グリーフ カウンセリング I
大切な誰かを病などで失いそうになっている人や、
突然、誰かを失った人、
胎児、赤ちゃん、子供、青年、成人、伴侶、恋人、老人を失った人、
そして、死を目の前にして生きている当人の心を専門に扱う分野だ。
私がアメリカで取得した グリーフカウンセラーという資格は、日本には存在しない。
何故なにのかといえば、まだ日本は死の周りで起こる心のプロセスとか、死をどう受け入れるのか、という議論がアメリカほど活発でないからかもしれない。
例えば、日本とアメリカでは、インフォームド コンセントを取り巻く状況が随分違う。
ターミナルケアに入っている人たち、あるいは病によって死が近づいている人と家族がいるとしよう。アメリカでは、ほとんどの医師達は、本当の診断名を伝えるべきだし、どうしたら本人や家族に決定的な打撃を与えない伝え方が出来るだろうか、という議論も起こしている。
患者本人も、本当のことを知る権利があると思っているし、治療法も最終的には自分が選択するものだと思っている。グリーフカウンセラーの役割は、そんな重大な事実と、それに付随して生まれる激しい感情(怒り、悲しみ、どうしようもなさ、なげやり、など)を一人で抱えこむのではなく、一緒にどうにかその事実と感情と共存して、死 と付き合うサポートをするわけだ。
死の色合いがかわれば、それまでの人生の色合いまでもが変わりうる。
死があっての生で、生があっての死なのだ。
極論を言えば、人間は、生まれたときから、そのいつくるともしらない「死」に向って歩きはじめている。
アメリカで今まで活動してきていたのだが、
最近、ある日本にすむ日本人のエピソードを聞いて、深く考えこんでしまった。
話はこうだ。
ある中小会社の社長をしている80代の男性。妻は20年前に癌で他界。
最近は、体力も衰え、「生きるのはしんどい」と娘2人に常々漏らしていた。
数ヶ月前の検査で、癌が見つかった。
でも、本人には、良性の腫瘍と説明し、ラジオ派で焼く治療のみ施し、癌の成長を静観した。
他の転移している部分の癌は、薬でコントロールできそうだったので、処方箋を出した。
年が年なので、通常癌の進行も遅いはずだという見方もあった。
数ヵ月後、その後の経過をみる、という名目での検査では、癌はもっと広がっていたが
本人の自覚症状は、すこし内臓に不快感を覚える程度のものだった。
検査のあと、本人は、「切るんだったら(手術するんだったら)早くしてください。余計なものはきってもらったほうがいい」と、医師に言った。しかし、娘達に対しては 「お前たちのいいようにすればいい。」と伝えた。
医師が娘達に提示した治療の選択肢は2つ、
化学療法(放射線)か、
緩和医療(癌をなくす治療はせず、本人が不快感(例えば痛み)を訴えたら、それを緩和する処方)する。
(続く)
*またデジカメが壊れてしまい、写真欠乏中。。。
やっぱり納得した人生を送って生きたいよね。
早く続きが読みたい。。。