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ホーム・立ち返る場所

家・立ち帰る場所、ってわたし達の心にとても影響を与えていると思う。

子供達は、平日私と触れ合う時間より保育園で先生や友達と触れ合う時間が長い時もある。
それにもかかわらず、子供にとって親や家が、自分が帰る場所、という概念は変わらない。
家に帰ると落ち着くし、保育園では見せない甘え方をしたり、安心して長時間眠っている。
母親が拠り所である、という事実は、何ら保育園にいかず母親と一緒に過ごしている子供と何ら変わりはない。
そいう事がとても不思議に思ったことがあった。
時間ではないんだな、と。

ただ、帰ってくる「家」の環境が子供にとって安全な場所ではなかったら、、、
それは虐待であったり、虐待とまではいかなくても両親や兄弟とうまくコミュニケーションがとれない関係だったり、家族に流れる空気がどんよりと曇っていたりする理由から。

それでも、やっぱり子供にとっては「家」は「家」なのである。
自分が帰る「家」とはそういうもの。
世界は危険で不快であるもの、という概念を確立していく。
だから、「家」の外の人が、そんな家ばかりではないよ、と教えようとしても、中々理解できない。

アヒルの子供が、生まれて最初にみた鳥を
その鳥が自分といかにかけ離れた姿をしていようとも親と思いこむのと同じ。

それくらい子供にとって、家・親ってその後の世界観・生き方に影響を与える。

虐待を受けた子供が保護されて施設に入り、セラピーを定期的に受けても、ハイパーアクティブな基本的態度は1年くらいは続く。虐待を受けた子供が何故ハイパーになるか?それは、常に家族の中の空気を敏感に読み取り、常に移動して、極力自分の身に危険が降りかかるのを防ぐために無意識に変容したサバイバルのための行動である。また、虐待や辛い思いをしてもその気持ちを引きずらず気持ちを切り替え、虐待による痛い体験をなかったことにするために、確かに感じた心と体の感覚を騙そうと、ハイパーに頭を回転させるのもサバイバルである。

「立ち返る場所」「関係」を経験せず大人になってしまうと、
自分の感覚を信用しないようプログラムしてきた心はとてももろい。
生きていると辛いことっていっぱい出会う。
そんなとき、その気持ちをちゃんと自分で受け止める方法も知らず、どんな場所が自分にとって安全で休まる環境なのか知らなかったら、自分で自分を労わる・休める・傷の手当てをする自分の内面に存在するはずの場所を見つけることが出来ない。
(だから、非虐待者は他者を虐待することによって自分に足りない物を補おうとしたりするのだ・)

音楽心理療法では、安心できる喜びをかみしめる場所があるのだ、という気付き、そして自分のどこどんな状態で存在するのか見つけていく・存在しないのなら作っていく心の作業を行なうこともある。
by totoatsuko | 2008-05-13 22:44 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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