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Termination 2

Termination 2_d0065558_535849.jpg私自身の心の体験は、
数ヶ月前、まだ、いつ誰と最後のセッションをすることになるかハッキリ決まっていないけれど、そろらく5月か6月になる、と分かった時から、最後のセッションについてなんとなく考え始めていた。いつ、どういう風に終わりたいか。何を伝えたいか。子供のクライアント達には、セッションが終わることをどうつたえればよいか。

最後のセッションから約1ヶ月前に、一人の子供のお母さんから 「あと4回ですね。」と言われ、はっとする。終わりの事をなんとなく考えていたけれど、あと何回あるか自分で数えていなかった。きっと、これは私の心の抵抗の表れ。頭では、準備しなくては、と分かっているのに、心はあまり別れについて感じたくなかったのだと思う。

先週木曜日、翌日の朝に最後のセッションをしにナーシングホームに出かけようと決めていたのに、朝になってみると、なんとなく体がだるいような気がするから、来週に延ばそうかな、と一瞬思う。これも、私の別れの日を先延ばしにしたい、という気持ちの表れ。でも、その気持ちに気づいたから、金曜の朝、出かけることが出来た。延期したいくらいそのクライアントとの別れを悲しく思っている自分がいることに気づき、その気持ちをちゃんとケアすることも出来た。

クライアントと「終わる事」について、どう感じているか、これまでのプロセスはどういうものだったか、、、終わりのプロセスをセラピーの中で持ち出しても、うまく避けられてしまったこともある。私の中のどこかに存在する「別れを避けたい」という気持ちが、クライアントのAwareになっていないがゆえに力強い「回避」、別れることを見てみぬフリをしたい、という引きに、ついついのってしまい、きちんと話が出来なかった。とても心残りだ。

私がブレてしまったために、そのクライアントに、「別れ」をプロセスすることは、怖いことでもなんでもない、大事な事なのだ、という事を気づく機会を提供できなかった。

別れには、怒り、痛みや涙が伴うことがおおい・ホスピスワークの主なテーマは別れだ。グリーフワークのテーマはまさに別れだ。しかし、あえてこの手のクライアントを私のワイフワークの一つに選んだのには、理由がある。

Termination 2_d0065558_60298.jpg何かを、誰かを失ったときの悲しみ、怒りは、どうしようもなさ、は風化しないが、時間とともに癒されるもの、それが、一般論だろう。

しかし、そうではない考え方もある。私自身は、子供の頃、弟を病で失った体験をわざわざセラピーでプロセスすることにより、彼に伝えられなかったこと、強がりすぎていた自分に気づき、癒されきれていない、あのときのままの状態の心の傷の手当てをし、私なりに、彼と、彼の死と新たな関係を気づくことができた。長い長いプロセスだったけれど、それは、私の人生を変えた。

別れに向かい合うことは、自分の感情を知り、自分をケアし、その人との関係に、その別れに、なんらかの意味を自分なりに見つけ出し、それを土台に、未来に向って自分らしく道をつくっていく、大事なプロセスだと強く信じている。
by totoatsuko | 2006-05-09 05:54 | 日々感じたこと | Comments(4)
Commented by miho at 2006-05-09 07:46 x
別れについて。
クライアントと別れるとき、私は悲しいけどこの体験をいかに意味のあるものにするかを考えます。大学院時代に勉強の為、自分の過去をプロセスするためにカウンセリングや表現アートセラピーを受けた。
そのとき、最後にセラピストから渡されたカード、とフィードバックと暖かいハッグはかけがえのない宝物となったのを覚えています。

しかし、もし自分の家族や最愛のペットとの別れがきたとき、別れを受け入れながらプロセスすることができません。すごくむつかしい。そんな時、友人たちにメールで今の事態を告げ、メールや電話でサポートしてもらってなんとか私ももてている。

セラピストであること、人間であること、どちらも自分だけど、こんなとき自分の人間らしさ、もろさに気づくことができました。
Commented by totoatsuko at 2006-05-09 13:25
自分がどれだけもろい人間なのか感じる事によって、初めて、本当の強さをはぐくむ事ができるんじゃないかな?

心の痛みはとても主観的なもので、セラピストがクライアントの痛みを完全に理解することは出来ないけれど、もしセラピストが、そんなどん底を生き抜き、這い上がってきた心の経験を持っているならば、似たようなどん底にいるクライアントのそばで、いつか光がやってくることを、いつかこの経験に何らかの意味を見つけることが出来ることを強く信じて、とことんクライアントのプロセスに付き合えるのだと思います。

いいかえれば、セラピスト自身が、どん底の苦しみを避けて生きてきたならば、クライアントの痛みは、自分自身の場合に感じたように、それと向かい合うにはあまりにも痛々しく耐え難く、クライアントのプロセスを助けるどころではなくなってしまうはず。
Commented by totoatsuko at 2006-05-09 13:28
別れを真近にして、それを受け入れられなくてもいいんじゃないかな。思いっきり辛さを、痛みを、悲しみを感じたらいいとおもう。(一人でこれをやるとその感情に圧倒されてしまうから、Mihoさんのように友達にサポートしてもらったり、セラピストに共有してもらったらいいと思う。)

言葉でいうほどシンプルなものではないけれど、自分の気持ちを否定せず、Awareでいて、大事にケアしてあげていれば、(必要なら専門家:セラピストを使って)いつか受け入れられる、そこに意味が見出せる日が来るのだと思います。
Commented by miho at 2006-05-09 20:24 x
別れ。

絶対に避けて通れないコト。どんなに愛していても、永遠を誓っても、必ず別れるときが来るよね。
自分の感じている恐怖、寂しさ、苦しさは当然のことなのに、そのことに気がつきにくいのが人間なのかもしれない。

以前いとこを自殺で亡くした時、経験した様々な苦しみは並大抵のものではなかった。生きてるって、別れることだから。

悲しくっていいよ、って言ってもらえて嬉しかったです。プチセラピーになりました。今日も一日ニンジャとすごせた事はお金では買えない宝物です。
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