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気持ちの爆発:子どもたちとの音楽療法セッション

未就学児向けの療育施設こっこ で、音と色の療育を担当しています。

その人の美しい瞬間が奇跡のように発掘される土壌が音楽療法にありますが、
どんなにドロドロとしたエネルギーも受け止める器がある音楽療法士と、
どんなものにも寄り添うことが出来る音楽を有効に使っていく経験と知識と
クライアントとセラピストと音楽のダイナミックスの化学反応があるからこそだと思います。

理屈では説明できない現象が、変化が起こっていく場所。

今日のセッションでは、日常では決して表出されないような感情のエネルギーが爆発し、
そしてそれぞれの心の中で何等かの発酵を促し始めるような、そんな特別なことが起こりました。



グループの中の二人の子どもたち。

気持ちを表情や言葉や体のジェスチャーで表出させるのが得意ではないお子さんと、
本当はみんなと楽しむことが好きなのに、自分の中の不安感や衝動的なところなどから、自分が本当にやりたい形と実際の行動を連動させることが苦手なお子さん。

その二人がセッションの中でぶつかり、

前者のお子さんが、これまで示したことがないくらい声を張り上げて泣いて、
許せない、という気持ちを泣きと言葉でスタッフにぶつけてくる、

後者のお子さんが、自分の衝動的な行動の結果相手をすごく傷つける事が起こった、という事実に
いつものように向かいあえず、なんとなくごまかすような言動をする中で、
音楽のグループの活動をとめて、泣いてるお子さんのところまで行き謝ることを私が促す、

その後、アートの時間に切り替え、制作をしながら過ごすも、
泣き続けているお子さんと同じ場にいて、その強い感情のエネルギーを、
子どもだけではなく、それぞれの子どもについているスタッフも、浴びるように受け止める、

という、数少ない、そして貴重な体験をしました。


ほんとうに、言葉では表しきれない、形容できない様々な感情が複雑にからみあい、
噴出するマグマと流れ出て地表を飲み込んでいくマグマのようなエネルギー。

子どもたちや、ほかのスタッフがどのように感じたか、、、
この感情のエネルギーを ある程度”感じないよう” に、 ”受け止めないように” することで、
自分を守る、という体験の仕方もあったと思います。

私も、自分の心を守りながら、保護者の立場と子どもそれぞれの気持ちに自分なりに心を同化させながら、そのエネルギーを感じることで、そこで起こっていることを専門家として理解しようとしていました。

音楽療法のセッションでは、
日常では得られない歓喜の感情を仲間と共有できる
ミラクルとしか言いようがないような素晴らしい瞬間が起こるのですが、

それは、こういうドロドロした感情も吐き出される、
綺麗ごとではない、上っ面ではすまされない、心のありとあらゆるものが刺激され排出され
そして、それらが化学反応を起こしていくことができる土壌であるからです。

私は、
自分の心を使いながら、相手の心に働きかけていくための訓練を音楽療法士になる過程で受けているから、
飲まれるような、吸い取られるような感情がセッション中に提示されたときの、自分の気持ちの扱い方、そして、目の前に殴りこまれた感情との自分なりの関わり方というのがあります。

しかし、セッションのサポートに入っている療育スタッフにとっては、
相手の感情の爆発にどう、専門家として、どう自分の心を使えばいいか、
どう自分の心を守りつつ、その感情の嵐に寄り添い、
しかも、その色合いがかわっていくところまで見届ける心の体力というか・・・ 
とういうのは、ものすごく大変な作業だと、訓練を受ける前の自分を知っているからこそ感じ
Care for caregivers ー スタッフの心のケアのニーズをすごく感じています。


この施設で音楽療法をやらせてもらい始めたころは、
音楽療法はどういうものか、と言うのを知ってもらう、というのがメインの課題だったのですが、
音楽療法のサブで入る専門家として何ができるか、という段階に深まって行っているのかもしれない、と
今日のセッションを振り返りながら思いました。

でも、まだまだ 心に働きかけるセッション の意味とか、重みとか、音楽の不思議な力とか、
信じることの大事さとか・・・
そういうのは私が伝えきれていない、言葉で説明しきれていない、力不足な自分も感じています。



生きている限り、強い怒りも悲しみも、歓喜があるのと同じように、あって当然。
特に、この子たちは、悲しい、とか苛立つ、などの感情を
これからの人生たくさん体験していく機会は多いはずです。


その自分を見失わせるほど、自分さえ飲み込んでしまうほどの強い強い自分の気持ちに
気づく、解放する、そして自分なりの向かい合い方扱いかたを学び、
相手との関係の中で、どう表出させていくかという経験を重ねながら、
自分なりの感情との関係を築いていく学習していく機会は、ほとんどない。

日常の中で、感情の波があり、それを強い拒否や癇癪として表すことはあっても、
その強い感情をぶつけているときに、療育者が、こころ をさらけ出して、
生身のこころ と こころをぶつけながら ”療育として” 寄り添う機会は、なかなかない。

だからこそ、音と色の療育のセッションでは、いかなる感情とも向かい合うことを恐れず、
彼らが、自分の気持ちを原動力にして、しなやかに自分らしく生きていく手助けをしていきたい、
と、改めて思うのでした。

私の音楽療法では、こころ がむき出しに否が応でもなる、
自分になる、ってことは裸になるってこと、
自分を解放し、自由になれることでもあり、傷つきやすくなることでもあり、喜びでもあり、不安でもあり。


義務を果たしているうえでの真の自由であり、真の自由を満喫できるのは、土台がしっかりしてるから。
酸っぱい味をしってるから、甘い味を本当に味わえる。
すべてのことは、つながっている。

話が飛躍するようだけれど、
その子のその人の、その場を共有している人の魂にまで働きかけていくものだと私は思っているので
その重みを自覚しつつ、学ぶ姿勢、探求していく姿勢を持ち続けながら、
子どもたちに、保護者の方にかかわっていきたいと思います。


来週が一つの山でしょうか、
このグループにかかわっているすべての人にとって次に進むための。

来週のセッションまで、あの場にいたすべての人の心の中で、
あの感情体験は、それぞれの形の発酵をしていくことでしょう。

もしかしたら、音と色の療育に来たくない、と思うかもしれない。
何事もなかったかのようにふるまうかもしれない。

もしそうだとしても、やっぱり来てよかった、ちゃんと向かい合って乗り越えることができる、
壊れた関係は自分で新しく作り直すことが出来る、過去の自分から脱皮をくりかえしていく、
そういうポジティブな学習の第一歩を踏み出すサポートが出来たら、、、と思います。

案ずるよりも産むがやすし。 
私も、私の中の今ある心象がどのように変化していくか見守りながら、
来週、どんなエネルギーをもって子どもたちと保護者の方が教室に訪れるか、
こどもの心を信じながら過ごしていきたいと思います。
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by totoatsuko | 2012-08-10 00:49 | Comments(0)
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