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1リットルの涙

1リットルの涙_d0065558_12135976.jpgこの夏、日本に帰ったときいただいた本の一冊が「1リットルの涙」。

難病と闘い続けた女の子の発病から6年間の日記をまとめたもの。

彼女の"生きたい” ”発病する前の元気な状態にもどりたい”、という思いが切なく胸に響いた。

そこには、生きている喜びとは別に、どこにもいけない堂々巡りの怒り、悲しみ、諦めの気持ちが何度も何度も記されていて、涙を誘った。

それと同時に、自分自身を責めている文章が、とても多いと感じる。

責める必要なんかないのに。。。

薔薇が薔薇であることに何の罪が無いように、
(たとえ、その棘が人を傷つけようと)
彼女が彼女らしく生きる事に罪は無い。

おしっこが間に合わなくてもらしてしまい、余計な手間を作ってしまうこと、
家族の期待にそぐわず、病状が進行していくこと、
めんどくさくて、やらなくてはならないこと事をさぼること
怒ったり泣いたりする自分。

全然悪いことじゃない。
全然自分自身を攻め立てるようなことじゃない。

怒りがあって当然、
悲しくて悲しくて泣き叫びたいなんて、あたりまえだよ、そんな難病と何年も付き合っていたら。

でも、誰もそうは言ってくれなかったのだろうか?

みんな、
”元気になるよう、がんばろうね。”と、
"元気になること””それにむかって努力する事”のみを評価している様だった。

それでは、人生の一大イベントの"病”や”死”とちゃんとむきあえるはずがない。
病と闘い続けている限り(闘病)、どこかで、自分自身を無視していることになる。
なぜなら、病も、自分自身の一部、死も人生の一部だから。

一介の音楽療法士として、
言葉でも筆談でもコミュニケーションをとれなくなった彼女とその家族に、この分野が専門の音楽療法士がいたならば、と思わずにはいられなかった。

心と体と魂はつながっている。
体の変調(病)が何をつたえようとしているのか、
耳をかたむけてみれはしないだろうか。


余談:
アメリカの病院には病や死に関わる諸問題を専門的に扱うGrief Therapistという専門家が必ずいるが、日本にはそういう資格さえない。

せいぜい精神科医から抗鬱剤などを処方してもらったり、カウンセラーに話をきいてもらうくらいなのだろうか?

それでは、本質の解決にはならない。
心の怒り、悲しみ、苦しみは、化学品で治されるとは思えないから。
by totoatsuko | 2005-09-29 11:37 | 日々感じたこと | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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