、不安、睡眠障害、等に。




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# by totoatsuko | 2018-04-10 20:30 | Comments(0)

music together 代々木上原 2018 春学期

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Music together 2018年 春学期 代々木上原クラスの日程詳細が決まりました。

場所:代々木上原駅付近
日時:日曜日 10時半~ 

各回45分セッション 
(日程の詳細は以下)

計12回

1学期 参加費:29000円 
8か月以上のご兄弟 25000円 


(春学期の教材1家庭1セット、マクロビ スナック付き)

初日:4月8日
最終日:6月24日


体験は随時受け付けております。
お子様1名につき1000円でご参加いただけます。




#音楽心理療法体験談 まとめページ



ヤムナ・ピラティスセッション@代々木上原 のページ

お問い合わせ、セッション予約 は letsmusicingATgmail.com まで。



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# by totoatsuko | 2018-04-01 17:35 | Comments(0)

歌いださずにはいられない : From now on.

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またまたgreatest showman making シーン

From now on, we come back home!
名声や承認されることに目が眩んでいた.
今までずっと全力ではしってきた、
さあ家に帰ろう、一緒に帰ろう 家に。

当面歌ってはダメだと医者から止められていたヒュージャックマン。しかし、歌いださずにはいられなくなった。部屋にいたみんながおのおのをさらけ出し、讃えあい、一つになる。感情が溢れ出しポジティブなエネルギーが溢れかえる。音楽の力。

これから帰る場所、ホーム、は
何も実際の家庭とか、家族とか、家のある場所、である必要はなく、自分の原点、そこに帰ること。

そう思って歌詞を聴くと、
これまで戦って来た、頑張って来た壮大な旅からの帰還という意味で、その感慨深さを感じる。

なんてsweetな響きなんだろうか

長いながい戦いの後 
戦友達と声をかけあう
さあもう帰るよ 一緒に帰ろう


自分の中にいる沢山の人格、役割、いろんなタイプの感情 それらに声をかけようじゃないか

これまで ずっと張り詰めてよくやってきたね、
さあ その呪縛から自分を解き放していい時がきた
さあ ありのままの自分に戻ろう
私も一緒におともするよ








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# by totoatsuko | 2018-03-22 08:52 | Comments(0)

This is me : The greatest showman - making

d0065558_16275854.jpgI really like This movie clip how she came out to liberate herself and got all the chorus member involved and created the greatest moment together.

キアラはいつもマイクの後ろで歌っていて、この日初めてマイクから初めて離れて歌い始めた。その経緯についてのインタヴューがあって、0:58秒頃から歌い出します。

このショートクリップを見ながら泣いてしまった。
自分自身が負ってきた傷、私の音楽心理療法のクライアント達が負ってきた傷
それがどれだけ痛かったか 苦しかったか 辛かったか!

時々忘れそうになる あの痛みを。
だけど、馬鹿みたいに同じ過ちを起こさないためにも、時々思い出せたらいい、と思った。
傷は簡単に癒せないのだ。傷を糧に変容させて再び息を吹き返すのは、相当な道を通らなくてはならないのだ。

わたしは、セラピーを体験して、私の本当の傷の深さと、その痛みの激しさに気づいた
そして、セラピストに寄り添ってもらいながら 息絶え絶えになりながら
自分自身でその痛みの色合いを変えていった。 
体験した人にしか分からない 自分の闇と対峙する恐ろしさと 
自分自身を自分で肯定できる自分になっていく喜び。

映像の中で一曲を通してキアラの歌い方の変容が、セラピーのプロセスが起こる変容を象徴的に表してる。
心の深いプロセスを乗り越えて 脱皮して生まれ変わった人は ものすごい存在感が増す。


ほら、この私がきたぞ
気をつけろ
少しでも攻撃しようとしてみろ 触れようとしてみろ
吹っ飛ばされるぞ
二度と私を誰からも傷つけさせはしない

This is Me!


「This is me」 Original Lyrics and official clip

I am not a stranger to the dark
Hide away, they say
'Cause we don't want your broken parts
I've learned to be ashamed of all my scars
Run away, they say
No one'll love you as you are
But I won't let them break me down to dust
I know that there's a place for us
For we are glorious
When the sharpest words wanna cut me down
I'm gonna send a flood, gonna drown them out
I am brave, I am bruised
I am who I'm meant to be, this is me
Look out 'cause here I come
And I'm marching on to the beat I drum
I'm not scared to be seen
I make no apologies, this is me
Oh-oh-oh-oh
Oh-oh-oh-oh
Oh-oh-oh-oh
Oh-oh-oh-oh
Oh-oh-oh, oh-oh-oh, oh-oh-oh, oh, oh
Another round of bullets hits my skin
Well, fire away 'cause today, I won't let the shame sink in

We are bursting through the barricades and
Reaching for the sun (we are warriors)
Yeah, that's what we've become (yeah, that's what we've become)

I won't let them break me down to dust
I know that there's a place for us
For we are glorious

This is me!



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# by totoatsuko | 2018-03-03 16:33 | Comments(0)

恋に落ちたままだったらどうなる!?

d0065558_20521126.jpg恋に落ちる という表現は巷に溢れているけれど
恋してる感覚って、落ちる という感覚以外のものも沢山ありますよね〜。

恋がつく言葉に、他にどんなのがあるだろう?

恋に恋する 
相手じゃなくて恋してる自分に酔ってる感じ?
恋することに幻想を見てる感じ?

恋焦がれる 
相手のことを思って”自分が焦げそうになってる”感じ?

恋慕う
恋愛感情と慕う感じ。

意外に、恋という言葉がつく恋の感情を表す言葉って少なくて
恋してる気持ちは、当然ながらもっと沢山のいろんな言葉によって表現されているものだと。

それにしても
恋に ”落ちる” って結構パワフルな言葉だ。

ジェットコースターで落ちてく時とか、
高いところからガーン って落ちる遊園地のアトラクションとか、
もう きゃー って感じで 他のこと何にも考えられないし、周りのことなんか見えない、
目をぎゅっと閉じてそもそも見る気もない、というか。

アトラクションに乗ってる間は楽しいのか、苦しいのか。
それはそれはスペシャルな”瞬間”。
いまはアトラクションの乗り物乗ってる、と割り切って乗り降り自由だといいけど
アトラクションの運転は乗ってる人にはできないですよね〜。

乗り物に酔ってる状態が自分の人生そのもになると、吐きたくなりそう。




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# by totoatsuko | 2018-02-14 08:17 | Comments(0)

魂は知らないうちに売っているのかもしれない


d0065558_22053006.jpgプチギフトなんかじゃなくて

本当にほんとうに自分が欲しかったものを、あるいはそれ以上のものを恩着せがましくなく涼しい顔をして、

勿論あなたにはそれを受け取る価値が当然あるほど素晴らしい女性だ

といって渡してくれる

嫌味もなく

優しくて

才能豊かでチャーミングな人が現れて


で、その欲しいものを目の前に見せながら、

あるいは与えてくれながら


だから 君は僕に魂(体:感情)を売るのは当然だよね

と、魂をむしり取られたらどうなるだろう。


あるいは、こんなにしてくれたんだから

こんなにも物理的に欲しかったもので、私には絶対つかめなかった物(機会、チャンス)を与えてくれたんだから、

”それが本当は与えたくないものでも” 彼が欲しいというならば与えなくては、と

自ら自分の(魂の)価値を軽んじる思考のループに入ってしまったら。


ゲーテのファウストのように悪魔に魂を売り、誰も幸せにならないストーリーの雛形は

リアル世界でも、小説でも、溢れるように見つけられる。


魂と交換できるものは存在しない。

魂を売ってしまったら、それが欲しかった自分すら存在しなくなる。

たとえ望みが叶っても、心は魂は悲しみ続けているのだ。


魂が交換条件のおいしい話は、やめたほうがいい。

大抵、魂が、服従が、交換条件です、とは おいしい話には注意書きされていないけれど。



#音楽心理療法体験談 まとめページ



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# by totoatsuko | 2018-02-13 15:05 | Comments(0)

予定調和

d0065558_22061461.jpg
誰かと一緒に何かをする時、
予定調和、という要素はとても大事なときもある。

アクシデントが起きないように、
アクシデントが起きても、すぐに予定通りの線路や場所に戻れるようにリカバリーの方法も綿密に考えてある。

クラッシックバレエの群舞で言えば、
周りから目立たずに群舞としてまとまってみんなで最高に美しくパフォームすることが最優先だ。
一人だけ、才能があるからと、周りより一回多く回転する事は求められていない。

しかし、人生はアクシデントだらけだ。
沢山の要素が入り混じり、自分では全てをコントロールしきれない。


人生は群舞でもない。
群舞を踊っている時もあるだろうけれど
死ぬときは一人 であるように
一人一人の生き様は その人その人で違うのだ。

先日フラメンコを踊っていて、
舞台の上のみんなが ”練習通りに” ”リハーサル通りに” やろうと必死になっているのではなく
全員が全員を信頼しきって、それぞれがその瞬間に出来る最高のことを自分の感情の高ぶりも含め全身全霊で自分のパートに注ぎ込んだことで
あの火花が生まれたのだと、思う。

クラッシックピアノを弾いていたとき、本番で練習通りにできたら、150点。
練習のときはいつも200点出せるように、という意識で練習していても、
大抵 本番では70点くらいしか出せない。

でも、音楽療法を学んで、その上で年齢も重ねて、フラメンコをやって
予定調和を目指さない世界の面白さを知った。

何かハプニングが起きて脱線してしまったら、そこから新しい線路を自分で作って
今まで行ったことがない世界に行くチャンスにすればいい。

そのプロセスを楽しもうと思えるのは、
音大生時代には持っていなかった ”心の構造的な安定感”
音楽心理療法士になるために経験した自分自身のための心理療法のプロセスと、
その経験から学んだ、自分の経験をよりしっかりした心の構造のために糧にするスタンスと大いに繋がっていると思う。

クラッシックの演奏をしていた時も、
どうせ練習通りに本番演奏できないのは分かっているんだから、
それなら本番に練習通りの力を発揮しようとする、というマインドではなく
あとは、その時のホールの雰囲気と自分をブレンドさせて練習してきたことに化学反応を起こさせるだけ
というスタンスであったら、そんな視点を持っていたら、わたしのあの頃の演奏も違っていただろうに。。。

物事 絶対予定通りにいかないから、
そのハプニングが起きるのをむしろ待っている、
自分を見知らぬ世界に導いてくれたり、自分の持ってるものを引き出してくれるものとして。
そしたら、ハプニングが起きたとき、
大変かもしれないけど、
それに対処したり自然と呼応する自分の感情を肯定しながら楽しめるんじゃないかな。



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# by totoatsuko | 2018-02-07 21:56 | Comments(0)

フラメンコショー : 日常離脱

d0065558_13244096.jpg先日は久しぶりにバイラオーラとして時間を過ごし、しばし日常離脱していました。

アーティスティックな完成度は別に置いといて(苦笑)、、、

ベテラン/プロのギターさんであり歌い手さんが、
「今日は(曲の)途中から、もうあなたのビートについていくだけで必死だった。あれだけバックの俺らを巻き込んでクライマックスを作っていけるとお客さんも楽しいし、またこの人の踊り見たい、と思うよ。あとは、練習だな。」
と後からコメントをくれ、

ギター、パルマ、踊り手、の三位一体で作るもの、
その瞬間にしか生まれない感情やエネルギーが生む即興的なもの、
予定調和ではないもの、
を自分が仲間の分も引き出すことができた、

というのは、音楽療法士的に、嬉しかったです。

また個人的には
今までには感じたことがないレベルでの、全身を使って踊りきった、
という感覚が気持ちよかったです。

何年も前、本番前に練習量を増やすと、必ず腰が痛くなって整骨院に行かなくてはならない負のサイクルが嫌で、
そして、ファルーカの振り付けのクラスに出たときなんか特に、自分の体のキレの悪さに諦めというかなんというか、、、を感じたりして、いつまでもずっと痛くならないで踊り続けるためにできることをなんとなくずっとぼんやりと探し続けていて出会ったピラティスとヤムナのお陰で、

今回は本当に全く身体を痛めることなく
練習すればするほど、体の軸が今までよりしっかりしている分、やりたいこと、やりたい表現、やりたい体の使い方の可能性を自分で感じることができて、楽しかったです。

ピラティスヤムナは、私にとって ピアノ に例えると、ハノン。
手の形を保ち、正しく正確に指を思い通りに動かし、音の粒を揃える地道な練習曲のための練習曲のようなもの。

基礎がなくて指だけ回って音だけでて弾けてる気になってるクラッシックの演奏って、中身がなくて聴くに耐えない。

小学生で言ったら、計算ドリルとか漢字ドリルか。
長い面白い文章を書くため、文章題の問題を解くために、最低限のの基礎固め。

ハノンもドリルもピラティスもそれはそれで発見があり喜びがあるけど
それが目的の全てだったら、私はつまんないと思う。

そこで培った能力で自分が弾きたい曲がより印象深く弾けるようになるから、
あるいはジャズの即興の内容がよくなるから
今までできなかった自分が挑戦したかったり、試してみたい表現がやってみれる自分になるから
さらに楽しい。

正解が決まってるテストで100点を目指すために生きるんじゃなくて
”自分を自分の限界から解放し、より楽しむ” ために、基礎力をつけるピラティス やヤムナの時間を取って自分の体と向かい合う、という感覚。

心の状態も、心理療法を通して自分の深いところと向かい合って
自己肯定感が高く、軸が安定していたら、
同じ人生という冒険をするのでも、もっと深く味わえ もっと冒険できて、楽しめるんじゃないかな。



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# by totoatsuko | 2018-02-06 13:40 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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