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相手と違う、ということ

相手と違う、ということ_d0065558_2237595.jpgAさん(私のクライアントではありません)と牛乳について意見が分かれた。
私は牛乳が体にとって有害である、という情報を最近採用し始めていて、
牛乳が大好きなAさんは、牛乳を飲んで何が悪いの?というスタンスだった。

私はそれはそれでいいと思った。
物事にはプロ・コンがつきもの。
どちらにつくかは、その人が決めればいい。
どちらが間違っているか、どちらが考えを改めるべきか、という議論は必要ない。
だって、違う人間なんだから、違う哲学を持って違う生き方をするのは当然。
だからといって、その人と付き合えなくなるわけではない。
日本人は、自分と価値観が違うと疎んじたり変な目でみたりしがちだけど、違う物同士が関わるから、化学反応が起きて一人では生じないアイデアや楽しみや感動や悲哀が生まれるのだ。

Aさんにとっては、「あなたに牛乳を飲んではいけない、って言ってるつもりはないの。ただ、私は牛乳は体によくない説を採用しているだけ。」というのが、親しい仲であるがゆえに、もしかしたら切り離されたような急に距離を作られたような気持ちになったのかもしれない。もしかしたら、暗に牛乳賛成派でいることを批判されたような気持ちになったのかもしれない。全然そんなつもりは無かったのに。

だから、ちょっとしたケンカになった。

相手は変わって、
保育園の先生に、子供に牛乳(乳製品を含む)を飲ませないようにして欲しい、という話をしたら、やっぱり「は?何言ってるんですか?子供には牛乳が不可欠なのは一般常識ですよね」というコメントをいただいた。(ケンカを売られたわけではないので誤解なく。子供達の事を一生懸命考えてくれるとてもいい先生達です。)

一般常識だから正しいとは限らない、と私は常々思っているけれど、
日本人の「一般常識だから正しいに決まってるじゃん」と思う思考回路も
私だって日本人だから理解できるので、
どうして私が牛乳反対派なのかを理解してもらうには、膨大な時間とエネルギーが相互に必要だし、そもそも、相手が、何か理解できないことを言っている私にもう少し耳を傾けてみよう、という気持ちになってくだされないと不可能だ。

それに、たとえ理解してもらっても、賛成してもらえるかは別だし、賛成しても子供達に実践してもらえるかも別の話。

自分の子供達には、人と違うことを恐れないようになって欲しいと思う。
そして、違うから、というだけで相手を批判しない基本スタンスを身につけて欲しい。
これは私のエゴだが、所詮子育てはエゴ・主観の塊。
一般的な常識よりも自分の哲学を大事にしたい、という私と
一般的な常識を尊重するBさんの
どちらの育児が子供にとって正しい、というのは言えないと思う。



というのも、一般的な考え方ではないだろうから、もう既にここで私は私の超パーソナルな考えを主張しているわけだ。自我は芽生えていても、まだ自分の哲学をもっていない小さい子供を育てる時大事だと思うのは、何を信じて育児をしてもいいけど、親が自分が信じていることに自信をもつ事ーそして相手の哲学も尊重する姿勢ではないかと思う。考え方は見方をかえれば、正しくもあり間違ってもいる可能性がある。イヤ、子育て(に限らず対人関係や自分の生き方)は科学ではないので、白黒で判断するべきではそもそもないだろう。

どんな考えをもって育児をしようとも、自分の生き方に哲学をもってそれに自信をもち、ちゃんとその哲学を人に説明できるだけのものを持っていれば、子供は自分の親が他の親と同じか、違うか、という事を超えて「自分の信念を持つ大切さ」を親から学びとってくれはしないだろうか・と願っている。
by totoatsuko | 2008-03-10 10:10 | Comments(1)
Commented by hiroki at 2008-03-14 01:37 x
基本的には同感です。
ただ、意見が食い違ってもかまわないのは違う家庭の場合の話。
同じ家庭の中で意見が違う場合はどうしたらよいのでしょう?
父と母との意見相違、もしくは父母と祖父母との意見相違。
それらは子供にとって望ましくないもの(おとうさんはいいというけど、おかあさんはダメだという・・・etc)だと思います。
そんなとき、どうしたらいいのでしょうか。
意見を聞かせてください。
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