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音楽療法学会@仙台

音楽療法学会@仙台 _d0065558_1652990.jpg「感」と「知」をかんがえる
というテーマだった今年の日本音楽療法全国大会に週末行ってきました。
(参加しても、あんまり、そのテーマのメッセージが理解できなかったですけど)

仙台は涼しくて、気持ちよかった!
また、弱小チームながら、黒字経営をしている楽天イーグルズで働いている友人の計らいで、偶然その夜やっていた千葉ロッテ(去年の優勝チーム)との試合をバックネットで観戦。特に野球ファンではありませんが、とっても楽しめました。奇跡の逆転勝利だったし!

楽天の野球場は、さながらテーマパークのようで、野球場の周りは屋台がいっぱい出ていて、さながらお祭り気分。場内には、本当に美味しそうな売店が軒先にならび、目移りするほど。これだったら、遊園地にお出かけ気分で野球を見に来たくなるだろうな!と思わせられるくらい。既存の野球場の概念を破る、素晴らしいシカケを生むのに一役かった友達にそのカラクリを解説してもらいながら観戦して、感服させられました。

また、二日目の学会を早々に切り上げて行った、兵庫の有馬、愛媛の道後と並ぶ名湯といわれる秋保(あきう)温泉で日本帰国後の温泉初め。
熱めのにごり湯、これまた、とってもよかったです。


そして、肝心の学会ですが、
以下は個人や団体を中傷する意図は全くないとても私的な感想であることをご了承の上、お進みください。

データで、評価が2-4に上がったのは分かったけど、
誰かさんのQOL(クオリティー オブ ライフ)の定義3点の表記もあったけど、
音楽が、死に向って歩くなま身の人間とその家族の心のプロセスにどう関わったか、私には何も伝わってきませんでした。だから、
「本人とその家族が死ぬことに対してかかえる、怒りや悲しみは、どの様に扱われたのですか?」と、真っ先に、手をあげて質問したのだけれど、

「音楽によって、本人と家族の会話が増えたり、本人が家族を思いやる言葉かけが増えたりしました。お答えになりましたでしょうか?」と、対応され

「はい、どうもありがとうございました。」と言うしかなかった。

私がききたかったのは、「音楽」が、どういう働きをしたのか、ということなのだ。
本人が繰り返しリクエストした曲があったというならば、その曲が本人にとってもつ意味は何だったのか、その歌を通して、何を伝えようとしていたのか、そして、セラピストはその曲、音楽、音、自分自身を使って、どんな本人の心のプロセス促をしたのか、ということなのだ。

自分達のセッションがはたした役割を、時間性(時間を忘れること)、関係性(セッションを通して、人との関係を考えるきっかけ)、自立性(音楽を味わい、セッションがあることが近い将来への希望を生む)、スピリチュアリティー、と言うのならば、聞かせて欲しい、説明に出た

本人が音楽がたのしくて時間を忘れる事と、本人の体が死んでも時をこえて存在しつつげる魂との関わりを

本人の人との関わり方が変化することで、刻々と変化し、死に向っている本人の心と体と魂との関係の変化を、

本人が来週のセッションを楽しみにして元気が出ることで、その人の死の色合いがどう変わったのかを。

時を忘れて音楽に興じ、家族と会話が少し増えて、来週のセッションが楽しみになること。それが、死を目のまえにした人の魂に触れたというのならば、もっと説明して欲しい、具体的に。

だけど、聞けなかった、「お答えになりましたでしょうか?」と誠実に問われて。
会場がその答えに対して私が感じている怒りのようなやるせなさや、不満を感じているようには全く感じなかったし、
優等生の模範解答のようで、人の死の道のりに本気で深くかかわった人が体験する血のざわめきを、感情の嵐を、その人からこれっぽっちも感じ取れなかったから。もし、本気でそのプロセスにかかわったなら、本気でその人の悲しみや怒り、そして今生きていることの喜びに寄り添い共感したならば、あんな棒よみでセッションを語れないはずだ、と思ってしまうのだ。とはいえひとそれぞれですので、そう人も世の中には存在するでしょう。

自分のブログで、こんなグチを書くのははばかられるのだけれど、
これが、私が学会を通して1つしか聴講しなかったいい訳なのです。
他のもみれば、人間の感情が感じられるものもあったのかもしれません。
でも、あまりにも疲れてしまいました、心とか、スピリチュアリティーとか、それらしい言葉をいっぱい並べながら、それとセラピスト自身がきちんと向かい合っていないのが主流である状態に。

私は、色んな形の音楽療法があっていいと思っているので、
誰がどんなセッションをしようと、勝手だと思っている。
誰に文句いわれるものでもない。

ただ、私にとっては、コトバだけ聞こえがいいものを並べて、中身が全然違うことをやっているのを見ると、ただやるせなくなり距離を置きたくなってしまうのです。抜け殻の茶番をもっともらしく見てる観客の中で共感することが出来なくて、脱力してしまう。


残りの時間は、友人と過ごしました。私と似たような体験をきいて、自分一人がこう感じているのではないんだと思って、すこし嬉しく思いました。

また、和田さんの講演は感動しました。
(続く)
by totoatsuko | 2006-08-28 13:36 | 日々感じたこと | Comments(6)
Commented by from Boston at 2006-08-28 18:17 x
リンク先のニュース、、、
真っ先にtotatsukoさんのことを思い出しました。
これからもがんばってくださいね。
Commented by miho at 2006-08-28 20:40 x
篤子さん。おかえり。
このブログを読んで、帰国後すぐの私の気持ちを表しているようでした。
あえて、日本の学会のなにが間違っているかなどには触れないことにします。(触れていると、今夜は眠れそうにないから)。

音楽療法が量的研究を急速に進め、質的なるものは省かれるようになること。怖いことですが、ある意味これから発展する為の通らなくてはならない門なのかもしれないとも思います。(と、思いたい)
アメリカも2つに対立しあったものがひとつになり、お互いを認め合うのにかなりかかりましたから。
私は学会は本来楽しみにしていくものだと思っていました。アメリカの学会では講義よりも学ぶことが多かったから。

とか何とか言ってますが、私は学会にも行かなかった怠け者です。おいしい仙台フード食べて、みんなにあいたかったのに。。。
Commented by totoatsuko at 2006-08-28 21:52
From Bostonさん
リンクでNew York Timesの記事のご紹介、どうもありがとうございました!NYのSlone-Ketterning Memorial Cancer Center のリカバリールームでギターや、アメリカンインディアンフルートを演奏していたことを思い出しました。 日本でも、この効用を理解する病院と、実行できる音楽療法士が育てばいいなぁと思います。
Commented by たかゆき@欠席者2号 at 2006-08-28 21:54 x
あつこさん、ご苦労さまでした。
さぞかし「お疲れ」のことと思います。
二つの世界が存在するのです、きっと音楽療法には。
どっちが正しいのか、僕には分かりません・・・
Commented by totoatsuko at 2006-08-28 22:14
Mihoさん、たかゆきさん
日本が、アメリカの音楽療法史をたどっているのならいいのですけど。
でも、私には、アメリカではウーマンリブが起こって、ただ男女等平を叫ぶのではなく、オンナでしか出来ないこと、オンナだから付加価値をつけられるもの等に対して、多くの議論がなされたけれど、日本は、その上っ面だけ掬って、女性の職場での権利を主張している日本の状況に似てはいないかと案じています。何故自分は恋愛、結婚、出産を犠牲にしてまでキャリアを追い続け男性に対抗しているのか、考えたこともない人が沢山いる。音楽療法も、なぜ自分は量的研究の方が自分のセッションをよりうまく説明できるか、何故、質的研究ではだめなのか、きちんとした議論が当事者たちの間で起こらないまま、学会幹部が生み出す流れに乗り遅れまいと、せっせと数字をはじき出しているような気がしてならないのです。そして、はじき出される元になっているセッションには、血が通っていないものが多い様なきがするのです。。。
Commented by まいける at 2006-08-29 00:40 x
totoatsukoさんがそう思えたことが大切だと思います。
どこの世界にも真髄をついていかない人は多いです。
怖いのでしょうか?実力がないのでしょうか?真剣さが足りないのでしょうか?いずれにしても、今totoatsukoさんが『足りない』と思えたことに
今回の学会の意味があったのではないでしょうか?

ちなみに千葉ロッテファンなので、仙台で観戦してた楽天戦は羨ましかった。
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