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打たれて当たり前?

エリザベス女王 - Queen Elizabeth という映画を見た。
割と最近のハリウッド映画。
ダイアナ妃の死を巡って、エリザベス女王や王室の対応が空想・仮想に基づいて描かれている。

ダイアナをよしとしないエリザベス女王とフィリップ殿下の会話・態度がスクリーンに現れ、結構悪者扱いされているのを見ながら、これは絶対日本の皇室には置き換えられない - そもそも皇室について映画を作るなんて宮内庁の許可がおりないだろう、と思う。

映画の中でどの様に描かれようと、実物のエリザベス女王やイギリスの王室は、それと切り離して受け止められる。映画で悪く描かれても、実物は違うかもしれない、違う、と信じられる。ちゃんと、映画は映画だとアメリカ人もイギリス人も受け止められるからなのではないかと。

かたや、日本は腫れ物に触るようにおそるおそる扱い方に手をこまねき頭をつかう。
妙にパーソナルになったりして、少しでも皇室を悪く言うのは許されないような雰囲気。
いつも、皇室はperfect family であろうとしているように見えるし、できるだけ理想的な存在の印象を持つようなコメントや報道にしているような印象でもある。

過度に奉ってきたから、その存在自体が打たれ弱いのか、悪評に免疫がないのか。
ここにも、日本的な要素を感じる。

上に立つ人は理想的な存在であるべき、一点の汚れも許されない、というような概念。
少々汚点があったって、その存在は揺らぎはしないのに。
チャールズ皇太子の兄弟は、みんな離婚・再婚を繰り返しているけれど、公務は続けているし、王室は存続している。世論に潰されていない。

アメリカやフランスの大統領が愛人問題が取りざたされても、だからといって= 政治能力がない → 責任とって引退すべき というような公私混同思考回路をたどらない。日本だと、がせネタでも民衆がうまくマスコミの報道にのせられれば、その人の公の立場の生命はパーソナルな行動によって、すぐ危うくなる。

みんな違って当然、間違って当然、
私は私らしく生きてOK、
人は私と違う価値観なのが当然、
その事実によって人とぶつかっても、それは誰が悪いわけではなく、ただ意見の相違を確かめ、結果自分の価値観を再確認できるプロセスに過ぎない、
そう思えたら、心から自分を信じることが出来たら、
自分と異なる視点を持った人の意見、を直接攻撃や人格否定と捉えるのではなく、客観的に捉えることが出来、打たれづよく、簡単にはブレずに流されずに人生を作っていけるのではないか、と思いました。(言われ方によっては、気分をひどく害されるでしょうけれど。)
by totoatsuko | 2007-12-28 22:43 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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