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The Giving Tree - 大きな木

シェル・シルヴァスタイン 『おおきな木』 を貰い、最近 村上春樹による新訳で再出版され、話題になっているのを知る。

同じ作者の作品 The missing part - 僕を探しにシリーズは、大好きで、持っていたので、ワクワクしながら、扉をあける。


しかし、まずそこには生気のない目をした少年がいた。
え、なになに? と思いながら読み勧める。

大まかなストーリーは
昔、りんごの木があって、少年(というか幼児っぽい)と木はとても仲良しで、
いつもいつも一緒に遊んでいた。
(ちなみに、英語では、木は ”She” とあらわされ、女性として書かれている)

時は流れ、少年は成長し彼女ができ、木にしばらくの間会いに来なくなる。

ある日、突然少年が木のところへやってくる。
木は昔のように遊ぼう、というが、少年は
「買い物が してみたい。だからお金が ほしいんだ。 おこづかいを くれるかい。」という。
木は困ったけれど、りんごの実をすべて与え
「このりんごを売ってそのお金にしたら」 という。
そして the tree is happy ー 木は幸せでした、と書いてある。

また、しばらく会いにこなかったが、
大人になった少年は家を欲しがり、木はその枝を与え、
the tree is happy ー 木は幸せでした、と書いてある。


年老いた彼は、また突然現れ、船を欲しがり、
木は彼を喜ばせたいがために、愛する彼のために何かをしたいがために、
その幹を与え、切り株になる。
そして the tree is happy....not really. ー 木は幸せでした、、、なわけないですよね、とある。


しばらくして、切り株になった木の前に、よれよれの年老が戻ってくる。

引用
「ぼくはもう、とくになにもひつようとはしない」 と少年は言いました。

木はいいました。できるだけしゃんと、まっすぐからだをのばしました
「ふるい切りかぶなら、こしをおろしてやすむにはぴったりよ。
いらっしゃい、ぼうや、わたしにおすわりなさい。
すわって、ゆっくりおやすみなさい」

##

老人は肩をおとしてゆっくりと腰掛ける。


そして、本の最後の言葉。
「それで木は幸せでした。」
おしまい

###
絵は全然幸せな空気をかもしだしていない。
木としての人生、それが幸せだとは思えない。

恐ろしい話だ。
a missing piece のような、生気やポジティブさが、このお話にはない。
1つの物事には、色んな、色んな見方、解釈のしかたがある。
この本が無償の愛、の例として絶賛レビューが沢山あるのをしった。

まさか!

私には、共依存関係の悲しみにしか、自然を壊していく現代の人間の話としか読み取れなかった。
村上春樹は、愛の光と影を示している、とあとがきで書いている。


木を自然に、少年を人間の象徴として読むと、
人間は、次から次へと木が持っているものを奪っていき、結局木の生命を奪ってしまう。
切り株にしてしまっては、受粉もできないし、実を実らすことも出来ない

この大好きで大事な木、なくてはならない自然、
なくてはならない食料をもたらす、空気をつくる私達生命の源。

その存在に対して、リスペクトはない。
少年に(人間に)、どうやってこの木と、(自然と)長くつきあっていくか、というスタンスはない。

ここに提示されているのはサステナブルではない、人間と自然の関係。
このまま、そこにあるから、と根こそぎ伐採しつづけたら、
自然は壊滅し、人間は食べるものもなくなり、打ちひしがれて枯れはてた自然の中で呆然とするしかない。


そんな警告を、この話から感じる。



そして、これを人間関係としてみたら、先にも書いたように病的である。

自己犠牲にして、全てを与える
という発想でしか相手をつなぎとめることが出来ると信じられない木。

しかも、本当にお互いを思いやる関係が築けていない、ただ利用されてるだけなのに気づかない木。
無心してくるどら息子に、お金を与え続け、息子の真の人としての成長を妨げる木
描かれている木は、どんどん生気がなくなってきて、おどろおどろしい。

相手の心身の成長を助け、相手が自立していく変化の可能性、
それを見守るたのしみ、二人の関係の中身の変化を楽しむ、
という発想はない。

そんなのは、無償の愛ではない。
病的で、自己中心的なな愛だ。
自分が与えたいから、与えてるだけ。
少年が、大きく世界に羽ばたくことすら、本心では望んでいないような、
そんな取り込むような愛。 (枝の形は、まさにそんな形)


切り株になって、はじめて木は気づく。
The tree was happy,,, not really.


永遠に何でもしてあげる、何でも許してあげる 身を削りながら、心を痛めながら。
「「母親」「妻」「彼女」「上司に気に入られたい部下」
他にどんな構図があてはまるかしら?



そして少年は、永遠に成長しなかった。
相手の気持ちを最後まで思いやれない、精神的に自立できない人の例。
どんなに与えてもらっても、与える、ということを学べなかった。
いびつな愛ではあるが、木に愛されることによって、愛することを学ぶこともできなかった。

それは、愛がいびつだったせい?


彼女ができて、家が欲しいってことは、きっと家族もできたのだろうに、
家族を捨てたのか・捨てられたのか、船に乗ってどこかにいきたい、と。

一度も自分の仲間や家族を木に紹介することもない。

最後は、切り株にすわりこむしかない少年。
表情は、暗い。幸せとは、程遠い。

木は、少年の幸せを真に望んでいたのか?
少年は、人としての、真の幸せをたがやす、 という概念すらもっていなかったのか。
その時その時のつぎはぎのニーズを木にみたしてもらって、依存していきてきただけ。

少年にとって、木にとって、人として木として一番だいじなもの、
自分のポリシーは、何だったのか?


困ったときだけ木のところに訪れ、木に無心するだけ。
ありがとう、の言葉もない。
絵に、そういう暖かな相手をおもいやるような表情は描かれていない。


いっちょまえに、あれしたい、これしたい、 と言うが
最後まで、その言葉はそれ以上でもそれ以下でもなく、
せっかく貰ったものを元手に、大きく羽ばたこう、という覚悟はない。

本当に、本当に、その木が大事なら、
お金が欲しいからって、実を全部もっていくか?

その木は、少年のためだけに存在しているのではない、自然の中に生きているのだ
自然の中で、木もまた ”生かされている”のだ。
木に住んでいる生き物、木に守られている大地、みんなかかわりあって生きているのに、
そんな配慮は全くない。

まるで,木は少年のおもちゃのようだ。

家を建てたいからって、枝葉を全部持っていくか?
光をあび、光合成をする、ゆさゆさと音をならしながら風にゆられる楽しみ。
手足を全部奪われたらどんな気持ちか?


困ったことがあったら、全部木にどうにかさせる。
困ったら、自分の大事なものでも、利用できるなら切り崩す。
自分でなんとかしようとせずに。

少年は、木が自分にとって大事な存在だ、という認識がないのかもしれない。

だから、あんなふうに、いつもはほったらかしにして構いもしないくせに、
困ったときだけやってきて、無表情に、木を切り崩して持っていけるのかもしれない。


####
少年が、ちょくちょく木を訪れながら、
自分の人生に起こっていることをシェアして、ともに気遣い、一喜一憂し、
果実がなれば少し頂き、仲間達とシェアし、収穫の喜びを、毎年 毎年分かち合い
落ち葉は腐葉土となり大地を潤し
枝葉が多くなりすぎたら、その分だけ切り取って、
薪にしたりクラフトを作ったり、木の手入れをし、一緒に年月を重ねていく。

周りには、もっと多くのりんごの木が育っていくだろうし、
少年の子供や仲間が、その木と遊ぶことで、
お互いの喜びは、倍増する。

そうやって、お互い健全な体を保ち、
どんなときでも、ずっと相手を思いやり、
相手を思う気持ちを深め合い、
木と少年がいることで、自分達だけでなく、
より周りを幸せにすることだって、木と少年にはできるはずなのだけど。。。。

########
作品をどう受け止めるかは、受け取り手の自由がある。

で、わたしは 
この作品から、
今この時点では、
こんなふうに感じています。

by totoatsuko | 2010-10-21 05:04 | Comments(2)
Commented by Client at 2010-10-21 06:39 x
なるほど、そういう読み方もできるんですね。でも、最初から木が「自分でどうにかしなさい」と冷たく追い払ったら、少年は戻ってこないかも知れない。バランスが、難しいのでしょうか。
Commented by koyukino at 2010-10-21 08:05 x
都合のいい存在として共依存するのではなくて、
大事な存在として共生したい。
家族でも恋愛でも親子でも、どんな関係でも。
相手の成長を妨げたり、
相手から離れることができないと思い込ませるほどに
心をコントロール(洗脳だよね)するようなやり方は
愛じゃないよね。
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