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続・父性 ~ 切捨て or 尊重? II


しかし、あの絶望の、見放された数年間を通ったからこそ、爆発寸前のものすごい内的エネルギーがはぐくまれた。

それまでは母性的なぬるま湯にいることも気付いていなかったし、そこから出ようなんてアイデアはこれっぽっちも思い浮かばなかった。変な例えだけど、脅されて監禁されてそこから抜け出すという事が頭にうかばなくなっている状態とでもいおうか。自分を守り育ててくれた母性的な環境・関係が自我のある側面の形成を遮っていたことを、無意識では知っていたのかもしれないが、そこからの脱出を試みたら、愛情という名のもと私を範疇に置いている者達の怒りをかって、一気に呑み込まれて、許されていたほんの少しの自由を全て奪われてしまうのを(無意識のうちに)恐れていたのかもしれない。

あるいは、こんなに私を守ってくれているものを否定するなんて、自分はどうかしてる、間違っている、とも思い込んでいただろう。

高校の先生方の選別に漏れ、見放されることにより、私はそこでの生活をsurviveするための手段を見つけなくてはならなかった。かたや、これを機に気付かされた、私を呑みこもうとする、家族を中心とした母性的な牽引からも身を守らなくてはならなかった。


あれから10年以上の歳月が流れた。
あの時出来た傷は、年月をかけて丁寧に取り扱われ、いまや皮膚に残るやけどの痕のようなものでしかなくなった。ふと、あの先生の強烈な一言が,あの時感じた痛みを思い出すだけ。今の私は、この傷に囚われてることはなくなった。

私が育てられた家族の中で不在だった「父性」は、
この時期を突端に私の中で存在を主張し始め、既存の心のバランスを変えようとしてきた。

日本社会で、「私はあなたと違う意見です、違う生き方を求めています。」というと、結構な反感を買う。切り離したり、切り離されたりするのはよくない、と思われている文化だから。

余談だが、アメリカ人は "I totally disagree" なんて 「同意できません=disagree」にわざわざ 「ありえないくらいに・完全に =totally」までつけて言う。なにも、そこまで言わなくたって、賛成できないのは分かる、と日本人の私は思うけど。それで、話が終わるとけろっとしてる。そこに気まずさは存在しない。他人なんだから、考え方がちがって当たり前、というのが根底にあるからだろう。ふんふん、と何にもいわないで話を聞いていると、「で、アツコはどう考えてるの?」と聞かれ、何も考えてなくて「それでいいんじゃないでしょうか」みたいな返事をすると、つまんないなぁ、という顔をされた。


話を戻すと、、、
そうやって芽吹いた父性的なものが、アメリカ生活の中で、又、深層心理を学んでいく過程ではぐくまれ、私は人と私を切断する・選別することを否定するどころか、肯定的になってしまった。私とあなたは違うわね、と言うのが怖くなくなった。「違い」を明らかにすることは、相手の個やテリトリーを尊重し、また自分の価値観にもRespectすることになると認識しているから。

そうはいっても、日本にいると、受け取る側は「住み分け」「選別」することは、「差別」とか「否定」としかとれない人がおおい。相手の価値観を 私との違い を通して明らかにすることは、相手の心に恐怖を生んだりして、私は、相手を尊重しているつもりでも、逆に攻撃を何度も喚起してしまった経験から学んだことは、日本のぬるま湯に浸かっている限りは、父性的なものは上手に調理すべきものだな、と思う。
by totoatsuko | 2006-10-07 17:24 | 日々感じたこと | Comments(0)
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