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自分にとって 音楽 ってなんだろう

自分にとって 音楽 ってなんだろう_d0065558_2371892.jpgクラッシックをやっている頃、音楽療法を学び始めるまで、自分にとって 音楽 ってなんだろう なんて考えたことありませんでした。

そして、それは 誰にも教えてもらえなかったし、誰にも教えてもらうものではない、という事も分かりました。自分の中でも まだまだ模索しているし たぶん ずっと自分と音楽の関係を感じながらやっていくんだと思います。


自分で学んでいく、というスタイルは、
クラッシックピアノを練習しているときも、学校の宿題とか試験勉強するときも活用していたと思います。
ある程度、どんな感じで調べたらいいか、パターンというか、道筋って教えてもらっていて、完成形 目指すべきものは教えてくれて貰っていました。

頑張る目的 は、先生にOK をもらう事、とか、テストでいい点をとるとか、そういう事で、自分の心と深く対話する必要なんてありませんでした。 勿論、弾けなかった曲が弾けるようになるのは楽しかったし、テストでいい点が取れたら嬉しかったし、試験の範囲を超えて、もっと深く歴史を掘り下げて関連事項をたどっていく過程は楽しんでやっていたと思い返すことが出来ます。

自分で調べて、試行錯誤して学んでいく、そういうのは分かっていたのですが、
音楽療法を学び始めて、”答えのない事” ”点数や評価が付けられない事” ”いわゆる 一般的に 知識 と言われるものでない事” を 自分を学んでいく、というのは、私にとっては、ある意味 大きな不安を起こすものでした。 

到達点も、道筋も示されていない場合があるのです。
今 自分がどんなところにいて、これからどうするか、どうもしないのか、”そういう事を心を研ぎ澄まして経験”する ”そういう自分を自覚していく” ことが目的だというのです。


最初の即興演奏のクラスで、

「この詩を読んで 自分が感じたことを音にしてみて。」 と先生がクラスの生徒に投げる。

私は、楽譜に書いてある音符しか演奏したことがなかったから、
そして、 自分の気持ち を 俯瞰して感じて 客観的に捉える、という事も したことがなかったから 
とまどって、ほんとうに どうしていいかわららなくて、

なにもピアノで音を出しなさい、と言われたわけでもないのに

とりあえず ただそえが自分になじみがある、という理由だけで (詩から得た感じをあらわるのに ピアノがベストな楽器かどうか、という判断喜寿運ではなく) 自分の専門のピアノの前に座って、あーだこーだ考えてると
先生が、「とりあえず 一本指 だけで音をだしてみたらどうかな」 と言って
私は、それが 自分が詩を感じた自分の心を反映してるかどうか分からないけれども
とにかく 人生で初めて 一本指でピアノを弾いてみる という行為 をやってみました。
ーおかしなものですよね、もう数えきれない時間をピアノを弾くことで過ごしてきたのに・・・

先生がどう思ってるか、他のクラスメイトがどう思うか、それも心配でした。

ある程度弾いて、指を鍵盤からおろし、みんなの方をみたら
先生が 「Good try! How do you feel about it?」 と 私に聞いてきました。

だから、「いいのか どうか分からないし、いま弾いた音が自分が出したい音だったかも分からない」
というようなことを言ったら、「なるほど、それが 今 あなたが感じている事なのね」 と返されました。

そう、それが私が感じたこと。
いいか わるいか という視点でとらえようとしていた ということ。
その演奏が誰かに いいか わるか評価されて自分がその評価を受け入れるのではなく、
絶対値で感じたこと。


課題である ”詩で感じたことを音にする” という事が出来たかどうか、が大事なのではなく
その作った音が、 なるほど、感じをよく表してる、と思ってもらえるような演奏するのが目的なのではなく
自分がどのようにその課題にたいして取組み、自分の音に 自分が何を感じたか、
そこが大事なのだ、と先生は言いました。

そういう風に受け止められた感覚も、新しかったです。
先生は、いろんなことをアドバイスしてくれて、もう少しよくなる方法を教えてくれて、よりよくなるためにはどういう方向性なのか教えてくれるもの、だと思っていました。

自分で自分を制限しているもの、自分の思い込みに気づいていかないと、
自分の心を使って 人の心と関わる音楽療法は決してできません。

音楽療法を学ぶ過程で学んだことは、

何がいいのか 
というのは、自分が自分と対話しなければ、どんなに知識を教えられたって、決して分からないし、
何かにトライしている そのとても個人的なプロセスー過程 を通して学ぶことがあるから、
その過程において、いい悪い と他者から評価されなくてもいいし、他者を評価しなくていい

という事でした。

とまどっている自分を自分でしっかり受け止めたら、その次に自分がやらねばならぬことが見えてきます。


おそらく、それ以前の自分だったら、
自分がやったこともない即興をやらせておいて、自分がトライしたことに対して、ここがいい、わるい、 と評価したりアドバイスをくれなかったら、腹を立てていたかもしれないです。あるいは、一本指で 貧相な音しか出せなかった自分を責めていたかもしれない、と思います。

自分の気持ちを見つける事、トライしてみる事に意味がある、 と説明されても、その事に意味を見いだせないし、自分と向かい合う事を求められている、という文脈に含まれた事実を受け入れる事が 無意識に できなくて。

自分と向かい合う。
それは、初めてやる私には とても勇気がいることでした。



音楽は、完璧でないといけない、と思っていました。
音楽は、美しくないといけない、と思っていました。
音楽は、人を感動させるもの、だと思っていました。
音楽は、鍛練を積んで、常に上を目指すもの、だと思っていました。


音楽療法の世界では、その価値観が使えませんでした。
音楽療法士たちは、そのような音楽だけが音楽だ、とは捉えていませんでした。

音楽は、とても個人的なもので、評価されるだけのものではないし、誰かのためだけに演奏しなくてもいい。
音楽は、ポジティブなものだけではなくネガティブなものも全て引き起こす。
音楽は、人をどん底に突き落としもするし、寄り添う事もできる。
音楽は、教えられなくても 練習しなくても出来る事で、誰しも どんな時も 好きな音楽を奏でていい。
音楽は、実際音がなっていない状態でも そこに流れているもの。
音楽は、他に何もなくても、体一つで奏でる事ができること。


音楽療法を学んで、私自身の音との関係の幅がぐんと広がり深まったこと、
それは、私が私の人生を生きていくうえで、とても大きなターニングポイントであり、
生きる感覚 そのものを変えたものでした。



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by totoatsuko | 2014-09-09 12:44 | Comments(0)
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