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生まれながらにして平等、じゃない

生まれながらにして平等、じゃない_d0065558_18444483.jpg小学校の先生から、「人間はみんな平等に生まれてきている」と聞いたとき、子供ながらに、(運動が得意な人と苦手なひとがいるし、頑張っても字が綺麗にかけない人とかいるのに、どこが平等かなぁ?)と思った覚えがある。

運動会では、選抜で選ばれた各クラスの代表走者がチームを組んで、運動会の最後のリレー競技があり相当盛り上がって子供的にとても楽しかったのに、ある時から、差別化に繋がる、という理由からなくなってしまった。(別に差別してるんじゃなくて、得意な人を評価する、伸ばすチャンスなんじゃないの?)とその時は思った。

ひとりひとり ちがうのは あたりまえ。
それを、どうして「みんな同じ」といえるのか?
「平等」っていえば、なんか正しいこと、みんなと同じで安全な気持ちになるのか?


出る杭は打たれる 日本社会。
私とあなたは違います、とハッキリ言えない雰囲気。
人と異なることをするときは(キャリアパス、進路の選択、結婚、子育ての仕方、振舞い方、休日の過ごし方、自分の意見を持つこと)、最大の気を周囲に払わないと居心地がわるい環境。
自分と異なる人をみた時、その場の大多数の人と共感できない時、自分が間違っているのではないかと感じたり、居心地わるく感じさせられる文化。

こんな私に誰がした? と嘆くのもいいけれど、
こんな私になってしまうのを放置していたのも、自分なのだ。


社会主義政府が、人民の最大公約数の幸福を作り出すことを目的に人々の生活の画一化を図ってもそれが実現しなかったことからも言えるように、私は、人間は不平等に、ひとりひとり全く異なって生まれてきていると思う。それなのに、「人間は平等だ」なんて言いながら教育したり、生きていこうとするから、ねじれが生じてしまうのだ。

同じ景色を見ても、感じることは千差万別。
同じチャンスが来ても、それを自分の人生にどう取り入れるかはその人次第。
同じ音を聴いても、心の共鳴は時、人、それぞれ。

生きていると、まわり(親、京大、先生、友達、知人、同僚、上司)が作り出す最大公約数の価値観と、本来の自分の価値観がごちゃまぜになってくる。そうやって家族に、社会に溶け込んで人生の色合いを創っていくのだけれど、影響される前の自分の価値観が何なのか知ることは、社会主義のように生活を保護・規制してくれない、以前のように終身雇用制が約束されていない、自分の人生は自分が切り開いていかなければならない時代に生きている私たちにとって、とても大事なことだと思う。

写真はウィーン、ホーフブルグ宮殿の前で休憩中の宮廷衣装を着たお兄さんたち
by totoatsuko | 2006-06-29 18:41 | Comments(2)
Commented by miho at 2006-07-02 11:22 x
中学校にスクールカウンセラーとして配属されて1年半たった。アメリカから帰ってから、中学校に行って思ったこと。「日本の教育は違いを認めない」ソックスに入った小さなワンポイントのせいで、自宅謹慎させられ、下着がピンクだから、修学旅行で反省文を書かされる。
障害のある子が受け入れられないのも当然だ。
そんな校風の中で、身体障害、精神障害、発達障害の子供たちの独特の行動を認められるわけがない。
先生たちも小さな所から、厳しくすれば大きな非行は起こらないとがんばっておられる。目だった非行はなくとも、見えない心の傷から膨らむどうしようもない葛藤、そして落ち込み、自己否定はほっておいてもよいのだろうか。
日本帰国3年めを迎えて、自分もずいぶん違いを訴えなくなってきた。そのほうが、面倒でなく人からも余計な期待や批判もない。
でもその代償に、適当あそぶ友人も少ない。気がつくと外人の中に私はいる。。。
Commented by totoatsuko at 2006-07-04 01:19
先生方の中には、「違い」をどう扱っていいか分からない、という戸惑いと、「違い」をみとめてしまったら生徒たちを統一下に置けなくなるんじゃないか、規律・校風が乱れるのではないか、という恐怖があるのではないかしら?恐怖政治を執っていた人達と似て非なるものがあるかもしれないですね。
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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