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芸術に昇華する

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久しぶりにフラメンコライブに行って、ライブってすごい、アートってすごい、って思いました。

今回のグループは、大いに笑わせてくれ、ホリデーシーズン気分を彷彿させてくれるような演出。周りに座っていた方達が、中休みの時に、まるでヘレス(フラメンコの盛大フェスティバルが毎年行われる場所。)にいるような、それでいて、浮き足立ってないちゃんと根付いてる感じが、すっごく良かったよね〜、と言っていて、いつか将来ヘレスのフェスティバルに行ってみるのが楽しみになりました。

アートから受ける感動 というか心の反応って、言葉で表せない。
完全に言葉を超えている。
心の中に積み重なって堆肥のようにぐちゃ〜となってるものに光の矢のようにどこか深くに瞬時に入ってきて、化学反応を起こして、一瞬のうちに過去の色合いや意味合いを変えたり ただただその瞬間にそのクリエーションと一体になる喜び

しかしまぁ、歌舞伎も文楽もそうなんだけど、フラメンコも、歌詞がかなり陳腐なことが多い。
惚れた腫れた、裏切った、憎い死にたい、生活が辛い、、、

それを、つらつらと友達に話せばただの愚痴でしかない時もある。
それが、アート(音楽、踊り、演出)に昇華されると、別物に化ける。

生きていること、毎日を生きること、人との関係を生きることだって、その瞬間俊寛繰り出される言動が創造しているアートだと思うんだけど、
ショーをやってるわけじゃないからなぁ、
どんな舞台を今自分は作ってるのかわからなくなるし、ディレクターも、音響も、照明も、役者も全部自分である舞台だから、大変っちゃ大変。

フラメンコの表現全て、手首、指先の動き、体の使い方から、足で繰り出す音まで、
自分では到底できないけど、自分がかじったところくらいの少し先くらいまでが分かる感じが嬉しくて。。。

ため息しかない

心理療法で自分の心の深いところを探索した人だけが分かる、あの感覚に似てるか。。。

他の人ではない
自分でしか表現できないもの 自分でしか感じられない 言葉では表せないものがある




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# by totoatsuko | 2018-12-13 12:19 | Comments(0)

気球に乗る

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もう何年も前、
トルコのカッパドキアで、気球ツアーに参加して、気球のカゴに乗ってその特異な地形を眺めた
顔見知りをし始めた子どもを、宿のトルコ人に預けて。
すごかったな。

大きなカゴの上で、火力で気球内の空気の温度を調節をして、ボーボー音を立てて気球を空に舞い上がらせていた。

今回の気球は、風だけが頼り。
気球を操縦する彼と紐と金具で繋がれた私だけ。

地平線に沈む真っ赤な太陽をバックに漂う気球
空にいるときはすごく小さくみえるのに、ビーチに降りてくるときは、ものすごく大きい。

乗ってみたいのに 乗ると決めるまでにすごく時間がかかった
自分の足が地面につかなくなって 風に身をまかせるしかない状態になるのが無意識に怖かったの?
自分と、見知らぬ気球操縦士と二人きりになってしまうのが 不安だったの?
それとも 体験したこともないことを体験しようとするのに躊躇していたの?

気球は空気をはらんで 一気に空に舞い上がって すぐに波の音がきこえなくなった
人を飲んでた波が その存在すら小さすぎて見えなくなった
同時に想像もしなかった景色が目の前に広がった

Gosh!
How does the world look sooo different just seeing it from just little above! Stunning...

地上に降りてきたら 人の喋り声が騒がしく感じた。

Life is mystery.
You open the door or a door invites you to come through,

Journey.....






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# by totoatsuko | 2018-11-20 18:57 | Comments(0)

The person is not your significant

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一番古い友達だから? 大事な人だから? 家族だから? だから何?
本当の友達、本当の大事な人なら、自分にこんな思いをさせない。
それは、友達じゃない。それは関わり続けるべき関係ではない。


Some conversation from a drama scene.
H is M's boss.

M: He is not dealing drugs anymore.
H: So it was him. (who called you at the middle of the meeting)... He called you from jail?
M: ...
H: You know I make a living learning how to read people. Is that the kind of impression that you want to leave around here?
THIS GUY IS NOT YOUR FRIEND. He is an anchor dragging you down. Get rid of him.
M: He is my OLDEST FRIEND. I was not just gonna let him rot in the jeil.
H: What's gonna happen the next time? 'couse there will be a next time. You gonna bail him out. Put yourself in jeopardy?
M: You know it if it was't my oldest friend, you and I would have never met.
H: CUT HIM LOOSE.

M ignored H's advice.
Then, M got in danger again because of so called his OLDEST FRIEND.

H: That big brain of yours doesn't remember me saying cut ties with that looser?
First of all, he is NOT your friend. You want to know why I am loyal to R? He never tell a lie. He cares me even when he was being accused from others. Sowhat would your OLDEST FRIEND have been?
M:.....
H: Cut him off

結局、MとOLDEST FRIENDが刑事事件に巻き込まれそうになる程の状況になった時Hが手助けをし難を逃れ、Mは目が醒める。
旧友の事を思いやりながらも、これ以上は関われない、と伝え、関係を断つ。そして、悪友とのコミュニティーから脱し、別のコミュニティーでの居場所をMは確立していく。

Hの介入がなかったら泥沼になって人生を棒に振っていたかもしれない、そこまでになってもMは一人ではtoxicな関係を自らは断つことが出来なかったかもしれない。人生の中で強烈な時間を過ごした人との関係を断つのは、麻薬を断つのと同じくらい難しいことなのかもしれない。よくない影響を受けているとわかっていても、意識が飛んだときの蜜を手放し難い。そのプロセスは、自分の一部を切り落とすような壮絶な痛みや、悲しみ、喪失感や罪悪感さえ感じ、中毒症状のように、toxicな関係を取り戻そうとさえしたくなる。 Move oneするのは大変なことだ。








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# by totoatsuko | 2018-11-17 03:11 | Comments(0)

The other woman

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The other woman という映画をみました。


妻子ある男性と若いEが職場で出会って、

男性は離婚してEと結婚するが

色々ある中で、男性は、Eが自分との関係を持ったのは

Eが憎しみ蔑んでいる父親と自分を重ねていたからだ、

そして、自分はEの父親がEにさせたような思い、怒り、戸惑い、confusionをEとの結婚生活を続けることで自分の息子Wにやっている と気づきEとの婚姻関係を解消する。Wは、父親がEと離婚することで自分の母親とまた結婚すると一抹の希望を持っていたが、母親は別の男性と結婚し、その男性との子どもを産む。Wは将来、自分の大事な人とどんな関係を築く人間になるんだろうか?


Eは子ども時代に受けた傷に囚われている事に気づかず、痛みを感じながらより人生をこじらせ、自分にとって大事なものを大事にする事をより困難なものにしているようにみえた。


恋愛関係の時代に彼はEに言う

もうパートナーとの関係は壊れているんだ 終わっているんだ、と。


だから何?


かつては自分との恋愛関係のように楽しかった 

結婚したい程好きだった人(妻)との関係が本来望んでいない出来事が起きていく中で、その人と向かい合えなくて、

しがらみのない他の関係を始めて気を紛らわせる人なのだから、

将来自分と関係が長くなって複雑な問題が生まれてきた時、同じ対処の仕方を将来するんじゃないの? と

当然Eはまったく想像もしていない訳なのでストーリーが続くのですが。。。


子ども時代の経験があるがゆえに

自分が価値ある存在に思わせてくれる扱いをしてくれて、アテンションしてくれてると

(不倫してるおじさんも、別に騙そうとして言ってる訳でなく、彼は彼で自分の問題に向かい合えない中ででてくてる言動をしている)

今の奧さんにはできなかった事を、自分こそが出来る、彼と一緒に人生を作っていける、とEは感じてる。


親の離婚や夫婦関係の歪みによって自分が苦しんだなら

誰かの家庭を壊す手助けをし、子ども達からその親を奪うような事に絡んでいくなんてありえない、

というのはやっぱり理屈の話で、人間の心理って、過去を繰り返してしまう。


結婚相手にそれを指摘されて離婚されるまでEは自分が忌み嫌っていた父親をその男に重ねていた事に気づいていなかったので、Eは彼と無邪気に恋愛を楽しんでいた。


どれだけ昔の傷をひきづっていることが今の自分の選択や思考パターンに影響しているか気づいてないから、

同じパターンを繰り返して、今度は自分自身の選択によって自分の傷をえぐるような事をやり続けられる。


Eはいつもイライラ、いつも満たされない感を持ちながらも、自分の苦しみに対してはずっと無自覚で、だからこそ、その無自覚な怒りや苦しみが大事な人を突発的に攻撃する。自分が一番愛されているのだと確認したくて相手を試す。そして、あとで謝る。


子どもの頃に受けた深い心の傷を本質的に癒せるのは自分自身でしかない。

救世主はいない。 大人になった自分がその手当を自分にしてあげる事、誰かにやってもらうのではなく。


そうする過程で、子供の頃に無意識に学んだ ヘルシーではない愛の形、 偽りの自己イメージ をやめられるのではないかと思った。

関連する過去の投稿 憎しみはどうやって溶けていくのか




#音楽心理療法体験談 まとめページ


お問い合わせ、セッション予約 は letsmusicingATgmail.com まで。






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# by totoatsuko | 2018-11-13 02:45 | Comments(0)

24 hours job

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Website:Fake Job Post and interview

誰かの親をやる ってことを”業務”としてみるならば、
24時間休みなしの時期あり、給料はなし。別のところで生活費は稼がないといけない。
その代わり、やり抜けばお金には代え難いものがある。

それは真実。

だけど 違う真実もある。
24時間 どんなに努力したって業務を果たせないときもあるし、やり方が間違っていて、でもその間違いに気づかず何年もその仕事を24時間苦しみながら続ける。
値段がつけられない親子関係になりうるものが、
お互いにとって毒でしかないものをせっせと積み上げている場合もある。

それは、自分で気づいて、専門家の力を借りたりしながら自分が変わることで、やり方や方向性を変えられるかもしれない。
24時間、死ぬまでやめられない仕事なら、お互いにとってかけがえのない存在になるためにワークしたいものだ。

For parents who are doing this job on their own with or without any support for themselves. Eventhough, this job is so demanding and you work really hard with your best effort, the outcome may end up being disastrous. No guarantee for success. It can be said that it's extremely rewarding job, but the reality is that's not about the every single case...







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# by totoatsuko | 2018-11-12 15:35 | Comments(0)

声高々にいわなくていい楽さ

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香港でも、主に英語を話す人たちのコミュニティーに属しているので 
香港ローカルで英語を話す人達が言っていたローカル社会/価値観についてのことは肌で感じたことはまだありません。

ただ、今属しているコミュニティーの中で、少し話をしないといけない事象があって、時間をとって話をしたのですが、その時、私がすごく変な人でも変わってるわけでもない、と感じられたのが新鮮でした。

みんな違ってみんないい、って声たがだかにいう必要がないコミュニテイ。
そんな事主張しなくても、攻撃されることを心配せずに暮らせることを確信できてるコミュニティー。

だって、本当にみんな違うから、育った土地も、話す言語も、価値観も、生活するスタイルも。
逆におんなじところを見つけるのが難しいくらいだから。
言ってみれば、人と違う、という共通点がある、というか。


人と違うとか同じ、という基準じゃないところで人と付き合っている人たちと関われるのは、本当に気持ちいいな、と思いました。
だから、違う意見言ったところで、それを攻撃とか否定に取られなくて、そのことによってより議論が深まるだけ、という。
それが当たり前である、という。

こんな感じでお互いから学びあえ、支え合いながら、時に、各自で邁進しながら、人との関係を作っていくのは新鮮で
でも、そのためには、やはり 一人ひとりが 人としてmatureである必要をとても感じています。

HKだから、という話ではないと思っていて、
自分が決めて入っていくコミュニティーの人たち
あるいは、自分自身の成長が、そういう人たちとの繋がりへ導いていっているのかもしれません。

付き合わないといけない人なんかいなくて、
その付き合い方、距離感にもルールなんかない。

Uncomfortableな関係の渦中にいる時は そこに入るしかチョイスがないように思えるかもしれないけど、
自分にはそこにいることしかチョイスがないように思えるかもしれないけれど
自分が変われば、その人達は自分から離れていってくれるかもしれないし、
自分が離れる方法を自然と見出すかもしれない。



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# by totoatsuko | 2018-11-01 12:47 | Comments(0)

インセプション X 変遷意識状態での体験

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GIMセッションにおける 
変遷意識状態での体験のクオリティーは
その時その時、その人その人で異なる。
 
より深い変遷意識の層に降りていって
より幅広いdimentionで体験するには
クライアントのセラピストや音楽に対する信頼が欠かせない要素になってくる。

映画 インセプション では、本当に深いレイヤーまで登場人物たちは降りていっている。
映画の中:夢の中の体験 (変遷意識状態でのイメージ体験)を安定して体験することを可能にする不可欠な要素は強力な薬品とマシンに委ねられていた。そこの要素が、まさにクライアントとセラピストで構築する、トリップを始める以前の問題として重要かつ困難でもありうる、非常にヒューマニスティックな要素なのだけど。

勿論、トリップの目的も違う。
映画には描きたいプロットがあって

GIMセッションの場合は、自分の内面を自分でワークする、という目的にそって、セッションの内容は組み立てていく。だから、勿論、変遷式状態にトリップしたいだけとか、変遷意識状態に連れてってもらってトリップ体験事態やセラピストに自分の状態をなんとかしてもらいたい、というスタンスだと、セラピーのプロセスになっていかない、と言える。

トリップしたいだけだと現実逃避を助長させることになるかもしれないし、
トリップして見たものを理想化して、現実とのギャップに苦しむことを生ませてしまうかもしれない。








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# by totoatsuko | 2018-10-24 22:29 | Comments(0)

映画 インセプション x GIM

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2010年に公開された クリストファーノーラン脚本の インセプション 

かなりざっくり、しかも偏った視点からの纏め方になってしまうけど
顕在意識より深い意識の層 (altered state of consciousness)の中に入って、
過去の出来事に対するperceptionや記憶、feelingの色合いを変える操作を行って、
その結果、顕在意識レベルでの世界の捉え方、生き方を変える、というミッションが描かれている映画

他人が恣意的に操作しようとするところは全く違うのだけど、、、
自分のための変容のプロセスの途中で、
その変容を邪魔しようとするキャラクターや事故、
変容の価値を疑わせ、止めさせるための正当な理由を自分自身の心理的要因が創造したり、
そのプロセスが危険に満ちたものであり、とても繊細で、予想もしないようなハプニングが起きていくたびに
自分自身がそれと向かい合い、死にそうになりながらプロセスを前に進めて行くようなことろ
激しい葛藤
和解

そんな要素が、GIM/音楽心理療法の作業・プロセスと丸かぶりしている、と思いながらみていました。 

GIMのような深い心理プロセスが、こんな壮大な映画として、しかもメジャーなハリウッド映画として8年前に作られていた(クリストファーノーランは鬼才だと思うので、少し王道ハリウッドエンターテイメントとは一線を画しているという印象だけど)、というのに、私は今ちょっとした衝撃を受けています。

とはいえ、映画の中でも描写されているように、その深層心理の変容プロセスの”体験”はいつでも、自分自身の抵抗によって中断されたり妨害されたりする。
altered state of cosciousness の層での作業は、不安定で巧妙で壊れやすく繊細でありながらパワフルであるがゆえに、
映画の中で最終的に起こるような 内的な”変容” ”和解” ”resolution" に心理療法プロセスを通して行き着くには、
クライアントもセラピストも、相当な経験を通り越すことになる。

映画の最後の方で、全員が飛行機の席に戻った時
ああそうだった、今まで潜在意識の出来事をみてたんだ、と思わされたところに、この映画の作りの巧さを改めて感じました。

夢を見ている時は、多くの場合、夢をみていると自覚していない。
それくらい顕在意識から離れたところまで降りていって必要な心理作業が心理療法セッションできると 
(そのためには、セラピストや音楽に対する信頼の度合いとか、自分がreadyかどうか、等様々な要因がセラピーの作業の一環として構築する必要があ理、それがまた大きな仕事なのだけど。映画では、その要素は薬品とマシンに委ねられていた。)
本当に、”今” の感覚が変わる、自分や人、世界に対する感覚が変わる、というのは私自身のGIM体験から言えること。








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# by totoatsuko | 2018-10-23 10:35 | Comments(0)

聴きたくなる歌

d0065558_21585309.jpgたまに聴きたくなる歌 ってないですか?

私は、何かのきっかけで知った歌の中のほんの数曲をたまにふと思い出して、何度もリピートして聴きたくなる。

今夜は家の中が比較的静かで やらなくてはいけないことも少なかったので あの歌、どんな歌詞だったっけ?と聴きたくなって
歌詞の一言ひとことを噛み締めてきいて、一緒に口づさんでいた。

インターネットってほんと便利。歌詞の一部とかしか思い出せなくても見つけられる。
そして、同じアーティストの他の歌を発掘したいりする。

最後にその歌を聴いたときのことを思い出したり
そのとき社会で起きていたことに思いを馳せていたり
今の自分の感覚に重ね合わせて、感情をFlowさせたり。

一つの歌から感じることが七変化して心の中に様々な色で埋めていく。

心の中のエネルギーが解放されていくような感覚というか。
その感情の動きを主観的に体験しながら、客観的にその音楽体験についてや、そこから起草された思い、引き上げられてきた記憶、を具体的な文字に落としていくことで、同時に自分の存在に対する感覚が変化していっているのが再確認されていくというか。





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# by totoatsuko | 2018-10-15 22:12 | Comments(0)

家族という密室でまかり通るルール

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毒親サバイバル
という本が今年8月に出版されました。

自分の親を愛さなくてもいいんだ、許せなくても当然なんだ、そう思わせてくれるエピソードたち。

この本は、なんだか子ども時代辛かったな、
自分にとって大事だと思ってる人との関係がいつもうまくいかないな、ヘルシーじゃないんじゃないかな、

と思っている人には、そこから自由になるために自分が今の自分に何をしてあげたらいいか
道が拓けてくる感じを感じさせてくれるかもしれない、と思いました。


子どもは、自分の家庭がある意味全てであり基準だと無意識に位置付けして子ども時代を生きるので
自分の親が毒親であるかどうか、なんて考えることは稀です。
たとえ、親に殴られて、怒鳴られて、辛くて、ビクビクしてても、
お風呂もろくに入れなかったり、ご飯もろくに提供してもらえなくても、その世界しか知らなかったら、そういうものだ、と子どもは思う。
もちろん、貧しい国の貧しい家庭で育児放棄や虐待をしていなくて、ただ、習慣として、その土地の基準として、お風呂に毎日入らない、とか、食事の支度のされ方や内容が他の国の文化と違う、ということはありますが、、、それとこれは別の話。

田舎のクローズドな地域で生まれ育って
ネットにもアクセスできなくて、親や親戚、その地域の大人だけが情報源だったら
嫌なことが起きても、人生そんなもんだ、という大人しか周りにいなくて、
しかも、その地域から出て生きる、という選択肢も概念も持ってい人な感じ。

あるいは、例えば、スポーツ界の暴力
いい選手になるには暴力的なコーチングでないと選手を奮い立たせられないのが当たり前。
性的アビュースも当然応じないといけないもの。それは、自分が大事に思われてるからされてること、と自分に思い込ませるし、その理論がその世界ではまかり通っている。
そもそも、それが暴力、とか、アビュース、とかとは、双方が認識していない場合が多い。

自分が毒親のもとで育ってきたか
自分が毒親をやっているか

それは、自分ではなかなか気づくことができないかもしれません。

立ち止まって自分や自分と親、自分と子ども、を見つめてみるとき、(まず立ち止まろうと思うかどうか、のところにハードルがあると思いますが)
自分の家庭では当然だと思われたことが、自分の生きづらさや 人との関係を築く時に影響を与えているかいないか
というのは判断基準の一つになると思います。

自分が無力であるかのようにに感じさせる関係を自分で選んでいないか?
自己嫌悪になるような行動を繰り返していないか?

気づいてから、本質的に子どもの頃の経験から自由になるには長い道のりがある。
けれど、その生きづらさを生み出し続けている根源から自分で自分を解き放つこと、
どこにどう囚われているのか気づき、それらの鎖を断ち切ることは可能だと思います。




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# by totoatsuko | 2018-10-07 22:48 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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