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殺してしまいたい I

殺してしまいたい I_d0065558_005321.jpg誰かに対して、あるいは自分に対してそう”思った”ことがある人は、
案外沢山いるような気がする。

私が子供の頃(20年位前)は、実際、その思いを実行に移す人が格段に少なかった。
今は毎日のように、家族間での殺人をニュースで知る。

巷では、殺された親の教育方針や、子供への接し方を非難する声も聞こえる。
殺した本人が抱える問題を糾弾する声も、もちろんある。
家庭内暴力や、家族間の関係がどうにもいかなくなって、その突破口のように殺してしまったような状況もある。

私は、誰も非難しようと思わない。
何故なら、当事者たちの(殺された、殺した親 あるいは子供)気持ちが、私なりに痛いほど分かるからだ。

私も、これまでの人生のなかで、
自分を、そしてまわりを、あと少しで殺してしまう所までいった事がある。

ひとつは、小学生の頃・真剣に自殺したいと、
自分をころして、すべてを終わりにしたい、すべてから逃げ去りたい、思っていた時期があった。
まわりと戦うとか、自分を分かってもらう努力をしよう、という考えは思いつかなかった。

自殺の方法を考えて、毎日、この窓から飛び降りたら死ねる、けど下を歩いている人にぶつかっちゃったら、悪い、飛び降りたいけど、怖い、と窓から少し身を乗り出して迷っていた。

何故、最終的に飛び降りなかったのか、理由は思い出せない。
ただ、なんとなく”つらい”と思っていた日々の色合いが変わったからじゃないかと、感じる。



もう一つは高校のころ。このままでは”本当のわたし”が周りに殺されてしまう、という危機感を日々感じていた。私は、小学生のころのような世間に対して完璧に受動的なやり方で、自分を終わらせたくなかった。生きたかった。

”本当のわたし”を見せると、それは多くの大人たちの批判の対象になり、それを受け止めたり、かわしたりする膨大なエネルギーも尽き、自分のまわりに分厚い壁を組み立て、重くて強い鎧を魂にまとい、なんとか毎日を生き延びようとしていた。

何も発さなくなった私をみて、大人たちは私の大事な、唯一あの環境を生き延びる手段だった壁や鎧を剥ぎ取ろうとした。
大きな鎧をまとい、分厚い壁を維持しながら、外界との繋がりを保ち、外界がもとめる「私」を演じ、課される作業を日々こなしていくだけでも大変だったのに。
私の魂は、やっとの事で、その狭くて暗い空間で生き延びようとしていたのに。

私は、生命の危機を感じた。
「私」という、私でしかありえない私の魂が、殺されそうになっているのを感じていた。
相手は、話してわかる者達ではなかった。
私がコトバを発すれば、よってたかってコテンパンにやり込められ、もっともっと深く傷つくことが目に見えていた。
だから、金属バットで殴って殺してしまって、自分も少年院に行くしか、自分の魂を守る方法はない、と思った。少年院がどういうところだか知らなかったけれど、少なくとも、今の状況からは環境が変わる、というのが救いだった。

とにかく、私は、Pureで幼稚園のころもっていた素直な自分を守りたかった。
「私」という人間を、人生を、生き方を、誰からも指示されたり、批判されたくなかった。

幸い、私の堪忍の緒が切れる直前に、大学進学のため地元を離れることになり、私の思いは実行に移されることはなかった。ほんとうにラッキーとしか言いようがない。

そして月日は流れたが、地元へ帰るのが怖くて足が震えてしまうのが数年続いた。
(続く)
by totoatsuko | 2006-08-11 23:51 | 日々感じたこと | Comments(1)
Commented by miho at 2006-08-28 20:59 x
なんだか、最近コメントできていなかったので、一揆にしてしまっています(笑)すんません。

自分を守ること。これはタイヘンなことですよね。
篤子さんのブログを読んで、少しまだお会いしたことがない篤子さんのステキな一面を見ることができました。
共感。 この一言です。
自分らしさ。自分であるということ。魂を守るには犠牲も必要になるでしょう。私も同じように、日本でつぶれそうになっていたとき、NYという場でもう一度自分と出会える経験が出来ました。

自分を育ててくれた人達。そして期待。
今でもトラウマ的に思い出し、年甲斐もなくライオンのようにキバをむく私に、気がつく今日このごろです。
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