カウンセリング@代々木上原・音楽療法・心理療法 GIM

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謹賀新年

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(インド ガンジス川に反映する朝日)

今年もよろしくお願い致します。

皆様にとってよりよい一年になりますように!
# by totoatsuko | 2006-01-01 01:49 | Comments(1)

スーパービジョン 等

d0065558_831081.jpg音楽療法に興味にある方々に音楽療法についての説明や、
音楽療法を実践されている音楽療法士の方のためのスーパーバイズも行っております。

お気軽にご相談ください。
# by totoatsuko | 2005-12-23 08:31 | Comments(0)

GIMワークショップ@東京 (満席にて、時間変更&追加セッション)

#6名の定員が埋まってしまいましたので、少し時間をずらして、2セッション行な
う事にしました。


ガイデッド イメジェリー & ミュージック セッションを体験する、ワークショップのお知らせです。前回の9月に都合がつかなかったり、定員オーバーで参加できなかった方にも、いらしていただければ、と思っています。

場所:東京 笹塚
時:2006年1月14日(土)
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時間:午前9時45-11時45分(変更前) → 午前10時45分ー12時30分(変更後)満席

午前9時ー10時35分 (定員4名 -空きあり)


場所: 笹塚区民会館出張所 3号室。
会費:2000円 
持ってくるもの:特にありません。
定員: 申し込み先着順

興味がある方は letsmusicing@gmail.comまでおしらせください。

Guided Imagery and musicのより詳しい内容は、以下を参照してみてください。
http://totoatsuko.exblog.jp/1223376
http://totoatsuko.exblog.jp/818606
# by totoatsuko | 2005-12-22 12:16 | Comments(0)

自閉症(あるいは障害を持った人)の人の世界の感じ方 III (完)

d0065558_7372031.jpg自閉症、あるいは障害を持った人の世界観というのは、私達が想像している以上に、異なるものなのだろうと思います。

聴覚(auditory system)に障害をもっていれば、子供が人の会話をききながら、どういう場でどう受け答えするか(例えば、朝、人にであったら“おはよう”と言う、夜ならば、“こんばんわ”)自然に学んでいく事が自然に起こらない。

Proprioceptive systemが機能していないと、適切に体を動かしたり、動きをコントロールすることができず、例えば、相手をなでているつもりが激しく叩いていたりして、誤解が生じてしまう。でも、自分で叩いているつもりはないから、何故相手が怒っているか理解できない。言葉をうまく使うことも出来ないから、釈明する事も、謝る事も出来ない。


自閉症の人が、反復行動を好み、他者とのコミュニケーションや変化を嫌うのには、ただ単に彼らの特徴と言って片付けてしまえない、心理的な要素をも含んでいます。

アメリカではABAという行動療法で自閉症の子供に好ましい行動や言葉を話す事を教育するシステムがあります。とても効果があるのですが、ここでは、彼らの日常感じているフラストレーションとか、憤りなど心理的な側面を扱いません。

彼らが、例えばABAによって、言葉が使えるようになったり、自分でご飯が食べれるようになったりして、より社会に適応しやすくする教育はできるでしょう。けれど、それを使いこなすための゜自信’や、自分の゜何かを伝えたい、表現したい”という内なる欲求をはぐくむ事はABAの一義的な目的ではありません。

かたや音楽セッションでは、批判的でない、"正しい・間違い”とう概念のない環境を作ることによって、その人が持っている内なる創造性や欲求を刺激し、”こころ”のケアもすることが出来ます。

思っていることをうまく相手に伝え、理解してもらえなかったり、思うように体が動かせなかったり、感情を分かち合う友達が一人もいない“こころ”をケアしてあげられたら。。。

音楽は、“こうしなさい”というメッセージを送らないかわりに、本人の内面から“こうしたい!”と思わせます。言葉をしゃべりないさい!と100回言う代わりに、本人が音楽の中でとても楽しい体験をしたり、音をだす人に興味を持ち、音を出す人がつかっている道具(言葉)を使って、コミュニケーションをとりたい!と思えば、言葉の習得はよりスムーズになります。


知識として自閉症の人のメカニズムを知っていても、実際彼らとおなじ目で世界を見ることは不可能ですが、この3シリーズの投稿で書いたことが、自閉症の人と関わる人にとって、その関わり方のヒントになれば、と思っています。
# by totoatsuko | 2005-12-19 06:46 | 日々感じたこと | Comments(0)

自閉症(あるいは障害を持った人)の人の世界の感じ方 II

d0065558_14294014.jpgちょっと難い話になってきましたが、セッションを行なっていくうえで、クライアントのニーズを理解することはとても大切な事なので、続けますね。

ここでは、それぞれのシステムについてもう少し説明を加えます。

1. Vesticular System
自分の頭の位置は、Hair cells (Cristae) located in the semicircular canals, the utricle and the saccule of the vestibular labyrinth (脳の中の細胞、と理解すればいいです)が感じるものによって、判断・理解されます。

自閉症の人は、これらの情報が適切に受け止められなかったり、処理されなかったりする。よって、その人は、たとえば地面がぐらついていたり、体が降下していっているように感じている事があります。

このシステムが適切に機能するようにOccupation therapist (理学療法士) は自閉症の人をトランポリンの上でジャンプさせたり、ハンモックにのせてゆすったりする。音楽療法は、これの動きに合わせた音、リズムのパターンを提供し、Auditory system(耳からの情報をプロセスする働き)を刺激し、体の動きを適切に体と脳で理解し、自分のものにするために脳に記憶させるのを促進させます。

2. Proprioceptive system
Proprioceptive = 肘、手首、腕の筋肉
脳は、体の筋肉、物を触った感触、目や耳からの情報をまとめ、プロセスし、体が感じている事を解釈し記憶する。例えば、ジャンプするにはどのくらい膝を曲げないといけないか、どのように体のバランスをとるか等、脳は失敗と成功を記憶し、学習します。

音楽療法は、脳の“訓練”に用いる事が出来ます。
Proprioceptiveを欠く自閉症の子供は、安定して立つ、歩く、走る、書く、2つ以上のステップを要する作業 (体の動きを計画的になす事= motor-planning difficulty) が、難しい。これは、心臓発作などで脳にダメージを受けた人や、老人にも多い現象です。

自閉症の子供によく見られる、反復行動、同じ状態、環境であることへの固執、コミュニケーションがうまく出来ない事、新しい事に対する恐怖、自分の体に対する認識、距離感の相違は、proprioceptive –vesticular –visual sensory systemがうまく相互機能していないことと、それによる混乱が、引き起こしているものと考えられます。


3. Tactile system
Tactile systemの働きは2つあって、それはdiscriminatoryとprotectiveです。
この2つは、体が、機能的に落ち着いて体が絶え間なく感じている刺激に対して対応するために共に働いています。

Discriminatory systemは、皮膚、口などの体の部分が、体の何処の部分で、どういう刺激を受けているか感じるもので、protective systemはその刺激の質、例えば体にどのくらい危険なものなのか、どれだけの痛みを感じているのかを、判断するシステムです。

例えば、熱いストーブに手が触れた時、私達は“熱い!”と感じ(discriminatory system)ると同時に、それが重度のやけどを引き起こすものと即座に判断して(protective system)、瞬時に手を離すでしょう。しかし、この機能が適切に働いていない場合、“熱い”と感じずに、手をそのまま置いておき、結果的に大やけどをする可能性があるのです。

あるいは、抱擁をかわしたとき、その感触が“危険”だと、このシステムが判断することもあります。この場合、この人は、体を触れ合ってお互いの温かみを感じる、という喜びを感じる事ができない事になってしまうのです。

Tactile機能が適切に働く事は、体が感じたものを、脳で適切に理解し、適切に行動する事に繋がるのです。

(IIIに続く)
# by totoatsuko | 2005-12-14 14:29 | 日々感じたこと | Comments(0)

自閉症 (あるいは障害を持った人)の人の世界の感じ方 I

d0065558_14185472.jpg私達は、例えば、、、
立っているとき、足元が動いていなくて、地面が平行である事を当然だと感じていますよね。

歩く時、いちいち、膝をまげて太ももをお腹に少し近づけて、つま先を少し前方にだして、、、と細かなステップをいちいち考えなくても前に進む事が出来ます。

頬が、体が空気を感じ、匂い、その場所が自分にとって危険な場所(例えば火事の現場)でない事を瞬時に感じる事が出来ます。

私達があたりまえと思っていること、やっていることは、
ある人にとっては、とても複雑な事であるのです。

Music therapy for sensory integration and the autistic child
by Dorita S. Berger

によると、自閉症の子供によく見られる、反復行動、同じ状態、環境であることへの固執、コミュニケーションがうまく出来ない事、新しい事に対する恐怖、自分の体に対する認識、距離感の相違は、proprioceptive –vesticular –visual sensory systemがうまく相互機能していないことと、それによる混乱が、引き起こしているものと考えられるそうです。

Vesticular Systemとは、 頭の位置を基準に、何処にそれぞれの体のパーツがあって、それぞれのパーツがどう動いているか、どう動かす事が必要で、それは何故か理解し、統括する働き。

Proprioceptive systemとは、引力に逆らって体のバランスを保つ働き。

Interoceptive System (内面のプロセスを観察する働き)とは、Proprioceptive system とVesticular systemを統括する働き。

Tactile (fingers) system (Touch)とは、 肌や体, 舌、匂い、味覚を感じる働き

Visual and auditory system: 目と耳で情報を得る働き。これは、上4つの働きと共に働き、より高度な脳のプロセスを可能にすします。

(IIに続く)

*今日はボストン、マイナス10度でした。。。寒い!
# by totoatsuko | 2005-12-14 14:19 | 日々感じたこと | Comments(0)

あたりまえなこと

d0065558_1635516.jpg世の中にはいろんな人がいて、色んな考え方、生き方の人がいる、

というのは、文部省が“個性”重視の教育を、実行しているかどうかは別にして、スオーガンとして掲げ始めてから、いや、それとは関係なく、もっともっと前から、みんなが知っている。
そう、知識として知っていること。

でも、そのコトバの意味を自分なりに考え、理解し、行動に反映させている人は少ない。
ひとりひとり違う、と口ではいいつつ、自分の基準で他人の行動や考え方を評価して、"良い” “悪い"のレッテルを貼る。

ひとつの社会、グループとしてまとまりを持つには、そのグループとしての柱となる理念やルールは不可欠なことだけど、

音楽療法士とクライアントの間では、それは大して意味をなさない。

クライアントにとって、何が大事で、本人にとってどういう意味があるのか、
そこを理解しようとしなければ、話が始まらないのだ。

例えば:
30分のセッションの内、ほんの10秒だけ、私と目をあわせながら音楽を共に作ることが、ある日突然できた自閉症の女の子。よく知らないセッションルームによく知らない人(私)と二人きりにさせられたために泣き叫ぶセッションの繰り返しの中から生まれた、その瞬間。

この女の子にとって何があたりまえで、何が大事なことなのか知らなかったら、この10秒の出来事に、何も意味を見出さないだろう。というよりは、簡単に見逃してしまうだろう。

自閉症の人にとって何が当たり前で、何が難しいことなのか。
自閉症の特徴のひとつに、他人という概念があまりない、ひいては、誰かと話したりコミュニケーションをとったり、自分を表現する、という概念がない、というのがあげられる。

そういう人の、この10秒の意味は?

短くいってみれば、
他人がいる、という理解
自分が置かれている状況、環境への興味と理解 
ひいては、自分はこういう声のトーンで泣き叫んでいるんだ、という自分自身に対する理解 
見ず知らずの人とかかわるにあたって克服する“恐怖”“不安”
コミュニケーションをとることへの興味が内面から生まれること

そして、彼女が10秒の奇跡に出会うにあたって、どんな心の旅を必要としたのか?
途方もないプロセスだったかもしれない。

これは、自閉症の子供とのケースだけではなく、どのクライアントと接するときにも当てはまる。

多くの人にとっては些細な、あたりまえなことでも、本人にとっては努力の結晶だったり、
内面の奥深くにひめられたものが、ふっと私と音楽との関係の中で出てきたものだったり、
そういうものを、見逃さず、聞き逃さず、反応し、引き伸ばす手助けをするために
私は全身全霊を傾けてセッションをしている。

また、セッションを録画し、繰り返し見返すことによって、セッションの瞬間逃した貴重な瞬間や、自分自身の言葉、音、行動をより客観的に判断することもできる。  

クライアントの変化の過程を促すのに、社会や私にとって“当たり前”なことを押し付けることは、まったく意味をなさない。
クライアントが、何を感じ、どういうたたずまいをしているか、そしてそれが本人にとってどういう意味を持っているのか、どの方向に向かっているのか。この内面の旅を共にする私は、自分自身の中心を失わず、クライアントの世界にどこまで近づけるか、彼らの視点で世界を見ることができるか、ということが、とても大切になってくる。

言葉の無い発達傷害の子供が泣き叫べば、一緒に泣き叫んでみる。
″泣き叫んでいる”というのは、“私”の解釈であって、その子供にとってみれば、自分自身が使える言語、あるいはコミュニケーションをするための道具であるかもしれないのだ。
ならば、自分がコミュニケーションの道具として使っているニホンゴやエイゴを使ってなだめるよりは、その子供が使っている言語を使ってその子供と接してみればいい。

そうすると、その子供の気持ちや、体が感じる疲労感など、より理解できるし、
子供も、自分の使えるゲンゴを否定するのではなく、むしろ真似しようとしている人の存在を、新鮮に体験するだろうし、それは、その子供が私とかかわってみよう、とおもう強い動機となる。

誰しも、自分自身を理解し、共感し、肯定してくれる人を必要とするし、
そういう人といると、心地よい

d0065558_243868.jpgあたりまえなことー
それは人それぞれちがう。
分かっていても、その違いに対して自分がどう受け止めているか
その違いにどう接するか、というのは別問題である。

クライアントにとって、それがどういう意味を持つのか、
音楽療法士が、自分の基準に惑わされず、セッションで起こったことを客観的に判断してくことは、意味あるセッションをするために、とても大切なことなのだ。

P.S ブログに掲載しているセッション例は、本人が特定されないよう、事実から差し支えない程度に変化させていることをお断りします。
# by totoatsuko | 2005-11-29 04:16 | Comments(3)

Thanks Giving

d0065558_212435.jpgアメリカでは、サンクスギビング (日本では”収穫祭” と訳されているみたいです)が明日からはじまります。

日本のお正月みたいな感じかな、家族があつまって、サンクスギビング料理(=七面鳥)を食べる、という点で。


Happy Thanksgiving!
# by totoatsuko | 2005-11-24 02:12 | Comments(0)

グリーフカウンセラー (Grief Counselor)

d0065558_4461213.jpgうれしかったこと。

昨日、The American Academy of Grief Counselingから、Grief Counselorの資格の認定をいただきました。

Grief counseling (グリーフカウンセリング)という資格は日本ではないようですが、私が会員になっている、日本死生学学会、の学会誌には私がグリーフカウンセリングのドクターコースで勉強していることと似た分野の内容が掲載されているのをみました。

グリーフカウンセラーの役割は、本人、家族が関わる町のコミュニティーや、社会への働きかけです。なぜなら、家族、町や社会単位の様々なサポートが、死を取り巻く人達にとってとても大切な要因でもあるからです。


私の知っているアメリカでは、Grief Counselorは、病院、ホスピスで専門職として雇用されています。仕事の内容は、主に死を目の前にしている人とその家族、大切な人を失った人の心のケアです。

一言に”死”といっても、色々あります。
自殺、殺人、事故、病気、流産、中絶。

これらをとりまくのは、様々な”喪失””変化”。それは人の心に大きな葛藤を生みます。
大切な人の失い方によって、また、その人との関係によって、その”喪失”から受ける影響は全く変わってくる。

日本では、こういうことはとてもパーソナルな事なので、専門家を立ち入らせる余地がない雰囲気ですし、これまでは、何かと人のサポートシステムが機能していたのだと思います。しかし、核家族が進み、地域との関係も昔と比べて変化してきています。専門家が関わる事が必要なケースも増えてくるでしょう。


この分野を学ぶ事で、心が感じる”喪失””変化”について、少し洞察が深まりました。
なにも”死”に直面しなくても、私達の人生は、変化(=古いもの喪失と新しいものの受け入れ)に満ちている。

幸せな結婚をしたつもりだったけど、それによって生まれた”束縛””役割”などによって、独身というアイデンティティーを捨て、既婚者という新しい自己アイデンティティーを自分なりにつくっていかなくてはならない。障害のある子供を持つことによって、自分が描いていた家族像を修正しないといけなかったり、自分自身が事故にあって、障害をもち、描いていた人生とは全く違う道を歩まなくてはならなかったり、夢を諦めなくてはならなかったり、加齢によって変わってくる家族、会社、社会での役割の変化にある日ふと気がついて、受け入れられなかったり。

例えば、補助がないと食事ができなくなってしまったお年寄りの心。
どんなに歯がゆいか、想像した事がありますか?
ながいながい人生を一生懸命歩み、一人前の大人としての自信とプライドを持った人が、若い介護士に助けてもらわないとスプーン一つ口に運べないなんて!
どれほど沢山のものをこの人は失い、それを心の内にためているか。当たり前、と期待・認識している事が出来なくなってしまう事の悔しさ、いきどおり、あきらめ。


グリーフカウンセラーとしての学びを、音楽療法士としての深みにつなげたいと思っています。
# by totoatsuko | 2005-11-19 04:16 | Comments(1)

ある霊気体験者の感想

d0065558_1421445.jpg霊気では、霊気を受ける人はまず仰向けに寝転がります。多くの場合目を閉じますが、あけていけも構いません。

霊気を仲介する人は、頭、上半身の胸側、足、背中にあるきめられた位置 (それぞれ4箇所くらい)に両手を置き、霊気を仲介します。一通り手を定位置に置き、プロセスを終えるのに1時間半ほど、かかります。

ある人が霊気セッションをおえて私に伝えてくれたのは、
私の手がその人の頬を包んだ時、今まで何年も思い出したことがなかった、昔育ったアメリカの田舎の大きな木下で友達と遊んでいるシーンが思い浮かんだ。。。とても懐かしい気持ちになったとともに、わき腹がとても温かくなった。

この例で言えることは、霊気はエナジーワークで、肉体に触れて行なわれるものだけれども、肉体と、心と、魂はつながっているし、霊気はそういう深いところに働きかけるので、セッション中に強い感情や、記憶がよみがえってくることもあるのだ。

もう一人の方は、
しばらくの間つま先に強い痛みを感じていたけれど、それは、なにか強いエネルギーがそこに送られているようだった。少しすると、足に流れているエネルギーの均衡がもたらされ、痛みは消えていき、霊気のセッションの前に足が感じていた不快感は取り払われていた。

私は、特に足にエナジーを送ったわけではない。体が必要なものを知っていて、私の手を通じてバランスをとるように体自身がこのように反応したのだ。


***
私が霊気を学ぼうと思ったきっかけは、音楽療法士としてやっている過程で、目に見えないエネルギーの流れによりセンシティブになる必要性を強く感じたからです。私たち人間はエナジーシステムですし、木、水、火、風、空気、落ち葉、全てにエネルギーが流れている。

ふっと人が部屋に入ってきた時変わる空気のダイナミックス。目の前にいる人がもっているエナジーは、流れているのか停滞しているのか。その人の持っているものを引き出すお手伝いをしている音楽療法士としては、また、音楽という目に見えないものを扱っている者としては、こういうことによりセンシティブであれることに越した事はない。

また、私の音楽療法士としてのスタンスと霊気の働きが、とてもよく似ている。
音楽療法士として心理療法を行なっているとき、私はクライアントに、こうする方がいい、とか、貴方はこうでしょう、と決め付けることはしない。クライアント本人が、自分の内面ですでに知っている答えや、ヒーリングエナジーを最大限活用できるお手伝いをする。

霊気を送っているときも、何かを送って悪いところを直す、のではなく、私の手がユニバーサルエナジーとクライアントを仲介することにより、クライアントが心や、体の崩れたバランスをとるために必要としているエナジーを取り込むお手伝いをする。。
# by totoatsuko | 2005-11-13 14:19 | 霊気 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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