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マクロをやってる人にも相手を尊重できない人はいっぱいいる

またまたjagapockle さんの新しいコメントを読んで思ったこと。
inspiring なコメント、ありがとうございます。


お肉やお酒を飲むことを潜在的に悪いと思っているかどうかは、その人にしか分からないことだと思っています。本当に。それに、お肉やお酒を飲むことが絶対的に悪いと思いなさい、とはマクロビオティックは教えていない、と私は思っています。

そう、マクロをやってる人にも相手を尊重できない人はいっぱいいるんです。
マクロじゃない食事スタイルをしている人を、なんか悪く思ってしまい、
ニュートラルに、「自分と違う食や生きかたのポリシーを持っている人」と、相手を思えない。

マクロをやっていない人に対して、否定したり、攻撃したくなってしまう。
宗教間、国同士の闘争は歴史的に繰り返されていますから、その避けがたい現象は歴史が証明してくれていますね。

まぁ、自分にダメージを与え続けてくる相手にたいして、やり返したくなる気持ちになるのも、当然といえば当然なのですが、それでは憎しみしか生まない。それは、マクロビオティックを創始した桜沢先生他、の方々の本意ではない。マクロビオティックの哲学ではない、と私は思います。



「自分”たち”」と違うことを「堂々と」する人が目の前にいる、というのは、「自分たちが大事だと思っている形の” 和”」(調和にも、いろんな形があると思うのですが、そういう発想はあまりない)を乱されるのが嫌で、だから、違う要素を持つ人と、新しいハーモニーを創造するためにはどうしたらいいのだろう、という視点をもつよりは、「集団で」攻撃や否定したくなるのではないかと思っています。

でも、私は新しいハーモニーを探求していきたい、私を否定する人たちとも、決してあきらめずに。そのプロセスはとても大変だと分かっているけど、そのプロセスでしか生まれない素晴らしいものがあると信じているから。

自分と同じ価値観の人とだけで固まっていたら、それが最初はどんなにクリエーティブなものでも、すぐ退化していくと思うので。

マクロビオティック、ってなんか宗教みたいなイメージを持つ人もいるのですが、
宗教のように自分を導いてくれるグルもいないし、「-せねばならない」という教えもない点で全くちがっていると思います。マクロビオティックのクラスで学んだことは、自分で「感じて」「考えて」「実践して」いく中で、日々自分の中で変化していくものなので、「自分」がなかったらとてもやりにくいと思います。

かたや、常に否定的な目を投げる人との関係も同時に取り組む必要があり、そういう人たちは、どうしていいかわからない、迷っている状態を暖かくはなかなか見守ってくれませんから。。。何をどうやるのが「正しいか」というのを、マクロビオティックは与えてくれないから、本当に自分との対話をせざるをえなくなるし、その中で自分と向かい合い、マクロビオティックを自分のものにしていくプロセスを踏んでいかなければならない。

それはそれは大変なプロセスでもあり、しかし、自分らしく生きていく、クリエーティブに物事に対してよりオープンになっていける、有意義なプロセスにもなりうると思います。

心理療法、あるいはわたしの仕事である音楽心理療法では、そういう大変な自己探求や、うまくいかないことへの自分らしいひもときの方法を見つけていくプロセスを専門家としてサポートしていくので、
その道のりは大変ではあるのですが、少なくとも、一人で立ち向かい、一人で穴にはまって苦しんで自分がもしかしたら腐ってしまうのを避け、自分の心が必要としているプロセスを行うことに集中できる環境を整える役割をセラピストはしています。
by totoatsuko | 2010-06-22 14:24 | Comments(2)
Commented by jagapockle at 2010-07-03 23:27 x
こちらこそまたまたありがとうございました。

私が前回書いたコメントを読みながら、肉を食べることやお酒を飲むことが悪いことだと思っているのは自分、攻撃していたのも実は自分だったのかなと思いました。(上手く言えないのですが、自分の心(?)の中で勝手に敵を作って攻撃していたという感じ(?)かもしれません。)

何かこう、うまく言葉にできないのですが、食べることって生きること、人生の一部なのかなと思います。

ひとつの例として、食を含めた親との関係。私は一人暮らし歴が通算10年になります。親と離れて暮らす年数が長くなるにつれて、親との生活様式、もちろん食事も含めて、乖離していっている気がします。お互い一人の人間ですし、年齢も性別も、今、直面している環境も異なる。そう考えると、毎日の生活が異なり、食べるものが乖離していくことも、自然の流れなのかなと考えたりします。

食と向き合うことは自分と向き合うこと、自分と向き合うことは自分を取り巻く環境と向き合うことなのではないかと思いました。

そのような機会を与えてくださった、atsukoさんに感謝です。

ありがとうございました。
Commented by totoatsuko at 2010-07-15 22:06
>毎日の生活が異なり、食べるものが乖離していくことも、自然の流れなのかなと考えたりします。

そうですね。
でも、そこでよく導き出される考え方が、だから関係も疎遠になったり悪くなったりするんじゃないか? ということ。

人と違うことに否定的だったり、自分自身の個性も相手そのものの姿も同じように尊重できなかったら、そうなってしまうかもしれないけれど、

食のスタイルが違ったって、生きる哲学が違ったって、
お互いがお互いを認め、尊重し、興味を持ち合っていたら
すっごく濃かったり、からみあっていたり、
creative で inspiring でloving な関係って作れるんですよね。
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