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レ・ミゼラブルをみて - いろんな愛 

d0065558_149099.jpgこの映画のFilm Director, 
Tom Hooper がインタビューで

”物語上のこだわりは、ヴィクトル・ユゴーの原作に立ち返ったときに気づいた愛だ。

バルジャンは、司教から与えられた徳と信仰によって改心を誓うけれど、それだけでなくコゼットとの出会いで知った愛も彼にとっては恩寵だったと。だからミュージカル版にはない新曲、(幼い)コゼットを眺めながらバルジャンが歌う 「Suddenly」 を加えたんだ。 実は1年ほど前に僕の姉に子どもが生まれてね。

その光景をみながら、愛(love)がこんなにも人の人生をかえるなんてと驚かされた。”

と語っている。


バルジャンは19年の監獄での暮らしから、”条件付きで” 解放されるが、
職も食べ物のなく死にそうになっているところに食べ物と安全な寝場所を与えてくれた教会から、
高価なシルバーウエアを盗んでしまう。 

お腹をすかせた妹のためにパンを盗んだせいで、19年の厳しい監獄生活を強いられ、
その救いのない日々の中でしみこんでしまった醜い心。

ひっとらえられて司教のもとに連れてこられたら、
司教は、そのシルバーウエアは確かに私が彼に与えたものです、実は彼は忘れていったものもある、
と、銀の燭台まで渡す。 パリの警察は、何も言うことができず、その場を去る。

司教は、これは私ではなく、神の御慈悲だ、と説く。

十字架の前で、いかに自分が卑しい人間に堕ちてしまっていたか懺悔するバルジャン。
そして、数年後、まだまだ世は貧富の差が激しく荒れ果てている世相のなかで、人々に慈悲深い市長になる。

許されること、  その力の大きさを感じた。

バルジャンは、司教に許され守られることで、自分を顧み、生まれ変わる事ができた。
司教の説教や、法による罰によってではなく。


違う場面で、彼は 警官 シャベールに追われていた。
その時、病気がちな娘を養う宿屋の夫婦におくるお金を稼ぐために売春をし、今 目の前で死にそうになっている見ず知らずの女性、フォンティーヌを病院まで連れて行ったら、警察に出頭しようと思っていた。

しかし、フォンティーヌは間もなく死んでしまう。

バルジャンは、フォンティーヌの娘を引取りに宿屋に行く。
庇護が必要なコゼットをみて、彼は 再び逃亡生活を送ることを決意する。

その時、監督が新たに加えたといわれる Suddenly という歌を、
自分の膝で安心して眠るコゼットに歌いかける。
この子をおいて、警察に出頭するわけいはいかない。

彼は、神の司教の愛によって生まれ変わり、
コゼットへの愛によって、また生まれ変わる。


その間、シャベールは執拗に居場所を嗅ぎ付けてくる。

そして、革命の夜。
バルジャンは、自分を追い詰め、命を狙う警官 シャベールの命を助ける。
そこでシャベールを殺せるチャンスだった。
そうすれば、自分はもう追われることもなく、安心して残りの人生を暮らすことができる。
それなのに、シャベールを逃がす。

それは、命がけの許し だと思う。
自分を陥れるかもしれない人に対して、自分の命をかけて許す ことができるか?
あるいは、命を懸けて相手を信じる・・・ということができるか?

命がけで、ということは、自分の心の、あるいは実際の命を落とすことにもなるわけだ。


その後、助けられたシャベールは、自分を助けたバルジャンをまた追い回し、殺そうとする。

どんなに許しを与えられても、その愛を受け止め、自分を顧みることができない人もいるのだ。
ストーリーでは、そのシャベールにバルジャンは殺されることなく、
また、シャベールは、ある日自分のして来たことに気づき自殺し、
ジャン バルジャンは、コゼットに見守られ安らかな最後の日々を送ることができる。

現実の世界では、そうそう、善と悪に白黒つけられる訳ではない。
慈悲をいただきながらも、気持ちを受け取れず、心に闇を抱えたまま墓場まで持っていくことだって沢山あるはずだ。


愛には色んなものがある、と思う。
神の愛 といわれるような、なにか大きなものに守られている、生かされている、というう愛の存在。

そして、日々 人と交わる中で交換する相手を思う、愛の気持ち。

この映画と監督のインタビューによって、
自分の子どもたちが、どれだけ私を変えてくれたか、 

彼らの存在の大きさに愕然と気づいた、改めて。

親は子どもの事をおもっている。
それは知ってるし、色んなところで読むし、
日々のなかで子どもたちの preciousness というのは自分自身で感じているけれど、

また違うレベルで、彼らの存在の大きさ、というのを感じたのでした。


そして、私のまわりにる人に対する、あるいはその人たちが私を気にかけてくれる、
そういう思いの大きさ、重さにも。


だから、感じてるだけじゃなくって、
もっともっと彼らに対する行動に、言動に繋げたい、そうしないと後悔する、と思いました。


”愛がこんなにも人の人生をかえるなんてね” という監督の言葉。

愛は、恋愛の愛だけではなく (これ自体にも無数の愛の形があるとおもうが)、
人と人や、人と周り、全てのものの間で交換されている様々な愛があり、
その中にも、数えきれないレイヤーと奥行きと質感をもつことを強く意識しました。

ほんとうに様々な 見えない ”相手を思う気持ち” 
あるいは、”その気持ちが行動かされたもの”、が、
人を、自分を全部変えることがあるのだと感じています。



余談ですが、監督は、映画の中で歌われる歌のライブ録音についても、以下のように語っている。
”アフレコでは、どんなに唇の動きに合わせても観客は口パクに気づくだろう。僕は、その瞬間に歌が口をついて生れ出るかのように撮りたかった”

ほんとうに自然に、言葉がメロディーにのり、そして歌になっていく瞬間 瞬間に 心が躍りました。
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by totoatsuko | 2013-01-29 14:09 | Comments(0)
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