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カウンセリング@代々木上原・音楽療法・心理療法 GIM

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余韻に浸れる音楽療法セッション@高齢者施設

日本の高齢者施設でのセッションを始めて、8か月がたとうとしています。

1セッションの参加人数が20人~40人で、音楽療法をやっていると言えるセッションなのかどうか
そこは、何とも言えないのですが、

施設の要望が
1セッションにその人数を相手にしてほしい、
いいかえたら、その人数がセッションをやっている所に ”いる” という状態で
全ての人に対して密な関係を築くことは求めていない

ということなので、割り切って、私が出来ることをやってきています。

私は、心理療法系のアプローチがベースにあるので
参加者の方が子どもの頃や若いころに歌った歌や、当時の映像を道具として使いながら
当時の記憶にアクセスする、 だけでなく

思い出したことをみんなに話したくなるようなグループの場や私との関係をつくっていくなかで
そうだったね、ああだったね、 と仲間と共感したり、
くだらないような冗談をなげあって大いに笑いあったりすることで、コミュニティー感の育成し、

それによって、お互いの存在が、ただ施設で毎回会う人、というのを超えた
精神的な支えになったり、生きる楽しみになっていく。

戦争や老いによって失っていくものに対する悲しみなどの気持ちを吐露して受け止めてるグリーフプロセスを行うこともできる、 そんな場でもありたい、と思ってやってきました。


参加者の年齢は上は100歳下は60代と、親子以上に離れているから
時代や歌に対する感覚も気持ちも、記憶も随分違います。

ただ歌を歌って楽しい時間をすごす、というなら 20人でも、年齢幅があっても、認知や身体機能のばらつきがあっても何とかなりそうですが、 ”セラピー” をするとなると、、、、繰り返しになりますが、限界があります。


それでも、一部の積極的にセッションに参加される方がたと8ヶ月たてば少しづつ信頼関係も出来上がっていき、お互いがお互いの人となりを理解してきたように感じています。随分と気心がしれてきて、私に対して、セッション中はもとより、その前後でいろんな話を参加者の方がより積極的に、気軽に話されるようになってきました。

いつも思うことですが、音楽療法の場において、音楽はとても大事な道具だけれども、
クライアントと私がどのような関係をその場で築けるか、というのも、セラピーのプロセスを促すとても大事な要因です。


今日も、いつものように、これで今日のセッションを終わります、また来週~、 とご挨拶して
片づけをしていたら、最前列に座っていらっしゃった方数人がそのまま座っていらっしゃいました。
音楽療法の時間が終わったら、おやつの時間になるので、だいたい、いつもみんな さっさと自分のテーブルに移動されるのです。

少しして、
この時間が終わったって思うと残念な気持ちになっちゃうわね、 
といってゆっくり立ち上がっていった人ひとり。

もう一人は、いつもあまり表情を変えないし廊下ですれ違ってもあんまりやり取りをしない人なのに、
今日もたのしかったわ。どうもありがとう。ほんとうにいろんなことを思い出すわね。この会がないと思いださないようなことを沢山おもいだした。子どものころ遊んだ記憶とか。ほんと凄かったのよ、蓄音機で歌をきいたとき。

とおっしゃられ、じーんとくるやら、深い感情体験をしてもらえてよかった、と嬉しく思うやら。

余韻にひたってセッションがおわってもすぐ立ち上がれないほどの体験をしていただけて
この仕事をやっていてよかった、と改めておもったのでした。



ちなみに、今日のセッションのテーマは、春らしき歌、で 使った歌は
森の水車、春の小川、春が来た、春よこい、どこかで春が、どじょっこふなっこ、おぼろ月夜、荒城の月、美しき天然

びしょびしょになりながらドジョウすくいをして遊んだこと。
柳川煮(どじょう鍋)の話 ~ ごぼうを沢山いれて、タマゴでとじて。浅草に食べに行った話。かば焼きみたいにしてたべたら、ウナギみたいでおいしかったこと。

鮒は、どこでもいるけれど、ふるさと という歌にもうたわれているし、いろいろおもいださされること。

昔は、水車はどこでもあったこと。水車のところに臼があって、お米の脱穀の番をさせられていた思い出。
脱穀できたころあいに、米をだして、新しい玄米を臼にいれる作業。

朧月夜の唄の舞台の長野県、あざみ野を訪れた時のはなし。

サーカスの呼び込みで、いつも美しき天然のメロディーが蓄音機とか、サーカスの楽団によって演奏されていたこと。悪い事をしたら、いつも サーカスに売られていくよ、と怒られていたこと。



全部ぜんぶ、当事者の方たちにとって大事な思い出。

記憶をただ話すんじゃなくて、ただ聞いているんじゃなくて、
出来るだけ多くの参加者が当事者として、
感情的に共感をもちながら受け止められるように、
受け止めてもらった、共感してもらった、自己肯定された、と話している人が感じられるように
私が言葉を足したり、雰囲気づくりをする。

それが、施設でカラオケで歌を歌ったり、施設でのミニ演奏会とは、音楽療法が違う所でしょうか。

色々施設の環境面で制約があるなかで、これからも、参加者の人ひとりひとりと心を通わせることができる関係をつくっていきながら、よりよい内容のセッションを重ねていきたいです。
by totoatsuko | 2012-03-27 00:15 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


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