人気ブログランキング | 話題のタグを見る

カウンセリング@代々木上原・音楽療法・心理療法 GIM

totoatsuko.exblog.jp ブログトップ

言葉はなんとひ弱な事か

言葉はなんとひ弱な事か_d0065558_19412885.jpg言葉にしか出来ない事があります。
言葉が持つ影響力も多大で計り知れないものがあります。

同時に、心を前にして、言葉はなんと説得力がないものなのか・・・ 
そんな風に感じた事が何度もありました。

言葉を発している相手に猜疑心を持っているとき、
その人が 他者と信頼関係を築くことが困難な心理状態にあるとき、
話されている内容が本人にとっては聞きたくなかったり、都合の悪い内容だったり、
話されている内容・実態の存在があることを 頭から否定しているとき、

どんなに言葉を尽くしても、
どんなに相手の言葉や表情や非言語で発されるものを全身全霊で受け止めても、言葉を重ねれば重ねるほど、相手と繋がることから遠くなっていくような感覚、相手から拒絶されていくような感覚。

でも、相手を信頼していたら、何か深い絆で結ばれていたら、
短い言葉だけでも、そっと触れた手のぬくもりだけでも、
何かとても強いメッセージや、豊かなメッセージを感じられる事も出来る事がある
そんな時、沢山の言葉はいらない。


本当に、本当に自分に自信がないとき、
自分の猜疑心からか、相手の本当に上っ面なエネルギーを感じるからなのか、、、
相手と何等かの理由で心が素直に繋がれていない時
大丈夫、あなたを信じてる、出来るよ
と言っても、言われれば言われるほど その励ましが嘘くさく感じられる時があると思う。


例えば、”気” の流れを話していても、
あたまから ”気” の存在を否定していたり、 
”気”にまつわることでネガティブな体験が過去にあったりしたら、

りんごの存在の話をしているのと違って、
”気” を 目に見えるように持ってきて、この事だよ、 と実物を見せて説明できないし、
りんごをかじって味を試してみるように簡単には ”気” を試食してみることができない。


Guided Imagery and Music (GIM) で扱っている ”心” も、また実態をつかみにくいものだ。
目に見えないし、手でつかむこともできない。
自分で ”感じる” しか、その実態を確認しながら、心の構造をひも解いていくプロセスを進めるのは難しい。

心の状態の診断名があったとしても、それ自体は、”本人が自分で心のプロセスを深めていく何の助け” にならないどころか、妨げになることもある。何故なら、心理療法では、心理療法士がクライアントの心を “治す” ことは出来ないから。 処方された薬も、それ自体は、その人の ”心の構造” を根本から変える事ができない。

何等かの理由で、心の存在を、感情を ”感じられない” 人も沢山いる。
感じられていない、という事にさえ気づかず生きている人もいるし、
その事実に気づいていても問題意識を持っていない人もいる。

感情が感じられないから、といって、すぐに日常生活が送れなくなる、という事に全てのケースが繋がってもいない。日常生活に支障をきたしていても、当人は支障がある、とは感じていない場合も多くある。


だから、いつも思う
みずしらずのセラピストと
Guided Imagery and Music session (GIM) という、 
音楽やアートを使てカウンセリングやサイコセラピーを行う、まだ日本では聞きなれないアプローチを使って、
深層心理、という見えない心のエリア、
実態 が人によっては感じられないエリア、
場合によっては理性と相反する主張をしたり、
自分の影の部分が蓄積されているかもしれないエリアの事を、
見つめてみよう、と行動を起こすのは、それだけで、大きなアクションだと。

心の構造がこのプロセスによって変化し、
今の現状の自分が ”変化する” 可能性がある。
ほんとうに、生き方が 価値観が、変容する可能性がある。

今の現状がどんなにひどい状態であっても、”変化する”ことは、痛みを伴う事がよくあるから、
本当に、その人なりの決心とか、覚悟とかがないと、深く入っていけないプロセスだと思う、
誰だって、痛み を感じることは辛い、その先に光があると確信できていても。

GIMセッションでは、クライアント本人が見たり描いたりしたイメージが、
自分では気づいていない心の構造や、状態をなんらかの形で象徴している、というスタンスなのだけれど、
何等かの理由で、自分がみたイメージや絵が自分に属している、自分の一部で自分を象徴している、とは思えない、思えないどころか、全否定したくなる場合もある。

それは、それでいいと受け止める。
いま、その人はそういう状態なのだと。
自分のどこかの部分を受け入れることが出来ないことを象徴しているのだと。

絵もイメージも私も、全部 ありのままのクライアントを受け止める、
クライアントが ”書いたりみたりしたイメージを否定している自分” を否定しても、
見つめる事ができなくても、
それもひっくるめて、全部受け止める。

そんな姿勢に例えばイラつかれても、受け止める。
イラついている、というのが、その人の感情の実態なのだ。

実態がない心と向かい合う時、

私は自分の心も使い、クライアントが言語にならないイメージや絵や音を使う機会を提供することで、
クライアントが 無いと思い込んでいる感情 だったり、自分の言動を翻弄する心 の実態を 
自分で ”実感する”

言葉で説明されたり、言葉で分析されるんじゃなくて、
自分で 言語で理性で理解した心を説明しようとしたり、分析しようとするんじゃなくて
”実感する” 
自分で 感じる 自分で わかっていく。

感じる その感覚は、言葉の説明では代替できない。

どんなに短い瞬間でも、どんなに些細な感情でも 
理性や日常使っている意識レベルでは掴めない 深いレベルの心 で感情を感じる
GIMセッションでは、そのプロセスをクライアントが安全に重ね、心のプロセスを深め
求めている心の方向性が開けていくことが起こる。

その人の心のブロックの硬さなど、色々な条件の違いで、その進み方のペースは個々人で違う。

一般的な言葉だけのセッションとは比べ物にならないほど、
トレーニングされたセラピストと共に行われるGIMプロセスでは、
音やアートが心の深淵と繋がる手助けをしてくれいる。



アメリカ発 幼児のための音楽教育 Music together @ 代々木上原クラス 無料体験 受付中。
マクロビおやつ付き。

音楽とアートを使う心理カウンセリング Guided Imagery and Music (GIM) session についてはコチラ
by totoatsuko | 2014-08-11 09:04 | GIM:音楽と深層心理イメージ | Comments(0)
line

音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite