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カウンセリング@代々木上原・音楽療法・心理療法 GIM

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受け皿2

受け皿について書いていて思ったこと。

聞いた話なのだけど、
受け皿になれる技量を持っていない音楽療法士、多いのだそうだ。

例えば高齢者施設でグループセッションをやっているとき。
歌を歌って、そから自然発生する会話をセラピストがマネージする。
マネージの仕方はセッションの目的によって様々である。

そのセッションでは、歌を歌った後、色々若い頃の思い出話になり、
一人が戦争に行った話を始めたらしい。
そしたら、セッションをリードしているセラピストが、やんわりと話題を変える、という介入をした。
それで私の友人でco-therapist (主にサポート役のセラピスト)が、後で何故話題を逸らしたのですか?と聞くと、
1.戦争の話をしたくない人もいるかも知れないから、
2.悲しかったり辛かったりする思い出が出てきたら場の雰囲気も悪くなるから、
というのが答えだったらしい。

これは、話の断片だから私はこれだけの情報でそのセラピストをどうこういうつもりはない。
ただ、この情報を分析の材料にしたとき、こういう対応・考えかたでは、クライアントに信頼される受け皿には決してなれない、と言いたい。
話をそらされたクライアントや他の参加者は、セラピストの対応をみて瞬時に、無意識的に、「この人は私の悲しみは受け止められない人なんだ。私の受け皿にはなってもらえない」と判断するだろう。

1.戦争の話をしたくないかもしれない、と思っているのはアナタ(セラピスト自身でありセラピストの仮定にすぎない)。クライアントに責任転嫁する前に、クライアントに聞いてみるべきではないか?本当はみんな話したかったことかもしれない。

2.悲しさや辛さを受け止められないのは、アナタではないのですか?
悲しさや辛さで一杯になる空気をセラピストがきちんと受け止め支えれば、その場の空気が汚染されることはない。そのじっとりした空気、グループの参加者は一人では感じられなかったけど、仲間と共有したかたかもしれない。感じたい心は、常に楽しいものではなく、そうある必要もない。時として人は悲しさにうずもれたい、引きこもりたい、と思ったりもするのだ。

セッションの目的が歌を歌うことだったら、こういう会話を促すのはやめた方がいいだろう。時間がなくなるから。だけど、クライアントのクオリティー オブ ライフ、とかいうのを大義名分に掲げているのだったら、単調な老後の生活にこういう人間臭い感情を 感情におぼれてしまわないような適度な大きさの受け皿となって受け止めることを行っていいとおもうし、もしそれを試みようとするならば、自分の闇の部分の感情を把握する自己プロセスを経てからにすることをオススメする。相手の感情は時として知らないうちに自分の闇を呼び覚ますし、セラピストとして機能できなくなってしまうから。
by totoatsuko | 2008-01-11 23:59 | Comments(1)
Commented by kawata at 2008-01-15 05:29 x
受け皿になれないのは
最近急に問題になったようだが・・会社内の上司も受け皿になれていない1つであるとおもう。リーダーになる方法も、大きく2つに分かれる。自分が一番うまい技能を伝承させる形と、自分が統率のみを行い優秀な部下がいい形で仕事ができる準備をする形である。
受け皿という意味では二つのやり方はその皿の大きさが変わっているはずであるが、多くの方が自分がどっちの形か決めかねている人が多いように思う。
セラピストの場合は後者のやり方しかないのでしょうが・・自分の体験からしか皿の大きさを持てない方もいると思う。だたそのときは、顧客の選び方を考えるなど・・マーケティングの要素をしっかりとすれば、皿が小さくとも密度の高いものができるのかなと・・思います。
人間の器は変えられない・・・これはそういう壁があると良く聞きます。その器をどう活用し、社会に貢献するかが重要なのかなと感じました。
例えが大きくかけ離れていたらすいません。自分の分野に持ってきての例え話でしたので違うかもしれませんね。
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