人気ブログランキング | 話題のタグを見る

カウンセリング@代々木上原・音楽療法・心理療法 GIM

totoatsuko.exblog.jp ブログトップ

光に反射する水面のように

光に反射する水面のように_d0065558_12542266.jpgぶれないね、安定している、どっしり構えていと言われることもあれば
頑固だ、人のいうことをきかない、協調性がない、と言われることもあれば
you are shy, really listen to what I say (アメリカの友人達の場合)

クリエーティブ、と言われることもあれば
おかしい、変、と言われることも在る

全く違う表されたかをする。

どれも、受け止める人にとっては真実の体験だ。

受け止める人の状態、立場、心理的ニーズ、価値観、先入観、評価基準、その人に期待するものによって評価は変わる。一人の人の心の中でも、その時とその人の状態によって、その人の”像””印象”は刻々と変わっているし、変わらない場合もある。


人の評価がどんなに割れようと、一人の人の中でどれだけ像が分裂しようと、
私という人間は、私だ。
私は分裂しない。
私、という存在は、様々な矛盾や共鳴しあう側面を内包している。
全て、私だ。


どの人だってそう。
あなた、はあなた、でしかありえない。
成長するにつれ、いろんな変化はあるが、本質的なところは、滅多にかわらない。
どんな評価を人にされようと、その評価があなたを真実に捕らえているとは限らない。
いい、悪い関係なく、
必ず、受け止めるひとの投影・先入観、などの色眼鏡をとおした評だ。
そんな評価に一喜一憂し、カメレオンのように自分を変えれたら一見生きやすいように見えるかもしれないが、カメレオンのように自分の表層を変える自分を見失わずに生きるには、そうとうな図太い幹を自分の中にもっていないと、自分の重心が表層のほうへ移り、まるで心てきには、根無し草のような生き方をするようになる。自分のHOMEはどこ?本当の自分はどの色?

そんな疑問を内包しつつ生きるのは、そうとう大変なことだから、自分に問うのをやめる、主体的に自分を生きるのをやめる。自分という体があるのに、自分がない、そんな矛盾を抱えるのは大変なことだ。自分がない、という概念を捨てたことにすれば(自分の心がある限り、決して捨てられないのだが)自問して、自分の存在を自分で脅かすことはやめることが出来る、意識の表層では。

人の評価の重圧によって、自分が分裂したり、一部の自分が否定されてそれが引き金で、自分全体が壊れそうになる、壊れてしまう、自己嫌悪になる、自己否定してしまう、さらには生きるのが嫌になる、のはよく起こる現象だ。自分で自分の中心をしっかり感じることが出来ていなかったり、自分に自信が無かったら、人に何をいわれようと自分で自分のコアの部分を肯定することができる心がなかったら、人の何気ない評価・言葉は、鋭いナイフが自分の心に突き刺さり、血が流れ、崩れ落ちる。

評論などは、その筆者の主観が必ず入る。
セラピストも、出来るだけ中立的な態度で、クライアントのプロセスにかかわろうとするが、主観を排除することは、セラピストが人間である以上、不可能である。

大事なのは、限られた人達の主観、自分の先入観e.t.c. という色眼鏡を通して捕らえられた評価・見解を鵜呑みにせず、常にオープンであるこなのか? そういえば、アメリカでは、ある事例について、賛成・反対グループにわかれて、皆がどちらの立場も体験してディスカッションする、という教育方法が日常的に存在する。個人的にその事例に賛成、と思っていても反対グループにいるときは、反対グループの理論や感情を必死に「想像」して、どうしてそんなに反対したいのか、その気持ちを理論が「疑似体験」することになる。

日本では、相手の気持ちをおもんばかりなさい、相手の立場にたってかんがえてみなさい、
という教育はあるが、
「実際に」相手の立場になって、自分と同じ立場に立っている人と対話をする、という試みはない。
想像を試みるのと、じっさい違う考えの人の立場になりきって振舞う、相手になりきってその気持ちを自分の口をつかって「感情をこめて」喋ってみるのとでは、学びのレベルが全く異なる。
(セラピーでは、心のプロセスに必要とあれば、違う立場になりきって対話をするアプローチーゲシュタルト手法ーをつかうこともある。)


自分の意見とは反対の意見の人に実際なりきってみる心の体験をすることでしかわからない、
自分の賛成への固執する気持ちや、そう信じるに至る心の歴史だったり、反対意見や、賛成・反対だけでは割り切れない考え方への可能性が自分にオープンになる。

自分の「賛成」という立場にたっているだけでは、世界は見えてるつもりでも、見ることの出来ない部分が残る。

そう、太陽に反射する水面のように、
光の角度や空気の温度、水の中の、空気の動きによって、
私たちは、全てのものごとはきらきらと、あるいはどろどろと、様々な色を同時にもっている。
by totoatsuko | 2010-06-08 09:53 | Comments(0)
line

音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite