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セッションのありかた

セッションのありかた_d0065558_1020510.jpg日本の病院の子供向けのプレイセラピー、アートセラピーなどを数ヶ月に渡って見学させてもらっているアメリカの大学院でその分野を学んでいる人から話をうかがう機会があった。

その人によると、セッションの目的は何なのか、というのはクリアーに設置しないし、親(大抵 母親)も同じ部屋にいるのだそうだ。

親子の関係をセッションで扱う、という目的でない限り、大した理由もなく母子同室で「子供のための」セッションを行なうなんて、「私にとっては」ありえないロジック。親の目、というとても大きな影響下では、ありのままのプレイができるわけがない。それは、子供のためにも、親のためにもならない、非常に目的があいまいなセッションだ。一体このセッションは何のためにやっているのか?親は、専門家の人が子供と遊んでくれてるからきっといい効果があるのだろう、と思うのかもしれないけど、専門家だって間違いは起こす。

6歳くらいの子供を親と別室でセッションしようとしたら、親がどうしているのか、何処にいるのか気になって質問ばかりするので、セッションにならないので、お母さんも同室してもらうようにしたケース。??? 親がいないと遊べない事自体、問題なのに、こんな対処をしていてはもともこもないではないか。何故 親がいないと遊べないのか?そんな子供の心理状態にどんな親子関係・家族関係が影響しているのか探り、変化を促していくには、「親がいないとプレイセラピーのプレイが出来ないから、親をとりあえず一緒にする」という対処では、全く意味が無い。

また、毎回セッションをレヴューして、セッションで何が起こったのか、セッションによって子供がどういう影響を・変化を持ったのか、スーパーバイザーとともに見直し、アセスメントし続ける、ということも滅多に無いようなのだ。

日本で一般的に病院や施設などで普及している音楽療法とあまり変わらないな、というのが日本のプレイセラピーに対する私の第一印象で、その次は、日本のこの分野の大半のプロフェッショナル(と自称しているひと、資格を有する人)は、本当にこんなあまっちょろい事をしていて平気なのか?プロとしての自覚と責任は満たされていると自負できているのかという疑問を感じた。

大きな施設で働いていて、多くのクライアントを掛け持っていると、レヴューや、アセスメントに時間をかける余裕がないのも理解できるけれど、それでは、あんまりだ。セッションを続けていると、セッションで起こる大きなうねりのど真ん中で一緒にクライアントと必死になっていると、ふとどに向っているのか方向を見失うことも多々ある。また、ある時点で決めていたセッションの目的も、クライアントの変化の状態により、そぐわなくなってくる。だから、折に触れてレヴューをきっちりしていかないと、ちゃんとクライアントと寄り添えなくなる。
レヴューやアセスメントが定着していないセッションが蔓延し続けるなら、音楽療法士って歌のお姉さんに毛がはえたようなもの、プレイセラピスト、チャイルフドライフスペシャリスト、って保母さんとどう違うの? という見方が変わる見込みは無い。

セラピストは、自分の決断がセラピーのプロセスや目的にどう影響しているのか、何のためにそう言うのか・言わないのか、やるのか・やらないのか、常に出来るだけawareでなければならない。それは、その道のプロだと自称し、お金を貰い、お互いの時間をある「目的」のために費やし、プロとして相手に接しているのだから。 そういう意味でも、セラピスト自身がセラピーに行き自分の心の状態を把握する訓練を受けること、スーパーバイザーと蜜にやり取りをし常に第三者の目の助けもかりてセッションを振り返ることが、いい仕事をしていく上で不可欠であると思っている。
by totoatsuko | 2007-06-05 10:23 | Comments(2)
Commented by ハミングバード at 2007-06-05 12:31 x
初めてメールいたします。自閉症と音楽療法について是非お伺いしたいことがあります。
幼児の言葉が突然とまり、その代わりに口を閉じて”うー”という発音を繰り返します。しかし、音楽が好きで音楽を聞いているときだけは、高い集中力で聞き入ります。このような子供に音楽療法を行うときは、どのような方法なのでしょうか?また、再び話し始めることはできるのでしょう?
是非、ご意見をお聞きしたいと思いますのでよろしくお願いします。
Commented by totoatsuko at 2007-06-07 09:26
このような場で、しかもごく限られた情報を元にどうこう言えませんし、誤解も多々招くので、具体的なコメントは控えさせてください。

「一般的」なことでいうと、自閉症の人とのセッションは、自閉の重度にもよりますが、即興演奏・唄をベースにしたものから、体を使うものまで色々あります。再び 言葉が出てくる場合もありますが、そうでないときもあります。個々人は、「自閉症」という言葉では到底一くくりに出来ない 個性や傾向、状態にあるのですから、「自閉症だからこういうセッションをする」という法則はありません。

また、自閉症の人との音楽療法の目的は「言葉を増やす」ことだけではありません。彼らが、より彼ららしくより満たされた日々を過ごすための手助けになることもあります。
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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