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泣き叫ぶ姿をみていられるか

子供がガラスで背中を切って、7針縫いました。
驚いたのは、レントゲンを撮る前も、局所麻酔をする前も「それじゃぁ、お母さんは室外で待っていてください」と言われたこと。「自分の子供のことだから、ここにいます。」と言ったら「おさえつける(=泣き叫ぶ)から・・・」 とブツブツ ベテラン看護婦さんが言っていました。

押さえつけたからって、文句を言う親がいるのでしょうか?
処置に必要なことなら、子供が泣きさけぼうがどうしようが、どうどうと親の目の前でやればいいと思いました。もし、そういう泣き叫ぶ姿を見せるのは忍びない、という配慮ならそれも余計なお世話だと思います。

子供が本当に悲しんでいる時、怒っているときに、その姿を見るのが耐えられず側を離れてしまうことは問題だと思います。(これは、カウンセラー・クライアント の関係にも言えることですが。 クライアントに不必要な助け舟を、カウンセラーが自分が見ていられない という理由だけで出してはいないでしょうか?)子供のお腹から出てくるSOSの声は勿論神経を逆なでさせられますが、どんなに辛い状況でもそばにいて、悲しみを共有し受け止めてあげることこそが、親の役目ではないでしょうか。考えてみてください、傷を負って知らない場所につれていかれ、体中を知らないじぶんより2倍以上もある人間数人に体を押さえつけられて、挙句の果てに、唯一自分が信頼できる人まで去ってしまうなんて。そうして絶望のどん底に突き落とされた後、痛い注射をされる。 自分に同じ事がおこったら、と少しでも看護婦さんやお医者さんがかんがえてくれたら、「お母さん出て行ってください」とはいえないはずだけれども。

反面、そういう子供の悲しみや怒りを受け止めることが出来ない親も、沢山いるんだろうと思いました。だから、ちょっと子供がぐずったら 子供の言うなりになったり、機嫌をとったり。
とことん辛い思いをさせてあげる、辛いとはどういうことか身をもって知る機会を与えてあげる、
野放しの状態で過酷な体験をさせるのではなく、わたしはここにいるよ、本当にダメなときは絶対助けてあげる、という動じなさと暖かさをもって存在してやることで、子供は 生きる痛みを身をもって あるいみ安全に学んでいくのだと思います。

本当の痛みを知らないで生きる、ということは、
暗闇を極力避けその存在を知らないまま光を追い続けて明るいところ 明るいところへと生きているのと同じで、本当の光を知らず、暗闇の中に光を発見する深い感動と、言葉では説明できない 「おおいなるもの」の存在に包まれる事を知らずに生きているようなものだと思います。
by totoatsuko | 2007-07-05 17:58 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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