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表現としてのアート と 芸術としてのアート

d0065558_323063.jpg都美術館に行きました。
エジプト展 女王と女神 と 楽園としての芸術展

メトロポリタン美術館は、何か企画展があったら行っていましたが、当時 エジプトエリアは、ミニ祭壇があるスペース以外はホント興味なかったのですが、女王と女神 という視点から遺跡を展示し解説されていると とても興味深く楽しむことが出来ました。

そして、この投稿で本題の 楽園としての芸術展。
これは、障害がある人達ー主にダウン症 による作品の展示でした。
会期中 なんどか 出展者によるライブペインティング も行われているようでした。
作品をTシャツなどにプリントした 作者の名前がはいっていない商品も売られていました。

この人達はね、技術はないけど その分個性があるんだよ。
そんな風に解説している人もいました。

技術があって 個性もあるアーティストも沢山います。
だから 技術がない事 を そんな風に特別な事 
あるいは アドバンテージ であるかのように言わなくてもいいのではないか、と思いました。

10人くらいの障害のある人達、指揮者は著名な音楽家 によるフリーミュージック的なコンサートの様子がビデオで流されていました。

なんだろ、この違和感。

作品自体は、すごい! って思わされる、心が揺さぶられるものがありました。
でも、なんだろ この違和感。

ずっとそう思っていて もやもや もやもやしていたのですが、
その思いをアーティストの友人と話す機会がありました。
そして、やっと もやもやを言語化することができました。

表現としてのアート - それは 何をやってもいい。アートを通して自己表現する過程に意味があるから。表現の ”過程” で 作者が何を経験するか、結果的に自分の内面のどういう物を 音 や 色 の作品として出すか そこも含めて、自分との対話であり、自己達成感であり、それを人に見てもらってさまざまなコメントをもらったり、対話のきっかけになったりする事に意味があります。

こういう場合、ただ作品を並べても、その とても個人的な個々人の制作のプロセス、心理的な肉体的な経験の中身、本人にとっての作品の意味合い なども合わせて聞かせてもらわないと、受け止める方も、深く受け止める事ができません。

一方、 芸術 としてのアート、作品としてのアート は、
作者が障害をもっているか持っていないか関係なく、その作品のクオリティー (技術も発想も個性も感性も)が高い、完成度が高いもの、 だと 私は思っています。先代から脈々と受け継がれてきたもの、スピリット、血のにじむような努力、 さまざまな経験の結晶など、それはもうもの凄い世界です。努力しても すべての人がたどり着けるわけではない厳しい世界。 

勿論、こちらの場合も、作品が書かれた時代背景、作家の個人的な背景が説明されていると、より作品への理解が深まります。


自己表現としてのアート と 作品としてのアート、 この二つの違いは歴然としています。
だから、ごちゃまぜに捉えることは出来ない。
同じようなコンセプトで展示することは出来ない。


”障害者が描いた”作品の展覧会 - こんな形で自己表現したり、個性を作品に反映できて すごいでしょ、 というスタンスに違和感があったのだと思う。 自己表現したり、突き詰めて熱中して作品制作に取り組めることは、障害がある・ない に限らず素晴らしい事だと思う。 なのに、”障害者” なのに すごくない? 障害者は この作業に楽園を見出しているんですよ、 的な見せられ方をするから 私は辛くなったんだと思います。

健常者が同じように面白い作品つくっても 同じように評価されないし
この作業が健常者たちにとって至福の時間である、というニュアンスで展覧会が催されることは
障害者のそれと比べたら少ない、 という感覚を持っています。

そもそも、障害 とか ダウン症 とか ~シンドローム とか
一言で言っても、程度も内容も個々人で違うのです。

個々人で違えば、生きている感覚も違うし、アート制作の過程が 楽園 的なものかは
健常者 と同じで 一人ひとりのストーリーを聞かないと、分からないと思う。
悩み、苦しみ、自分の限界をまざまざと確認させられる作業であるかもしれない、と思うのです。

だから、障害者 という側面を全面的に出した企画は、
そのコンセプトによりますが、健常者に対して、逆差別的だと思うことがあります。

差別はよくない といいながら 障害がある事に特権意識だったり、はれ物に触るようだったり、憐みを感じている人は沢山います。

同じような作品をつくっても、障害を持ってる人の方がスゴイ という感覚は、
障害がなくても そのように感じ 表現した健常者に失礼だと思う。

というか、アートの世界に、障害があるから+何点 みたいな感覚は持ち込まれないといいな、と思います。
アートの世界では、障害がある、なし に関わらず 
人 と 人 が 個としての感性の部分で繋がれるエリアだと思っています。

真の意味で、偏見や差別がなくなればいいのに、と心から願います。




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by totoatsuko | 2014-08-08 03:02 | Comments(0)
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