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グレン・グールドの映画をみて・・・

グレン・グールドの映画をみて・・・_d0065558_13382213.jpg天才ピアニスト のグレングールド の映画を見に行ったのですが (写真は公式サイトから引用)、
彼の天才ぶりと、演奏から垣間見ることができる機械的な側面と偏屈ぶりからして、
グールドもかなり高機能な自閉傾向があったのかもしれない、
と、音大を目指している頃にはまったく思いもよらなかった見方をしていました。

改めて天才的な発想をする人の本質的には理解されない孤独や
なんらかの障害のあるゆえに 上手に伝えることが出来ない、分かってもらえない悲しさ、
愛する人と、長く深い関係を築くことが出来ない、
ちゃんと人とつながることが出来ないどうしようもなさ、

というのを深く感じ、どうしようもしてあげることができない、
きっと 同情されるのも嫌なんだろうと察することが出来る、やるせなさを感じました。

パブリック・大衆に提示される人となり、というのは、
もちろんその人の一面を表せていると思うけれど、
基本的には、 いいものも、悪いものも、あくまで大衆を意識して作られた、あるいは大衆の妄想によって作られた”パブリックイメージ” で、 パブリックに、公の人 という商品? イメージが語られ、捉えられているだけ。
その人の本当の心の人としての全体像は、その人のプライベートに密に関わっている家族レベルの人にしか分からないのだといつも思っています。そして、家族にもわからない その人 それぞれの深い内面や人間性、というのも当然あると思っています。


グールドがもっとも生産的で心が満たされていた時期は、
画家であり人妻であったコーネリア・フォスが、当時うまく言っていなかった夫を捨てて子どもと一緒にトロントに移住してきたときだった、と映画では語られています。 大事な人がいる、というのは、本当に力を与えてくれるんだろうなぁ、と思います。

しかし、グールドの偏屈さ、病的なものが進行していくと、グールドの支配欲のために自分の絵どころか様々なものをあきらめざるをえなくなったコーネリアは、耐えられなくなります。昔の彼ではなくなっていった、とコーネリアが言っていました。(今の常識では考えられないくらい、抗鬱剤などの薬を大量に日常的に独断で摂取していたそうです)




結局、コーネリアは、妻をとりもどそうとあきらめず関わり続けた、やはりこちらも当時有名な音楽家だったルーカス・フォスと関係を修復させていき、グールドの元を去っていきます。そしてグールドの苦悩はより深いものとなります。

彼の病気のせいで私たちは別れざるを得なかった、それは苦悩の末の決断だった、
でも、彼はほんとうに sweet な人だった、とコーネリアも彼女の子どもたちも言っていて、
別れてもそう思うことが出来る相手、関係というのはうらやましい、と思いました。



終始、グールドの演奏が流れており、生前彼と交流があった人たちの生の声を沢山きき、
死後25年たってもまだ人々の心に残り続けている
一つの視点から言えば クラッシック界の異端児、
一つの視点から言えば、天才 に 思いをはせることができた2時間でした。
クラッシック界の天才演奏家は沢山いますが、
彼のユニークネスは、次元の違う色をしています。

映画の最期で、 
何か大きな偉業を成し遂げるには誰しも帰る場所、心が安らぐことが出来る場所必要だが、
それは彼にとって、演奏している時だけだったのかもしれない。
というナレーション。

それは、まさに 彼が トランス状態になることができ、現世をシャットダウンできる唯一の時でもあった。



グレングールドの映画をみていると、
やっぱり、人は人に支えられ、自分が誰かのために何かできる、
そのなかに見出す喜び、というのは生きていくうえでとても大きいのだと思いました。
by totoatsuko | 2011-11-18 13:36 | Comments(0)
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