3年目 の 3.11
けれど
すぐそこでおこった悲劇。
あがなうことができなかった 自然の脅威。
新学期、新しい生活にたくさんの人の気持ちが向いていた時期に
たくさんの命がおわった。
たくさんの ”今” が 無になった。
あの時、戦後流行った歌が私の中ではたくさん流れていた。
そして、今もきこえてくる。
復興に向かっていこうとする人々のさまざまな気持ちが歌われているうた。
たくさんの、互助 互恵 も起こっている。
でも、あの地にいる人たちの苦しみや悲しみは、まだまだ続いている。
多くの人たちが知らないだけ、どれだけ大変な状態か。
9.11の時は、ワールドトレードセンターから2ブロックの所に住んでいたのを思い出す。
たった3週間くらいだったけど、強制避難で、家に帰らなかった。
あの地から数十キロも離れれば、
ほとんどかわらない生活がつづいていた。
私の家族は津波で亡くなっていない。
住んでいる家からの強制避難もない。
でも、こころのどこかでは、日本人として、同じ人類として、その痛みは感じている。
だれしもが、なんらかの形で、何らかのことを感じている、自分で気づいていなくても。
黙祷。