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母に寄り添うのか、離れるのか

d0065558_19310266.jpgある男性の母親が20年前連続殺人の疑いで逮捕され、現在も留置所に定期的に通っている。まだ最高裁まで行っていなくて、母親の有罪、無罪が確定していない。


もし母が本当に人を殺しているのに無罪を主張しているのだとしたら、、、

もし母が本当に人を殺していなかったとしたら、、、


自分は母を信じるべきなのか、母から離れるべきなのか。

その葛藤の心。


答えは

母の無罪を信じるのか信じないのか

自分は母に寄り添うのか見放すのか

の二択の中には見つからないと思う。



母がどうであれ (有罪であろうが無罪であろうが、嘘をついていようがそうでなかろうが)

自分はどう生きたいか、自分に重心を感じながら、

自分は、個として存在していて、

その自分のやりたいこと、やらねばならないこと、が詰まったどっしりとした充実した自分という個体から

母という”別の個体”を捉える視点を持ったら


母から離れるべきか寄り添うべきか、という二択以外の

無限の広がりと深みを持った母との関わり方、距離感を見出せると思う。


今のその人は、母ありき、で自分の人生を生きている。

母が無罪か有罪か、で人生が左右されている。


親の存在は、多くの人にとって言葉に表せない重みを持っている。

しかし、その親のありように自分の人生を左右されるかどうか、は自分で選べること、決められることなのだ。


そんなの無理。

すごいパワフルだもん。

やめてと言っても口出してくる。

親の承認がないと自分で決められない。


理由がなんであれ、

そうやって ”親の存在” に権威を与えているのは自分自身で

親に権威をもたせているのも自分自身である


親子には親子の数だけ異なる関わり合いがあって

全く連絡を取らなくても思い合っている関係もあれば

憎しみ合いながら関係を続けている親子もいる。


こうでなければならない、ことはないのに

自分が勝手にこうあるべき と思い込んでいることにすら気づかず

自分の決めた親子像に支配されていおる。


そういう事に自分自身が気づき変容していくプロセスを心理療法で行なっていったら

2つの選択肢の狭間で行ったり来たりする世界から脱し

母ありきの自分ではなく、 

母の人生まで勝手に背負いこまず


自分がいて母がいる、

母がどうであっても 自分はブレない

というスタンスで

自分の人生を切り開いていけるはずだ。


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by totoatsuko | 2017-12-25 19:55 | Comments(0)
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