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憎しみはどうやって溶けていくのか?

d0065558_1432101.jpg価値観や生き方、生きる目的が違う者同士が どうやったら 共に生きていくことが出来るのか・・・

辛い思いをし、相手にたいして募る憎しみを抱えて生きていると、
その憎しみの心が自分自身を蝕んでいく。

先日TVで もののけ姫 を放映していたので 久しぶりに見ました。 (以下 ネタバレです。)

憎しみ合う気持ちが変化し、お互いを尊重しながら生きていこう と思えるようになる展開からは
沢山学べることがあると思いました。


人間に鉄砲で撃たれ、森を守る 乙事主(おっことぬし)=イノシシ は、たたり神 となり、
他の国 (自分を撃った人間ではなく) の人間たちの村を襲った。
一人の人間がそのイノシシを撃ったことで、イノシシは、すべての人間を憎み呪った。
沢山の死者を生んだ。

襲われた村の若者は、村を守るために、その たたり神を 殺した。

すると、若者の腕に、たたり神の怒り のあざができ、
そのあざは やがて骨までとかして 時間をかけて苦しめながら死に至らしめる、という。

憎しみは 悲しみは 電波していき、多くの人々の心を蝕んでいく。
そして、その憎悪は、理屈や理性的な説得で消えることは とても難しいことだ とも知っている。


若者は、どうせ死ぬ身
ならば その オコトヌシ を たたり神にせしめた国を訪れ 出来る事をしてみよう、と旅立つ。

ようやくたどり着いた 生と死をつかさどる と言われているしし神 の森では
人間たちが より豊かな暮らしの為に 女主人を指導者として仰ぎ、町をつくっていた。

その女主人は、人々から深く慕われていた。
貧しい暮らしから救ってくれ、仕事と食べ物を与えてくれた素晴らしい人だと。

同時に、森を守る 犬神3匹 と その娘となった人間の少女、イノシシ達は、
その女主人を憎んで 殺そうとしていた。

人の表裏一体な栄光と闇。
一方であがめたてられ、一方で、殺したいほど憎まれている。

その若者だけが、憎しみを相手にぶつけあう事を止めようと お互いへ働きかけていた。
若者は知っていたから、憎しみは 殺し合いは 何も生まないことを 誰のためにもならない事を。
しかし、そのメッセージは なかなか伝わらない。

森・自分たちの生きる場を壊そうとする人間を憎む 森の神たち、森の住人達
自分たちが作ろうとする世界の邪魔をする森の生き物たちを 皆殺しにしようとする人間たち

相手への怨念に飲まれた復讐の鬼となったイノシシは、
神 という日常を超越する存在であったにもかかわらず、自分や仲間の命を投げ捨て、相手の命を奪おうとする。憎しみが、憎しみを飲み込んでも、その先に 憎しみしか生まれない事には もう気づくことが出来なくなってしまっていた。

ショウジョウたちも、人間が憎いから、人間を食べて 人間が持つ力を得て 人間をやっつけたい、
と考えるようになる。 そんな事をしたら、もう自分たちは ショウジョウ ではなくなり、人間の醜さ・憎しみをもつ化け物になってしまう、という説得にも 耳を貸すことが出来なくなっている。

感情に飲まれている状態 というのは
飲まれている事自体 本人が認める事が難しい状態である ともいえるので
聞く耳をもてないのだ。 (以前 投稿した ピノキオ 助言があっても気付けない の話にも通じるものがある)

あるいは、憎しみに飲まれている自分が友達だ、助言者だ、と信頼している人もまた
自分と同じような考えをもつ 憎悪を増幅させるような助言をする人なのかもしれない。
自分に同調してくれるから、 だから そのアドバイスを聞き入れることが出来、
憎しみを 自信をもって増幅させていく行動をとれるのかもしれない。

憎しみを行動化しても 負の気持ちを連鎖させるだけであること
自分自身を よりよいこれからの人生へ展開させないよう 
自分で自分の体に憎しみの鎖を巻きつけている、という事。

とても とても悲しい事だけど そういう事は 私たちの日常でも 多くみられる。

憎しみは 憎しみを呼ぶだけ、
そんな教えの言葉は いたるところで出会う事が出来るけれど、
いざとなったら、私たちはその言葉を忘れてしまっている事が多い。

あるいは、自分の憎悪に、自分が乗っ取られてしまって、
知っている事も これまでの経験も 無視してしまうのかもしれない。


人間は、恐れ多い事にも、シシ神 の首を狙う。
森をつかさどる神の首を取れば、森は自分たちの物になる と信じて疑わない。

なぜだろう? 
おごり だったのか?
武器を発明し、町をつくり、自分たちは、自然の大地の神々に守られながら生きている事を忘れてしまっていたのか? 神などいない、運命などない、全て自分たちの力でコントロールできる、と思ってしまったのか。

犬神の母は、人間である娘が たたり神 となるのを防ぐため、
人間をかみ殺すために取っておいた残りの命を使って 救い出す。

犬神の母は、誰かを憎むより、愛する者を救うために、最後の命を使う事を選んだ。

シシ神 は、もう一匹の 自分の憎しみに飲まれて たたり神となろうとしていたイノシシと その 犬神の母に
安らかな死 をもたらす、やさしい口づけで。


首を取られた シシ神 は、全ての物をのみこみ、死や破壊へ導いていく。
人間が、動物たちが、時間をかけて築いてきたすべての物を、いともたやすく、あっという間に。

若者と犬神の娘が、その首を取り戻し、 シシ神に差し出す。

すると、シシ神の姿は やがて消え、
破壊された野山は、美しい草木に覆われて戻ってきた。

シシ神は、生 を与えた。
少女と若者を蝕んでいた たたり神のあざも 消された。

神が、生きよ と決められたのだ。
同時に、人々の心の中から 違う世界に住む者、自分が持っていないものを持っている者に対するねたみや憎しみは消えた。

全てを壊された女主人と その仲間の人間は
自分たちが間違っていた、これからは もっと違う形で自分たちの町をつくりなおそう
と考える。

犬神達と少女は、人間たちとは一緒に暮らせないが、もう人間を襲うこともなさそうであった、
美しく生き返った森を守るために 森に帰っていった。

なぜ おのおのが抱えていた憎しみは 消えたのか?
なぜ 争う気持ちが 消えたのか?



動物も人間も、自分の存在を超えた大いなるものに生かされている、
 
憎しみ合いは 憎しみを生むだけでなく、

自分の憎しみを抱える自分の心は、
築いてきたもの 自分が大事にしているもの 
憎い相手から守ろうと多大なエネルギーを払ってきた人・物さえ 破壊してしまうのだ

という事を 心から気づかされるような深い体験をしたからではないかと思う。

相手を自分の都合のいいように変えようとしたり、服従させようとしたりする言動が
自分の目的を達成させることには繋がらない。

仮に攻撃してくる相手がいても、
その攻撃に乗っかって 相手を攻撃しても 相手の憎しみを攻撃を増長させるだけ、
自分の心を 狂気で満たすだけ。

攻撃するのではなく
攻撃されないような自分 攻撃されても傷つかないような状態 に自分を持っていくこと、
そのほうが よっぽど平和的だ。 (しかし、時間はかかるし、エネルギーも消耗するし、目に見える成果がすぐに感じられない事も多いから、気持ちが赴くままに応戦するほうが、気楽かもしれない。)

相手に対して対抗したり、相手を悪くとる そんな 自分の心の状態が変わらない事には
相手を服従させることで 本質的に得ようとしている 心安らかで楽しき日々は 永遠に訪れない

私たちは 地球に生かされている。
周りのいる人たちに 支えられ 学ばせてもらい 生かされている。
それが どれほどまでに素晴らしきことか そのありがたさを感じなが生きていく過程で
傷ついた心の手当がなされ 怨念は、なにか別の物へ昇華していくことができるかもしれない。

なかなか そんな感動的で 衝撃的な出来事は 日常では起こらない、と思うかもしれない。
しかし、ただ 自分が気づいていないだけかもしれない、自分の心が変わる事ができるきっかけを。

怨念や復讐心が愛と感謝の気持ちへ変わる
怒りに飲まれているときは、そんな事不可能な事のように思えるかもしれないけれど

自分が ほんとうに 怒りを手放したい と望むのならば
そのためのアクションを探し、
一人でできないのであれば、そのプロセスを可能にしてくれるための手助けを求め

自分に与えられた命をつかって 与え、支えてくれているまわりに還元しながら 
共に生きていく命をまっとうする というクリエーティブなプロセスは 可能だと思う。




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by totoatsuko | 2014-07-08 14:30 | Comments(0)
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