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「音楽」の定義

「音楽」の定義_d0065558_5471914.jpg友達の結婚式出席のため、ハワイに来ています。

絶え間なく、朝もから夜まで、夜中じゅうきこえる波の音をききながら、
NYUの授業で「何を音楽と定義するか」について話をしたのを思い出しました。


美しいメロディーだけとは言えないけれど、
では、日々の雑音は音楽といえるだろうか?

ほら、今これを読んでいる瞬間、ふと耳をそばだてたとき聞こえてくる音はなに?

窓の外の騒音
家電の音
誰かが動いている音
お茶をそそぐ音
隣の赤ちゃんの泣き声


何が音楽で、何が音楽でないか、という区分はとても斬新な切り口だけど、それ以上に深い意味はない。だけど、その議論から、「どんな音に意味があるといえるか?」という問いが派生する。

「音楽」の定義_d0065558_5474051.jpgNYUの授業では Kenneth Aganが赤ちゃんの泣き声だけが入っているCDをかけました。

なんのコンテクストもない、実際の赤ちゃんとの交流もない教室できいたその「音」は、私にとっては、「音楽とは何かを問うための材料」という以外に何の意味も持たなかった。

しかし、実際赤ちゃんと触れ合っている中でその声をきけば、そこに意味を見出せる。単なる、うるさい雑音ではない。注意深く聴いてみれば、その体、顔の表情をみれば、赤ちゃんが自分との関係の中で、その「音」を作り出しているのが分かる。誰もが音楽と認める物と同じように、泣き方にも、様々な抑揚があり、フレーズがあり、リズムがあり、ダイナミックスが存在しているのだ。(ノードフロビンズのエドワードとのセッションが有名な例だ)

波の音だって、静かで隔離されたいときには、雑音にしか聞こえない。窓をしめて、布団を頭まですっぽりかぶって、聞こえないようにできる。

でも、季節、時間、太陽に、気温に、風に反応して形や音を変える波をAppreciate(歓迎)し、オープンな気持ちになり、波の存在を自分の中に取り込んだとき、それは、自分にとって意味が生まれてくる。その結果、波の音に自然に反応して、自分の心や行動の色あいがかわってくる。

クライアントの音も、何も知らない人が聴いたらうるさい雑音に聞こえる場合もあるだろう。
でも、クライアントを知ろうとし、その瞬間を共有しようという姿勢ならば、そこに、美しい音楽を見出すことができる。


どんな雑音も、音楽にきこえうる。美しくきこえる。メッセージを感じることが出来る。
音の感じ方は、自分しだいなのだ。
by totoatsuko | 2006-05-19 06:11 | 日々感じたこと | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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