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いじめられない体質

いじめられない体質_d0065558_135827.jpg家にはTVがあるけれど、滅多に見ない。
アメリカにいる時もTVをルームメイトが安く譲ってくれたので持っていたけど、場所をとるからクローゼットの中にしまってあって、必要な時引っ張り出して見る、という感じだった。イマドキ、気になるニュースや情報はネットで収集できるからTVを見なくても、不都合はない。

子供時代もほとんどTVを見なかった。というか、ピアノの練習や宿題などしないといけないことが限られた学校から帰宅後~寝るまでの時間に山積みになっていて、見る余裕がなかったというか。それで、学校でドラマの話についていけなくても、友達とその話題について盛り上がれなくても、特に疎外感を感じはしなかった。

学校にいる間の授業以外の時間は、家でできないけどやりたいこと、例えば その時によってマイブームは違ったけれど、 編み物とか、読書とか、縄跳びの練習とか、何かをデザインすることとか、学校のイベントについてアイデアを練るとか。疎外感を感じなかったのは、ドラマの世界やそこに生きる人間について復習するより、”自分の人生を生きる”のが忙しかったからかもしれない。私がやっていることが面白そうであれば、自然と人がまわりに集まってきた。でも、自分を好いてもらうために何かをやる、という魂胆は全然なかったから、一人でもくもくと自分のやりたいことをやっている、という状況も多かった。

ふりかえってみれば、こんな要素は いじめられっ子になりやすい。
孤立していたり、みんなと違ったり、違うことをやっていたり。
確かに、思い出してみれば、番長グループの子分に小学校の裏庭に呼び出されて、ズラッと囲まれたこともあった。詳細は思い出せないが、「エラそうだ」みたいなことを何かすごい怖い形相でせまられて、恐怖だったけれど、「こんなことしてるあなたたちに付き合ってる暇はないんです。まだ、文句いいたかったら先生の前で言ってください。ではまた。」 と平静を装ってその場を去った、、、ような気がする(多少 記憶は美化されているかも)。当時はまだ袋叩きにする、みたいないじめスタイルではなかったのも幸いしたけれど、そのご番長グループは私にちょっかいをださなくなった。

あるいは、祖母にもらった赤い革の筆箱を小学校1年の時から高校まで、ずーーっと使ってっていたけれど、そもそも革の筆箱なんて持っている人はいなかったし、長年使っているからボロボロ。そこで、またちゃかされる。「オマエ なんでこんなボロイのもってんの?ダサー」「家が貧乏で可哀想なヤツだ」 でも、私はちっとも悲しいと思わなかった。「これはね、私の大好きなばあちゃまが買ってくれた筆箱なの。革でできてるなんてステキでしょう?使い込んでるから革に艶があるし。キズのひとつ一つにも色んな思い出があるんだよ」といえば(実際そう心から思っていたし)「汚いなお前」と言うイジメっ子のうしろでヤイヤイ言っていた取り巻きは、しげしげと筆箱をもう一度みなおして、ナルホド そう言われてみれば珍しくて カッコイイな、それ。 とダイナミックスが変わり、ボスもその空気を察して、前言撤回。その後は、一時期「カッコイイ」 という基準が 「アンティークなモノ」に変わったりした。

いじめられる要素なんて、誰にでもある。
くさい、とか、暗いとか、ダサイとか。
そういうものは、いじめたい側の主観にすぎず、視点をずらせば
その匂いは魅惑的な香りに、
暗さは アンニュイな表情に、
ダサイスタイルは次に来るトレンドファッションの先取りにもなりうる。

大事なのは、自分のその要素を他人にどう「カテゴライズ」されようと、
「それがどうした。」と胸をはれることではないかと思う。
香水だって、嗅ぐひとによって、臭いと感じたり、いいにおいと思ったりするのだ。
そこで、仮に自分のにおいに何か言われた時、
「そっか、あなたは臭いと思うんですね。嫌な思いをさせてごめんなさい。私は この香り好きだなのです。だから、今後はあなたに近寄らないようにする努力をしますから、あなたも近寄らないようにしてくださいね。」といえるか、
「え、ゴメンなさい、臭いですか?どうやったら、匂わないようにできるんだろう。わからないです。すいません、ゴメンなさい。」と相手に「いじめられっこ」に選ばれて、要求されるがまま「いじめられっこキャラ」を演じてしてしまうか、そこで、全く予想外のキャラクターを提示できるかどうかで、随分 いじめる側の反応が変わってくるだろう。

いじめっ子は、いじめられっ子が存在する事によってのみ生息できているのだから。


今 子供がはいているパンツはもらい物の機関車トーマスの柄モノ。
保育園日誌によると、「みんながアンパンマンパンツをはいているので、彼も同じのをはきたそうです。お友達のアンパンマンパンツを持って、嬉しそうに歩いています。トーマスもカッコイイよ、と言ってあげています」と書いてあって、自分が人と違う状況を経験しているんだな、と思いました。うらやましいな、と思う気持ち、でも、自分だけトーマスパンツを持ってるんだぞ、いいだろ~、みたいな気持ち、どっちも経験してもらいたい。 そして、自分が持っていないものや、人と違うことを残念がるのではなく(そもそも、細かく捉えたら一人一人の人間は異なる存在、キャラクターなんですが)、また、「違い」を揶揄されても、自分は自分、って自信をもって自分を生きて欲しいな、って思うのです。

そうしたら、いじめる人も、全然からかっても面白くないし、「みんなと一緒じゃないと恥ずかしいの?子分引き連れてないと自分で自分の足を支えられないの? ダサー」と逆に思わされたりするでしょう。自分を持ってないがゆえに不安で誰かを否定する事でしか自分の存在を確認できないいじめっ子は、たとえいじめる理由を発見してもこんな人には怖くて寄り付かなくなるのではないでしょうか?
by totoatsuko | 2007-07-25 11:02 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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