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私の命と食物としてのいのち

私の命と食物としてのいのち_d0065558_16585594.jpg現在上映中の映画
「いのちの食べかた」(原題=私たちの日々の糧)
(OUR DAILY BREAD/UNSER TAGLICH BROT)
2005年 オーストリア・ドイツ合作 92分

▼「いのちの食べかた」公式サイト
▼[YouTube]「いのちの食べかた」予告編

現代のさまざまな食品生産現場を、美しい映像で淡々と切り取っている。
でっかいプールに農薬水を張ってそこにリンゴをキュウキュウに入れて消毒・照りを出したり、ピッチングマシンのような機械で運ばれるヒヨコの群れ、わずか数秒で解体される魚、巨大なマジックハンドで揺すぶり落とされる木の実、自動車工場のように無駄なくお肉に加工されていく豚や牛たち…。まさに唖然とするような光景が連続して描かれる・

薬品を多量に使った製品を出荷している、と中国を責める日本にどこか見当違いな感覚を覚える。
わたし達は、無農薬のものだって選べるのに、
あえて中国を選んだり、
あえて「薬品をいくら使ってもいいから」安く製品を作るよう食品会社に求めている。

厚生労働省が認可しているからといっても、人口添加物は人工物。薬品には変わりない。健康に問題ないと、太鼓盤おされている気がするかもしれないけれど、人工的なものを消化・排出するために、体は余分なエネルギー、せっかく食物からいただいた栄養(ビタミンなど)を余計に使っている。

人工的に加工されたビタミンDの粉末入りのシリアルを食べて、そのビタミンの人工的な要素を排出するために他のビタミン類を使っていては本末転倒ではないですか?

リサイクルペーパーの話も同じ。
環境問題、というカードを掲げて製紙会社に廉価な再生紙を作るように要求したけど、
実際は再生するコストが膨大にかかって、100%古紙のものなんて要求価格では作れなくて、
でも、その現実を誰もちゃんとうけとめようとせず、古紙を再生する、という聞こえはいい環境保護行為にこだわった結果、苦肉の策で、パーセンテージを偽わられ続けたのと。

人生は人のせいに出来ない。
自分が選択できるんだ、という事実を無視して・・・

自分の選択に責任を取らなくてはならならない結果が出たとき、痛みを伴う場合だってある。だから、必然的に、「自分」を持っていなかったり、自分と向かい合えない人は、無意識に目の前に存在する情報を無視したり、見なかったことにして、自分が選択できるんだ、という事実をかき消そうとする。

・・・あたかも自分がそうせざるをえない状況にたむけられた、
相手が悪い、
というスタンスを取る。

わたし達は食べなければ生きていけない。
それが植物であれ、動物であれ、それらの生命を「いただいて」生かされているわけだ。

人間がどんどん必要以上に食べるようになってきて、より大量の植物・動物を「廉価で」で求め、それを実現するために薬品を使う。
本来牛乳は、子供を産んだ牝牛にしか出せない物なのに、薬で常時そういうホルモン状態を保って、年がら年中、子供がいない薬漬けになっている牝牛の体からわたし達は乳をいただいている。

この牛乳は、出産後の牝牛から自然に作られた物だろうか、なんて発想を持って牛乳を買う人って沢山はいないんじゃないかな。

わたし達は、植物や動物の生命をもって生かされている、とその生命の尊さ・ありがたさを感じれば、動物や植物自体に、そしてそれらを加工する段階で人口添加物・薬品を混ぜたりすることが、いかに重大な
ー動植物に対しても、地球の土に対しても、自分たち人間に対してもー
事をしでかしてしまっているか、考えさせられるだろう。
by totoatsuko | 2008-02-13 09:22 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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