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マニアックなスタイルと共生

マニアックなスタイルと共生_d0065558_93823100.jpg何か人が集まって、そこに食べる物が出てくる場合、マクロビオティックのスタイルを貫こうとするのは、気を使う。

自分や自分の子供に、「これすっごく美味しいから、わざわざ買いにいってきたの」と食べるのを勧めてくれる人に「すいません、~(そういうもの)は与えないようにしているんです。」と言う時は、わざわざ気持ちを使ってくれた人に対して本当に申し訳ない気持ちで一杯。

私がマクロビオティックを学ぶ前に、マクロビオティックを日常に取り入れている人と会おう、という事になったとき「ベジタリアンのメニューがあるレストラン希望です」と言われて、なんかめんどくさいなぁ、いいじゃないたまにはお肉やお魚食べたって、って心の中で反応したのを覚えている。だから、マクロビをやってない人のマクロビを慣行している人に対する反応とか気持ちを推測するのは、逆の立場に立っている今でも難しくない。

「マクロビ取り入れてます。」というのが単なる食事スタイルとしか捉えることが出来なかったけど、今では分かる。「こういう食事を求めています」という言葉は、彼の生き方・人生に対する姿勢を暗喩していたのだということを。いいじゃない、ちょっとくらいお肉食べても、と言うのは、その人の生にたいする姿勢を軽んじる反応にも取れる、という事に気付く。

マクロビオティックは「食で体を整えるため」の学問だから、ある意味マニアックで、現代の一般家庭の食事スタイルからはかけ離れていると私は思う。砂糖、肉魚卵牛乳製品は摂らない、なんて言っていたら、大方のレストランのメニューや食卓に並ぶものから選べる食べ物がなくなってしまう。あたりまえだ、繰り返しになるけれど、マクロビオティックの根本的な考えは「食べる物で体を整える」「食べ方で病気を治す」というものだから。

だから、そのスタイルを毎日好んでやりたいと思えば、そうすればやればいいし、
マクロビオティックの考え方に関係なく食事をしても、何ら咎められるわけでもない。

人と違う考え方や行動をするのは、本当にエネルギーがいる、特に日本では。
同じだったら起こらないテンションや摩擦が発生するから。
その「場の空気」を濁さないために、「その時くらい」マクロビ放棄すればいいじゃない、というのが多くの人の反応。そういう場への適応の仕方が自分にしっくり来るならそうすればいいし、「場」のために自分の哲学を曲げたくないと思えば、堂々と自分のスタイルを貫けばいい。

テンションが発生すれば肌は感じる。それは、子供の頃私は心と体をさんざん痛めながら体感した。今でこそ、自分を傷つけない術を知っているから大抵の反応なら自らの血を流さずにすんでいるが。

日本はデフォルト、というか初期設定、というか自分自身と相手に対する期待が「みんなと同じである」という状態だから、人と違うことをしたとき・誰かが自分と違う考え方を提示したとき、どっちが正しい、いい/わるい、という視点で批評しがち。でも、もっと違う視点でビックピクチャーを捉えられる人が増えるといいな、と思う。いい・わるい、ではなくて、個々人のスタイルなんだと。違うからといって、その「場」にテンションを生じさせる必要はなく、むしろ話のネタくらいになるといいのだけれど、とこのロングウィークエンドの体験を通して思ったのでした。
by totoatsuko | 2007-10-09 07:13 | 食について | Comments(3)
Commented by 通りすがり at 2007-10-11 04:20 x
私は1年ほど前から食に対して考えるようになり、ほぼベジタリアン(乳製品は取っている為)な生活をしています。 私は出来るだけ自分の信念を曲げたくないので、友人と食事をする際ははっきりとベジタリアンメニューのあるレストランをリクエストするのですが、仕事がらみの食事となると自分の都合でお店を選択出来るわけでもなく、また相手に気を使わせない為にもお肉や魚(出来る限りお肉は避けますが)を食べてしまいます。 日本ではやはり仕事などオフィシャルな場面で自分の立場がまだまだ低い場合は、個人的な食事に対する制限をはっきりと示すことは難しいのでしょうか?! 
私の印象では欧米諸国のかなりの国は、ベジタリアンや宗教的理由の食事制限をオフィシャルな場でもきちんとリスペクトされているように感じられますがどうなのでしょう。
早く日本もそれぞれのスタイルをリスペクト出来るようになって欲しいのですが、まずは自分の中で折れない心を持てるようになっていきたいと思います。
Commented by totoatsuko at 2007-10-12 15:47
相手と違う生き方を日本で提示するのは、タブーというか。。。長いものには巻かれろ、という諺が出来る土壌がある文化だから。なにも食料摂取スタイルだけではなく、ゲイ・レズビアンなどに大しても排他的。変な目でしか見れない、自動的に「えー?(自分とは違う人種だ)」みたいな反応をする人が多い。しかし、ゲイとか分かりやすい差異はなくても、ミクロでみたら、どの人もその人その人のスタイルを持っていて(スタイルを確立しようとして作ったスタイルを生きているつもりはなくても)、見る人によれば、どの人だって「?」と思われる可能性が多いのだけど。自分の「普通」自分の「常識」が相手に当てはまらないのが当たり前。自分が相手のスタンダードとかけ離れているのも当たり前。
個性の尊重・多様化、という言葉が巷で溢れているけれど、心の底では「出る杭は打たれ」てしまいたくない心理を克服しないことには、あるいは「出る杭を打ち込みたくなる」心理をどうにかしないと、自分と相手、どちらをも尊重しながら真の関係を築くことは出来ないのではないか、と思います。
Commented at 2007-10-12 16:16 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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