人気ブログランキング | 話題のタグを見る

カウンセリング@代々木上原・音楽療法・心理療法 GIM

totoatsuko.exblog.jp ブログトップ

無菌状態

親は子供の第一保護者であるというのは多くの人の間で共通の認識であるけれど、「保護」のしかたも色々ある。

どれだけ子供に障害を乗り越えなくてはならない状況に向かい合わすか、その時どれくらい手助けをするのか?

なるべく子供が辛い思いをしないよう、笑顔あふれるよう、嫌なことを「保護者」がなるべく取り除いてやることが保護者の役割だとは思わない。だって、子供は自分の足で歩き、成長するにつれてどんどん「一人で」歩いていく範囲を広げていくのだから。自分ひとりの時に、初めて困難な状況に遭遇させることほど酷いことはない。無菌状態で育っていたら、ちょっとした菌にでもやられてしまうだろう。

風邪くらいひいたっていいではないですか、菌を飲み込んで病気になってもいいじゃない、びしょびしょになって外の水で遊んだ結果。現代には最新の医療がある。 水の楽しさ怖さ、手触り・感触を大人のように理性で捕らえるのではなく、言語化できない自らの感覚で感じられるというのは、本当に貴重な体験だ。

ちょっとしたやけどならいいではないですか、台所で遊んだ結果。大地や海の生産物が、現代の利器・包丁と火で形を変えていく様、その変化の過程でただよってくるにおいを間近で観察したり、実際手で触れてみることができるのなら。子供にとっては、それはそれは マジカルな変容で大きな驚きと喜びを体験できる。

保護とは、無菌状態にすることではない。
むしろ、その子が生きている環境を、間口の広さや温度や湿度を調整してあげて、死に至らないよう菌のコントロールをしてやることだと思う。それは、密閉して無菌状態にするよりはるかに難しい。なぜなら常に子供の動きを見てコミュニケーションを蜜とらなくてはならない。その子の気分や体力によって常に変化する、いってみれば「適量」「致死量」はどれくらいなのか、瞬間瞬間で判断しなくてはならないから。

大人になってはじめて はしか にかかると死んでしまうこともあるのと同じ。
人間関係や生きることそのものをサバイブする術、そこに起こる怒り、悲しみ、絶望、やるせなさと喜びと慈しみを 子供特有の頭ではなく「本能」で体験していれば、それは、将来生きていく上で大きな糧となる。頭で考えてどうにかしようとしてどうにもならなくなったとき、ふと子供の頃体で覚えた身のこなしが解決の糸口を導いてくれるかもしれない。

これは、自分と自分の関係にも言えることかもしれない。自分をどれだけ困難にさらしてでも何かをやろうとするか、そもそも 初めから避けるか。
自分を自分自身で無菌室にとじこめて生きるのも、菌だらけのところで生きるのも、どちらも 一人の人間の生き様だ。
by totoatsuko | 2007-06-27 09:35 | Comments(0)
line

音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite