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モラルハザード - 倫理観の危機

モラルハザード - 倫理観の危機_d0065558_23155382.jpg今朝、立て続けに、刑務所看守が受刑者に便宜を図ること、少年院の保育士が収容されていた子供・青年達と性的関係を持つこと、が常習化されていた、というニュースを読んで、日本人の倫理観について、思いがめぐった。

きちんとした倫理観をもって生きることは、以外に難しい。
決断を迫られる状況に陥らないと理解できない程、心のジレンマ・葛藤はいやらしくて、図太くて、繊細で、自己中心的で、理想主義だ。はたから、第3者として判断することくらい簡単なことはない。


アメリカのケースで、
GM(大手の車メーカー)が、過去にミシガン、フリントにもっている工場の閉鎖を決めた。(詳しくは マイケル ムーア 監督の ロジャー &ミー 参照。彼は、911 NYのテロのドキュメンタリー映画、 ファレンヘイト ナインイレブン も作っています)
赤字が膨大に膨らんでいた会社の生き残りがかかっていた。
はたから見れば、至極まっとうな決断だった。
しかし、工場閉鎖によって、何万人の人が職を失い、その家族までが路頭に迷い、工場に勤める人たち、工場がはらう税金で成り立っていた街は、廃墟になることが目に見えていた。

あなただったら、どうするだろうか?
再雇用の斡旋を会社が責任持ってやればよいか?
しかし、何代もその地でGMに勤めてきた人たちにとって、身寄りもない、未知の地に移り住むことは、そう簡単なことではなかった。言ってみれば、豊田市のトヨタ工場を閉鎖するようなものだ。何がおこりうるか、想像してみて欲しい。

工場閉鎖を取りやめて、会社の赤字が膨らんでいくのを、傍観するしかないのか?

当時のGMの社長や幹部は、とことん悩んだはずだ、議論したはずだ。
世界の車業界を引っ張る会社としての社会に対する責任とはなにか?
ミシガンの工場で働く個人たちに対する責任とは何か?
一体自分達の存在意義は、なんなのか?


看守や、保育士という役割の一線を越えてしまった人たち。
自分の役割に対する誇りや、責任が、そんなにも多くの人の心の中で、私利私欲やエゴにのっとられてしまう現象がおきてしまうのは、何故なのだろう?

勿論、その一線を越えてしまう心のもろさは、自分の実体験と重ね合わせてよく理解できる。
セラピストとして、クライアントの心により近く寄り添い、より深く感じ取ろうとしたら、自分の足元がぐらぐらしてしまいそうになることがある。事実、クライアントと恋愛関係に陥ってしまったり、性的関係をもってしまったり、クライアントと共に、心の闇に落ちていってしまうセラピスト・カウンセラーもいる。あるいは、そうなってしまうのが怖くて、クライアントの心に寄り添えず、表面を掬うことだけを無意識のうちにやってしまっているセラピストもいる。


とても早いスピードで世の中の価値観が変化し、多様化する時代においては、
もしかしたら、「自分」という明確なカタチや役割を主張するのではなく、相手の求めるもの(と自分が理解するもの)に合わせて自分の色を変えるほうが、心が、一時的に楽なのかもしれない。

暴力団長の計らいに乗ったほうが、両方がハッピー?でも、自分の看守としての誇りは?
少年、少女たちも、保育士とセックスしてみたかった?でも、自分の保育士としての役割は?
本当の自分は、ほんとうにそんな生き方がしたかったのだろうか?

その場その場で色を変えて、自分のポリシーを変えて、自分を偽ることを重ねて生きつづけたら、まわりにウケがいいかもしれない、要領がいいね、といわれるかもしれない、楽かもしれない、でも、本当の自分の人間性や、自分の哲学にたいするプライドや、自分の人生を楽しみ、命をいつくしむことに対する権利と責任はどこにいっちゃうのだろう?
by totoatsuko | 2006-08-22 00:06 | Comments(1)
Commented by itohhiro at 2006-08-22 11:48 x
最近、ちょうどそんな事件が職場で発覚しました。職員はすぐに退職となりました。経験が長く、一生懸命やっている職員だっただけに、「どうして、そんなことになってしまったんだろう?」という気持ちです。
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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