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障害者 という分類分け

障害者 という分類分け_d0065558_21295676.jpg障害を持った人 とカテゴライズされる人は、
いわゆる 「障害」を持たない人による ある種の分類分けの視点を表していると感じる。

言葉が喋れるのが
バランスよく歩け、走れるのが
知能が年齢と共に発達していくのが
「普通」という基準。

でも、それは一つの視点に過ぎないことだと認識している人は、どのくらいいるだろうか?

言葉が喋れないから マイナス10点、
期待される思考が出来ないから、マイナス10点、
そんな引き算形式で、私たちとはまったく違う世界観、生き方、感じ方をしている人のことを計算し、「障害」を持った人、とする。

あるアスペルガー症候群(自閉症の一種)をもった子供を持つお母さんと話をした。
彼女が、学校の先生に、アスペルガーの特徴を説明し、少し気をまわしてもらうことをお願いしても
「そんなに心配しないでください。お宅のお子さんは、変じゃないですよ。」
「え、そんな障害があるんですか?(めんどくさいなぁ~)」
という対応をされるだけで、アスペルガーの人が、どのような人とのコミュニケーションの仕方をするのか、行動パターンを持っているのか、その人が持っている世界に近づいてみよう、という試みはされなかったそうだ。

その子は、とっても記憶力が良く(自閉症の人は、本当に尋常でない記憶の仕方をする)、歴史の話をさせると、すごく細かいディテールまで語れる。彼いわく、映像が浮かんでくるのだそうだ。でも、なかなか普通の学校教育システムでは、その彼の持っているの素晴らしさを発揮できるところも、認めてくれる人もいない。テストの点がよければ、デキル子となれるけど、テストで問われること以外の知識を持っていても、評価されないのだ。

本来なら、とてもとてもすごいことなのに!!
これが、この子の特筆すべき個性で、長所で、もし加点されるとしたら、沢山点数をあげるべき点だと思うけれど。

果ては、彼の「普通」でない行動や、こだわりを先生は指摘して、そんなんじゃぁ、この少子化の時代にまともな大学にいけず、将来食べていくことはできませんよ、このままでは、という態度らしいのだ。

私は、あきれてしまった。
いい大学に行って、「普通」の就職をすることが、普遍的な幸せをもたらす とでも思っているのだろうか?

この子にとって、「普通」の人用にアレンジされた学校教育・評価は苦痛以外の何ものでもなく、
ましてや、「普通」を求める会社で働くことなど、彼の幸せを招くはずがないことを、
どうしてこの学校の先生は分からないのだろうか?自分と同じように、教員になることが、彼にとって人生で満たされる方法、とでもおもっているのか?

「幸せ」は、自分で感じるもの、自分で作っていくもの、見つけていくもの。
大学に行かなくても、驚異的な記憶力とこだわりを活かして、人には出来ない事業を成し遂げることができるかもしれないのだ。その先生が知っている限られた世界なんかよりも、もっともっとエキサイティングな生き方(それは、その学校の先生にとっては、何の魅力もないものかもしれないけど)。

アメリカでは、自閉症・アスペルガーの人でも、自分の個性を生かして、会社を始めたり、大学で教えたり、物書きになっている人が沢山社会にいる。わたし達多くが沿っている社会のルールや学校制度、教育方法に彼らが沿えないから、といって、彼らを マイナス とみなすのは、とんでもない勘違いだ。


私たちは、私たちの色めがねでしか世界を見ることしかできない。
それはしょうがないこと。
でも、色眼鏡をかけているのだ、自分の視点は限られているのだ、ということを自覚できないと、自分が見る世界は、どんどん狭くなってしまう、異なる価値観を受け入れようという心がそだたなくなる。


「個性重視」、という言葉が日本の学校教育に取り入れられて、もう長い年月がたつけれど、
いわゆる、「いい子」として育ち、先生になった人たちにとっては、それに当てはまらない子供の「個性」は、扱うに厄介な、理解不能のものとして処理されるだけなのか。

「障害者」と分類わけされていない子供ですら、自己存在を疑い、死にたくなるシステム。
一体、学校は 子供達にとって、どういう場所になっていしまっているのだろうか?

「障害をもった人」からすれば、私たちの方こそ、障害を持っているようにみえるかもしれない。
言葉のない世界で生まれる創造性、世界の感じ方の存在をしることができない、
言葉を操っていると思っているつもりだけど、言葉に操られているのに気づいていない、
いい大学にいって、社会の歯車に巻き込まれて、幸せだと思いこんでいる、

実は、私たちこそ、自分達がつくった価値観や社会に踊らされて、それに気づいていない真の障害者かもしれない。
by totoatsuko | 2006-12-03 18:09 | 日々感じたこと | Comments(1)
Commented by amayatic at 2006-12-05 10:35
24になってアスペルガー障害と診断された男の呻きです。多分に下劣ですが、何かの参考に・・・。
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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