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出産 そして 意識不明

友人が元気なあかちゃんを生んだ。
妊娠中も問題なく、お産も軽かった、ときいていた。
近いうちに、うまれたての ほやほやの赤ちゃんを抱っこさせてもらいに行こう、と思っていたら
産んだ翌日、あれよあれよと血圧があがって、結果的に脳溢血を起こし、一時意識不明になった。
そして、やっと意識はもどった。
生死の境目からは、こちらにもどってきた。
でも、どのくらい半身不随や脳の後遺症がのこるか、まだぜんぜんわからない。

心の涙がとまらない。

彼女が生死をさまよったこと。
彼女や、彼女の夫、子供たちがえがいていた、
「お母さんが、妻が元気である」、という前提でなりたっていた将来が望めなくなったこと。

これから彼女と彼女の家族が乗り越えなくてはならない、この時点では想像を超える苦難。
ほんとうに、それは それは 大変なことだ。
子育ても、家事も、全部 彼女が切り盛りしていた、切り盛りするのが前提だった家族の形が
否応にもかわる。彼女の周りの人の生き方も、価値観も変わらざるを得ないだろうし、彼女が、彼女自身が失ったものに対する気持ちの整理のつけ方、つけていく グリーフ プロセスだって、そうとうなものが待っていると思う。

生きててよかったね・ ではすまされない。


もう、二度と出産前のような彼女と会えないこと。
もう、以前とは違う事、そうおもうと、ほんとうに 起こったことが信じられない。


しんじられない。

元気に、何の問題もなく出産したのに・・・
命ってはかない。
生死って、紙一重。
障害を負うライフイベントに出会うかどうかだって、誰にだって起こりうる。


この世界にとどまることにしてくれた彼女の魂に、
とどまることになっていた運命に、自分勝手な気持ちだけど、感謝。
そんな突然に、子どもたち・ご主人・ご家族・友達たちに永遠にさよなら、なんて辛すぎるもの。


自分自身の出産も大変じゃなかった。
でも、もしかしたら自分だってそうなっていたかもしれない。
新しく生まれた命を腕にいだく幸せや、
その命とともに家族をつくりともに生きていく人生を味わうことが出来なかったかもしれない。


明日のわが身も、明日の大事な人の命も健康もわからない毎日。
それは、いつも感じる。

だけれども、改めて、与えられた命に感謝。
あたえられた人生に乾杯です。

どうか、どうか 彼女の後遺症が出来るだけ軽くありますように・・・
ただ、祈る。
なにか大いなるものにむけて、彼女の魂にむけて。


折しも、もうすぐ 自分の子どものお誕生日。

生まれてきて、今日まで、おもえば あっという間のような気もします。
私を選んで生まれてきてくれてありがとう。
あなたと共に暮らし、毎日の喜怒哀楽を共に味わえることに心から感謝です。

意識の層をさまよっている彼女のことをおもいながら、
そう子どもたちにつたえた。


これからも、自分の大事な人に対して、自分自身に対して、
正直に、丁寧に、”今”  を共有できること 、将来を一緒に夢見ることができること。
その ”有難さ”  に こころから感謝して、毎日をたどっていきたい、とおもう。
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by totoatsuko | 2011-06-02 23:03 | Comments(0)
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