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カウンセリング@代々木上原・音楽療法・心理療法 GIM

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Home_d0065558_23265918.jpgホーム、
それは何か暖かいものを彷彿させられたり、安らげる場所であるはずなのに
家族間の殺し合いが行なわれて世間を騒がせるようになってしまった。

NYの癌の病院で音楽療法セッションをしていた時、家にまつわる歌をリクエストをする人が多かった。その人たちにとって家とは、単なるハコではなく、機械的に帰る場所でもなく、自分の生きてきた歴史や、自分が育んできた大切な家族との関係の匂いや、暖かさがぎゅっと詰まっている何にも換えがたい場所の象徴だった。

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わたし達の心の家はどこにあるのか?
世間のしがらみや、悪天候から守り、自分が自分であれる場所。自分が必要な暖かさと、休息と、エキサイトメントが得られる場所。それは、空間に限らない。人間関係だったり、物だったりもするだろう。


Home
そもそもわたし達は Homeがある事を信じられなくなっているのか?
それとも、心が安らぐ場所がある、ということ自体を成長する過程で体験したことがないため、その存在を知らず、それゆえ、求めもしないのか。

いや、そんなことはないと思いたい。
誰しも生まれた直後、やわらかい乳房をまさぐりながら暖かいミルクを飲みお腹が満たされていく、そして心地よい眠気に誘われていく経験があるはずだ。(その直後から虐待される子供もいるが。。。) ただ、その記憶は残りの人生に残らないのか。

成長するにつれ、自分が満たされる条件が複雑になっていく。生きている環境も苛酷になってくる。赤ちゃんの時のように、ただ泣いて誰かが自分を幸せな気分にしてくれるのを待っているのではなく、自分自身で、自分を満たすすべを身につけていかなくてはならなくなってくる。
親や友達に認められたいと思っても、お母さんの乳房のように無条件には与えてもらえない。
むしろ、否定され、突き落とされる可能性だってある。
そして心があまりにも傷つけられ続けると、Homeなんてないんだ、この世は生きるのに辛すぎる、人は信じられないと無意識のうちに学習していくのかもしれない。

そんな人にとって、自分が誰かのHomeの一部になれるなんて思いもよらないだろうし、第一、どんな風な関係がhomeなのか分からないのかもしれない。自虐的だったり、自己犠牲的だったり、自分の愛情を一方的に送ることが相手にとって安らげる関係と勘違いしてしまうかもしれない。

Home
社会で生きるためにつけている色んな仮面や衣装を脱げる場所
心も体も魂も休める場所、エネルギーをチャージできる場所
自分にとってかけがえのないユニークな場所

現代人にとって、それはどこにあるのだろう?

(写真は、福徳ーふっとこ という金沢のお正月の縁起物菓子。それぞれの中に七福神の砂糖菓子が入っている)
by totoatsuko | 2007-01-11 23:28 | 日々感じたこと | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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