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私のセッションに期待されるもの

私のセッションに期待されるもの_d0065558_1530524.jpg カウンセリングや(言語のみ・あるいはアート・音楽)サイコセラピーに来る人の
カウンセラーやセッションにに対する期待やイメージって、人の数だけあると思う。

私の場合、セッションの問い合わせをいただいたときセッションを申し込む理由や目的を簡単にメールで説明してもらうことが多い。でも、その時点ではクライアントが具体的にどんな期待を持っているかは分からないし、仮に伝えてくれたとしても、

自分が期待している、と頭で認識しているものと
いざセッションの空間にきて私と音楽の関係の中で生きている時
本能的に・あるいは慣習的にセッションに期待することは異なる場合もある。

何故なら、音楽と私との関係は生ものであり生きものであるから。
過去・現在進行形の人間関係(先生・医者・親・子供・生徒、上司、部下、パートナー等)が音楽や私に無意識に投影されている。
例えば自分の心の中をセラピストと一緒に覗いていく事によって自分を知ってゆき、自分を自由にしない障害のような物・あるいは心のダイナミックスをみつけ、それを除去するのではなく、他のパートとうまく繋がりを見つけていく作業を通して、自分がより自然体になるプロセス、というのを頭ではイメージしていていも、

実際セッション中では、無意識に、
私・セラピストが何らかの答えに近づくような導きをしたり、
答えのようなものを与えてくれることを、
(言ってみればお医者さんのような、悪いところを専門家の目から発券・診断して、それを消す処方箋を書く、あるいは治療をする、というような役割)
期待している場合もある。

この場合、潜在的な期待は意識されていないから、セラピーのプロセスはより複雑になる。

例えば、無意識に持っている期待を言語化して私に伝えることが出来れば、
私は、その期待には答えられないけれど、あなたが求めている、例えばーもっと自分らしく楽に生きれるようになりたいーというゴールに向かって、こういうやり方でなら一緒に歩むこと・サポートが出来ます、と
私にやり方や私の哲学を伝え、ギャップをクリアーにすることが出来る。

そして、そのやり方が自分の期待しているものと違う、と思ったりそういうやり方は自分は望んでいない、と思ったら、クライアントとセラピストはセッションを打ち切る、という選択、あるいは、どうしてセラピストに医者のような役割を無意識に期待しているのか、ということをプロセスすることにより、クライアントと音楽とセラピストのダイナミックス・関係やクライアントの心のプロセスは前進すること出来る。

音楽心理療法は万能薬ではない。
私のやり方も、沢山あるやり方の一つに過ぎない。
私の哲学も、私という人間も、数ある中の一つである。

ただ、私とのセッションで起こるクライアントのプロセスは、
クライアントの数だけその色合いが違ってくる。
なぜなら、クライアントが主体のセッションだから。
私が答えを与えるのではなく、クライアントが自分自身でつくっていくプロセスだから。

クライアントがセッションや私(外的要素)に期待するものは、
クライアント自身が「自分で」見つけていける。作り出すことが出来るのだと気付く。
by totoatsuko | 2008-08-08 16:19 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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