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Boundary II

一時期「No と言えない日本人」 なんてフレーズを巷でよくきいたけれど、
何故なのだろう?Noと言えないのは?

日本列島は海に囲まれていたから、積極的にNo と言わなくても、海という溝が、自分たちの土地と平和な暮らしを外敵から守ってくれていたから?
ヨーロッパや中国、中東、アメリカなんか、国と国が地続きだから、自分の境界線が何処なのか、お互い口に出して、紙に書いて合意しないと、おっかなくて生活出来なかったはずだ。

そうやって、クリアーに国境線を引いていても、その国の情勢によって(もっと炭鉱が欲しいとか、畑の土地がほしいとか)何度も何度も戦争してしまうくらいだから、一個人のバウンダリーを意図的に保つのは相当エネルギーがいる。ましてや、人は毎日生きて・変化しているから、その時の体調や精神状態で、バウンダリー(ここまでなら立ち入られても、許せるし危険と感じない、ドキッ、ムカッ、としない)は常に変化しているし。


日本国内の生活をみてみれば、
日本人は「境界」に対する意識が非常に低い気がする。
黒白ハッキリつけるよりは、グレイゾーンを沢山とっておいて、その場その場の状況で、お互いの目の色顔の色を「察して」調整する・譲り合う。

アメリカにいた時、そんな細かいことわざわざ書類にして合意しなくてもいいじゃない、暗黙の了解で十分じゃない?と思った事があったけど、それは、私の「日本人」的な感覚を表していたのだろう。どんなに身近な人とのどんな些細な約束事であっても、きちんと言語化することにより、万が一何かあった時に、客観的に(例えば法にのっとって)裁量するという、日本とは異なるバウンダリーやルールの提示方法文化。

世間をゆるがすような事件が起こらないと、法整備が整わないのも日本らしい。
グレイゾーンで行なわれるビジネスも、当事者同士でうやむやに丸くおさまってるうちは、法律によって、これやったら黒、ここまでは白、とは明記しない。わざわざグレイな事を言語化して、とりあえず保たれている平穏な空気を荒げなくてもいいじゃないか、という考え方。
ストーカーの問題も、その件数の多さと行き過ぎた行為が問題になるまでは、ストーカーを罰する法律はなかったし、仮に警察に保護を要請しても、ストーカーを黒と決め付けはせず、介入は行なわれなかった。

グレイゾーンを沢山とって、その時そのとき和気藹々とラインを決めれるうちはいいが、当事者間の関係が悪化し、うまくコミュニケーションがとれなくなり、それぞれの不満を内側にため込んで膨らましすぎてしまうと、ますますその関係は悪循環に向う。よりどころとなる合意が明確に結ばれていないから、お互い疑心暗疑なまま、腹のそこを探りあうしかない。

欧米では、結婚するとき離婚する時 は慰謝料や財産分与、親権をどうするか決めて書面化する人が多くいる。これは、将来は離婚しようと思って結婚する人たちがやっているのはなく、あくまでも生涯この人と一緒にいたい、と心から相手を愛している事の確信が絶頂にあるときの2人である。日本人の多くからみれば、なんだか味気ないというか、さっぱりしすぎている、とかお互いを信頼していないんじゃないか、と思ってしまうかもしれないが。

家族との、会社の人との、友人との関係にギクシャク感を感じたら、自分と相手のバウンダリーや距離はどうなっているのか、要チェックだ。

自分は、きちんと自分を守れているだろうか?
相手のバウンダリーは何処にどんな風にはられているか、注意を払っているだろうか?
相手のバウンダリーに立ち入りすぎてはいないだろうか?
また、相手に自分が入ってきて欲しくない領域まで立ち入ることを (様々な理由~相手の賞賛が欲しいから?相手を失うかもしれないという恐怖から?相手からここまでしないと否定されるかもしれないという不安から?)許してはいないだろうか?
(続く)
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by totoatsuko | 2007-08-08 11:44 | Comments(0)
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