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処方された薬を頂かない

子供が保育園で砂が大量にめに入り洗浄してもとりきれなかったので近所の眼科に連れて行ってくれました。他の子供のお世話もあるのに、病院まで連れて行っていただいて感謝。あらためて、保育園をやる、というのは大変な事、大変ありがたい事だと思う。

お迎えに行ったら、処方された目薬を4,5日さしてください、充血してきたら、再度受信してくださいーとの事でした、と保育士さんに処方箋を渡されながら言われたのだけど、結論から言うと私は処方箋はもらいに行かなかった。

ここでの私の心理。
目の中の砂は取りきったらしいし、子供の目も子供の様子も変わりなかったので、もしかしたら必要ではない薬物を子供に与えたくない。もし充血してきたら、薬物を与える前に、まず自分で出来ること・殺菌作用のある塩水洗浄と、食事療法ーという程の事でもないけれど、菌の繁殖を助ける糖分を含む食物(甘い野菜含む)を控えて様子を見よう。それでも充血してきたら薬局に行こう。薬は最終手段。

同時に、処方された薬もらいに行かない事への罪悪感を感じているのも自覚していた。罪悪感を感じている自分に違和感を感じながら。 お医者さん、という社会的に権威のある立場の人の指導通りに行動しないことへの罪悪感を自分は感じるのだなぁ、と。そういう風に教育されてきたり、空気を感じ取ったりして、自分で考えるより医者の言ってる事の方が正しいと潜在的にインプットされてしまっている私。たとえ、そのお医者さんと自分の病気に対する考え方や対処の仕方に対するポリシーが違っていても、その潜在的な思考回路は残っていて私の心理や行動に作用する。(お医者さんによって、薬の使い方、病気の捉え方が全く違うので、たまたま近所だから、という理由だけで主治医に選ぶのではなく自分の信念に響く方を見つける事は、自分が納得して病状・症状と付き合うのに大事なことだと思う。)

最終的に、不要な薬物は摂取したくない、自然療法の力は凄い、という自分の信念は確かなのは知っていたので、薬はなしで。

そしたら、「処方された薬を与えないなんて!子供が死んだらどうする。何でも自分のルールに持ちこむのやめて」と怒鳴った人もいた。凄い子供の事が心配だったんだと思う。

で、怒鳴られたから私は凄い腹がたって言い返した。「必要ないかもしれない薬を医者が言ったからって与えたくないの。医者がいつも正しいわけじゃない。なんで医者の言うことを鵜読みにするの?必要なら薬だってあげる。でもまず目の前子供の状態を観察してから決めたらいいじゃない。一生けん命見てるのよ、子供の様子を。死んでもいいなんて、思ってる訳ないじゃない。」

今、子供の医療費はただだけど、一人ひとりが自分の体調や信念と相談しながら、まず自分で出来る対処をしてから、受診回数や薬の講入を考えたら、国の医療費(そもそもそ私達の税金)削減にとても貢献出来るのではないか、とも思う。

結局、子供の目にその後問題は出ず。よかった薬物を使わなくて済んで。

それにしても、私が感じた罪悪感、凄いことだな、と新ためて思う。
医者に処方された薬を上げないことが、親として悪いことをしているような気分に「自動的」になってしまっていた。

ちょっと自分の考えと照らし合わせたら、その自動的思考を行動に移す手前で自分らしくない行動を止めることが出来るんだけど、日々暮らしていると、なかなか人にこういわれたけど、自分はどう考えるか、どう感じるか、ってちゃんと自分と対話しながら意思決定をしていけない状況って多いのだろう、と思う。

いかがわしいセールスや振りこめ詐欺などでは、人の罪悪感や不安を使うというのは常套手段ですよね。
by totoatsuko | 2009-10-22 10:57 | Comments(1)
Commented by mino at 2009-10-23 12:56 x
こんにちは。ご無沙汰してます。よしえです。
自動的思考、それに気づきもう一度再考する機会…それを適宜こなしていくことって、大切というか、おもしろみがあるなぁって改めて感じながら読んでいました。身の回りのあれもこれもに対して、自動的思考に気づくことがあるわけではないので、だからこそ、気づいた瞬間をよく心に留めておきたいな、と。
医師の薬の処方の仕方って、本当に個人差がありますよね。私はたまたま家族に医療従事者がいて、いろいろな話を聞いて育つうちに、医師の薬の扱い方には常々疑問を持ちながら過ごしてきたので、処方されてもいろいろと自分で判断して薬を飲まないこともあります。でも、素人判断で困る、と言われることもありますし、実際に、それで困ることもあるのかもしれないと思いつつ、状況と個人の諸々の状態と症状と信念と、思いつく限りのことを鑑みて判断したいところですよね…。その判断の部分が自動的に他人(特に権威のある人などですと)任せになってしまうことが日々の中であるのかもしれないなと読みながら思っていました。
自分との対話、改めて意識する機会になりました。
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