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ちゃんと向かい合う 逃げない 戦う 勝ち取る 仲間を作る

d0065558_10404985.jpgそういうものだから
で済まされない、許されない風潮が少しづつ見受けられる。

ハリウッドの大物プロヂューサーだって、自分はsexual harrasment, sexual assault はやっていない、合意のもとだった、と言い張っている。
自分が持っているパワーを乱用していた、という自覚すらない。
もしかしたら、この業界では、それが ”当たり前” だと思っていたから
あるいは、そうせざるを得ない自分の心の闇の存在に無知だったから
そういうことが続けられたのかもしれないし、否定できるのかもしれない。

そんなことを考えていたら
何も大物プロヂューサーと若い女優の間、
大きなパワーを持っている人とそうでない人との間だけで起きてるようなことでもない、
と思う。

パートナーが悪気もなく浮気しても、見て見ぬ振り、知らぬ振りをする、
暴言、暴力を受けても、生活を荒げないようにしている人たちの話はよくきく。

そんな経験、求めているの?
誰も望んでそんな関係を築きたくないはずだけど、、、

女優としてやっていきたいなら、役を得て、今後のキャリアに道が開ける可能性と、
いっときの(あるいはある一定期間の)最悪な体験(ずっと心には残り続けるが)を天秤にかけ
キャリアを選びなら大人しく従っていた方が話しが早い、と考える。

自分に対して最悪なことをする人なのに
完全に信頼する相手には程遠い相手なのに、
時に、とても面白くてチャーミングでサポーティブだったらどうする?
若くて、キャリアがなかったり、生活が不安定だったら、乗っかりたいと思ってしまう、その心理がよく描かれてたのはこのNew York Timesの記事

子供を育てるにはお金がかかり、
自分一人の収入では受けさせたい教育を受けさせられなそう
もしかしたら、話をすり替えられて、子供すら自分から取り上げられてしまうかもしれない、
と思っていたら、黙って夫婦関係に波風立てない方がいい、という計算をするのもサバイバル。

訴えたところで、この業界の常識知らないの? と責められたり
作り話してこんな才能ある有名人を陥れようとしてるの? 
それぐらい我慢できる範囲でしょ、
みんな我慢してるんだよ、と言われたりして
さらにトラウマティックな体験をしてしまうと、さらに自分が立ち直れなくなるし
自分は何も悪くないのに、社会から抹殺されてきた人がいかに多いか。。。

アメリカは変わろうとしているが本当に変わるのか?
日本は変わる気があるのか、、、

変化にはいつの時も、大きな痛みが伴う。

まずは未来の大人の手本となっている ”現在の”大人たちの一人一人の意識や生き方接し方が変わらなければ。




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# by totoatsuko | 2017-10-31 11:34 | Comments(0)

それがいけないことだ って知らないから

子供の頃に父親から虐待され、それに対抗するために拒食症になって、体重が30kgになっても、母親も見て見ぬ振りをしていた家庭環境から
医師になって児童虐待防止のための啓蒙活動を行なっているセリーヌ ラファエル氏。

フランスでは、子供の虐待には無関心で、犬への虐待の方が社会的に話題になることが多かったそうだ。
彼女が本を執筆する過程で、父親も自分の父親に暴力を受けて育ち、母親の父もアルコール中毒だったことなどを書いて
彼らの生育歴と自分の経験が整理されていき、
そういう環境に育った人は その行為が ”虐待だ” とは認識できないのだと分かった、
とインタビューで言っている。

親には殴られるもの 
腹がたてば殴るもの
(殴られた、という認識もない。された事が、”殴る”という言葉で描写されるものではなく ”撫でただけ”という言葉がしっくり来る、と思っている場合もある)
そこに疑問を感じる余地がないほど思考停止、感情停止して生きているから
心は死んでるのに そのことに気づかず
普通に自分は生きてきた、だから 人生そういうもの、と何も疑問を持たない感覚というか。。。

彼女の両親は彼女の本を読んでもないし、虐待であった、ということも認めていないそうだ。

d0065558_10401269.jpg自分の行為に対して相手はどういう表情をしているかに対して興味を持たず、自分の行為が相手との関係に何を生んでいるか捕らえようともせず

自分は悪いことなんかやってない! と言い張りのではなく

相手のコメントにムカついたら、
その気持ちを観察して
そこに何か”自分の”重大な問題が潜んでいるかもしれない
と立ち止まる事ができれば、
自分を変えるプロセスを始める事ができるかもしれない。

そういう人こそ 心理療法 を経験したら より楽に生きられるんじゃないかと思うけれど
思考・感情停止してるので、自分のそういうところに自分で問題視して、なんとかしたい、なんとかしないと!
というアクションには繋がりにくいのが現実だ。







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# by totoatsuko | 2017-10-19 08:49 | Comments(0)

雑談よりも中身のある話

d0065558_10423950.jpg世間話は関係の潤滑油で必要なものだ。

今日はお天気いいね〜。
今って〜流行ってるよね。

しかしそんな会話、誰にでもできる。

どうせ自分にとって大事な人との会話に時間を費やすなら
自分がどう感じたか、どう考えたか、

食べたかどうだか解らないふわふわのパンを食事にするのではなく
どっしり系のパンでちゃんとした食事をするように

親しい友人や家族との会話は中身のあるものを交換し
関係をより強固で信頼できるものへと育てていきたいものだ。

”入れ歯だから” ふわふわのパンしか食べられない
というように、心がシリアスな話、核心をついている話に向かい合えない状態なら
入れ歯を自分の歯に戻してなんでも噛める口腔内状態にするように
セラピーで 自分が自分とシリアスな会話をし
中身のある会話を楽しめる心の状態へ変わっていくことで

他者との中身のある会話が楽しめ
相手と深い関係を築ける自分になれたら
より人生を味わえ より幸福感を感じられるテイストが育っていくのではないかと思う。





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# by totoatsuko | 2017-10-17 17:17 | Comments(0)

”体験”に投資する

d0065558_21211024.jpg自分に投資する
自分の糧となるようなものに投資する

確かにモノを手に入れ、所有し、
それを身につけたり、
眺めたりすることで幸せな気持ちになれる。

けれど
自分の発想を豊かにしてくれる体験への投資や
自分の体や心をよりよい状態にするためへの投資だと

それは、誰かに、お、かっこいいジャケットだね、という風には気づいてもらえないモノだけど
人に気付かれなくたって、人に褒められなくたって
自分の ”生きている感覚” が変わる体験をすれば
”自分が” が何よりもその 投資のリターンの証人である。 


ただ、人に認めて貰わないとその価値を確認できない人には割に合わない投資の仕方かもしれない。

そんな人は まさに ”人に評価されることを目的としない” 自分のためのセラピーに投資して
他人がどう言おうと関係なく 自分がいいと思った感覚を自分が肯定でき
自分が良い状態になることに価値を見出せる自分になれると
より生きやすく よりよく生きられるのではないか、と思う。



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# by totoatsuko | 2017-10-14 20:36 | Comments(0)

心のレントゲンを撮る

d0065558_19585774.jpgレントゲン写真を見る

骨のつき具合や、ねじれが、はっきりと見てとれる。

皮膚の上からでは決して解らないレベルのことが
くっきりわかる。

セラピーの中で行う ”絵を描く” という作業と、
その時描かれるものは
心のレントゲンを撮って、
それを見て診断していくような感じだと思う。

思ってもみないこと
なんとなく気づいていたこと

それが、抽象的な色と形を通して、
象徴的に紙面に投射される。

レントゲンと違うのは、レントゲンは機械で撮るけれど
自分の心を描く作業も 自分自身で行う、というところ。

描いている作業にも、いろんな感情に気づきが生まれる。
描き上げたものについて、描いている時の感情についてセラピストと話すことで
自分の心の構造が見え

自分の心に痛みを生じさせている箇所を セラピーを通して ”治療” していくことを可能にする。






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# by totoatsuko | 2017-10-14 19:59 | Comments(0)

故人を自分の中で生き返らせる?

d0065558_16220905.jpgグリーフプロセス。

母の死は予期していたし

母の病気の事、母が亡くなることについては、母と何年にも渡って、いろんな話をしてきた。


だからと言って、母が亡くなった後、

自分の気持ちの整理が簡単にできるわけではない。


母が亡くなったことについてグリーフプロセスをやりたい、と音楽心理療法セッションに来たクライアント。


自分とお母さんとの関係ってどんなものだったんだろう、

と篤子さんに聞かれて、

正直 “わからない” という感覚がまず浮かんだ。言葉で表せない、とかではなく、“わからない” という感覚。

ただ、とてもとても大事な言葉で表せないもの、という事だけはわかる。


では、その“言葉だけでは表せない”と表されるものの細部をセラピーで知っていきませんか。

その大切なものがどんな素材で作られているのか。


というと


やってみたい、という気持ちと

もしそれが分かって、分かったと同時に、もうその大事な要素が自分に存在しない(お母さんが亡くなったから)ということを目の当たりにするのは辛くて怖い

お母さんはかけがえのない存在だった、とぼんやり思っている方が楽かもしれない、

という会話をしました。


そして、話の流れで、やはり自分と母とのことをもっと知りたい、という気持ちに彼女はなりました。


Guided Imagery and Music で、音楽を聴きながら体験したお母さんとの関係のイメージは、黄色くてあったかいものに包まれて安心仕切っている自分、でした。そして、恐れていたこととは裏腹に、

イメージの体験と通して “心のレベル” で母との関係を追体験・再体験することで、母の肉体は存在しないけれど、自分の心の中では、”まだ母が生き生きと存在している”と“実感” したのでした。


大事な人が自分の人生から“肉体が死ぬことで”消えてしまう、その悲しみは言葉で表すことができません。

しかし、心理療法を通して、心の深いレベルでその存在を再確認できたら、その大切な人と過ごした時間、その人との関係で学んだこと、吸収したことを、心の中の “失ったものを入れる箱” に仕分けして、その中にしまったままにせず、日々の中で、その大切な要素をありありと感じながら、その人の存在をより身近に感じながら、大事なものと共に生きることができるんです。


深い感情体験は、ポジティブなものにせよ、ネガティブなもの、どちらにせよ自分の価値観や生き方に影響を与えます。その体験によって、自分を傷つける生き方を選んでしまう、そんな道を歩いてしまうこともあります。でも、その心の痛みの深さ、痛さを本当に知っているから、だからこそ、そんな痛みを感じる状況に自分を絶対に陥らせない生き方をしよう、という情熱に繋がる。


失ったものが何か、を心理療法レベルで知っていこうとすることは、絶望的な気持ちになるとは限らない。

実は、本質的には、自分は大事な人、大事な時代を失ったのではなく、大事なものは自分の中で確かに存在し続けている、と気づけるかもしれない。


グリーフのプロセスは、故人を再び自分の中で再確認し、再び蘇らせることにつながるかもしれない。



#音楽心理療法体験談 まとめページ


お問い合わせ は letsmusicingATgmail.com まで。

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# by totoatsuko | 2017-09-13 16:36 | GIM:音楽と深層心理イメージ | Comments(0)

負の思考連鎖

d0065558_09033615.jpg相手に対してやってること自体はいいことをしていたし、
私が話しかけたから良い対話が生まれていたんだけれど
同じ空間で他のことをやっている人には
話し声が邪魔だったようだし、
私は本来そちら側のアクティビティーに参加することになっていたので
「その話するなら外に出て」と言われて当然だし、だからすぐに話すのをやめたのだけど

その後、
あーなんて私バカだったんだろう
なんでそんな事 配慮できなかったんだろう
この人どれだけ私に腹立ててるかなぁ

私の話してる内容がこの人のプライドを傷つけたのかなぁ
他の何の要素がこの人の気にそんなに触ったんだろう
なんでこの人はあんな言い方、伝え方をしてきたんだろう
ちょっと強すぎるんじゃないか

という妄想がぐるぐる回り始めて

おまけに 過去に自分が不注意だった出来事を思い出して
それでさらに自分を責めてる自分がいて

こうやって 負の妄想って簡単にすっごいスピードで広がるんだよな、と我ながら思う。

でも、これくらいの自分の不注意でこんな程度に注意されても
こんな風に自分を責める発想って生まれないのだけど
どうやら ”この人” に ”あのシチュセーションで言われた” という要素が過去の何かすごく嫌だったことを投影するには格好のスクリーンで
自分の 今の実体験 の解釈を自分で歪めている

そう自己観察したので

その妄想から離れるために事実確認。
意図的に邪魔をしたわけではない。
間違った行動はすぐに訂正した。
目の前の相手は怒っているようには見えない。
もし私に対してもっと言いたければ相手はいってくるはず。
今やるべきことはやっている。
自分が自分の妄想で気持ちがマイナスにいっている。

そして、今やるべきことにフォカースしようとする。
が、あ〜バカな私 というつぶやきが何度か浮かんでくる
が、受け流す。ループから抜け出せてないな、まだ、と自己観察。

30分後には、この場から離れる。
私を注意した人からも、された場所からも一旦離れ、視覚的にも聴覚的にも別の景色を見るし、
違うエネルギーが流れているところに行くので (これって気分、気持ち、思考を切り替えるのに結構有効手段。)
そこに移動すればもう少し自分の気持ちが切り替わるだろう、
と思いながら、負のつぶやきを受け流し続ける。
目の前の事に五感を研ぎ澄ましていると、負のつぶやきもあまり聞こえなくなる。

その後別の場所に移動して、別のことを始めたら、
注意された瞬間ボワっと始まって 一瞬手がつけられなくなった自己批判の洪水がほとんど止まった。

その後 注意した人と顔をあわせることがあったが何も言わない。
今 私のことをどう思っているかも その人と話してないから分からない。
その人は私に再度何かを伝える、と言う行動を取らなかった。
モーレツに腹を立ててるかもしれないし、注意したことなんか忘れてるかもしれない。
しかしその人がどう思っているかは自分にとって重要ではないのでその人に確認しわざわざしないでおく。

些細な出来事から、少しの時間だったけど、
こんなにも妄想が膨らんで、自分の中を自分で嫌なもので満たしてしまった自分が残念。

でも、いい勉強になった、自分が実験台になって。
妄想力ってすごい。

どうせならポジティブな記憶を連鎖して思い出して、
ポジティブ妄想で気分をあげ
よりプロダクティブでクリエーティブな時間を過ごしたい。



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# by totoatsuko | 2017-08-26 18:03 | Comments(0)

それって嫌なんだ〜

d0065558_09044223.jpgそんな風に言われるの私嫌だから 付き合うのやめるね

に対して

え〜、そんなことで傷ついてんの? 世の中そんなのばっかだよ。生きてけないよ。

罵倒されても
挑発されても
バカにされても

そんなの当たり前じゃん
っていうか、それ罵倒って言わないし
”普通”の会話の軽いノリだよ それも分からないの?

鍛えてあげてるんだよ 世の中で生きていけるようになるために
これは愛だよ

とか言われたら

自分が この人やだ、と思う気持ちが間違ってる 
自分はもっと強くならなきゃいけないんだ 
自分が生きてきた中ではこんな人に出会ったことなかったけど
実は自分は世間知らずなだけで、世の中こんなものなんだ、と何故かその人の言うことを信じてしまって、誤学習して
嫌な人と付き合いを続け 自分が汚染されることを自分で許し 自分が死んで行くのを放置して行くかもしれない。

弱虫な人
何気ない言葉を大げさにとって大騒ぎしてる人
と言いふらされるのが怖くて 嫌なものを嫌と言えなかったりするかもしれない。

でも、嫌なものは嫌 距離を取りたいのなら取りたい
その気持ちはリアルなのだから 
その人から色々言われるようなことが”怖い”から付き合い続けるのではなく
自分が安全と思えるところまで後退して、安全な距離感を保てたらいいんじゃないか、と思う。

その相手が、本当に自分を強くしてくれる信頼関係に基づいた関係なのか
単に相手が自分ではどうすることもできなくなっている感情のはけ口に自分がなってるのか

そして、相手を攻撃し返そうとしないこと!!!
こんなに自分に嫌な思いをさせてギャフンと言わせたい、って
それでは、自分が相手のような人間になっていってしまってるのと同じ。

そのループから離れる。
その負のエネルギーの渦やエリアから離脱する。

そして、いいエネルギーを生める自分になる。
そして、いい状態になって行く自分を誰にも邪魔させないこと! 
結構 これが難しい
何故なら また新しいシステムで新たに生まれ来始めた光は 無限大の闇に簡単に飲まれてしまうから
まだ、その闇を照らし 闇が近づけなくするほど 成熟しておらず どっしりもしていないから。

だから セラピストが
途中で元に戻ってしまわないように
確実に これまでとは違う自分に変わる過程を支えるのだ。


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# by totoatsuko | 2017-08-24 09:54 | Comments(0)

怒ってもらえるってありがたい・・・の?

私って怠け者だから ビシーっと喝を入れてもらえると ピシッ とできるんだよね。

その喝の入れ方が
その人の人格を否定するような言い方だったり
はたから見たら 単に自分の感情のはけ口の対象にされてるようにしか見えない場合もある。

大人同士の関係

頭ごなしに言わなくても
いつからやらなければいけないことに取り組み始めるのか聞く、
動き始めて欲しい旨を伝える
今動くべき理由を伝えることだってできるのだ。

しかも、喝を入れてもらわないと私ずっとダラダラしちゃう、という自分と相手の捉え方は
共依存という健康的でない関係を示唆するものがある。

もし、その人がダラダラしがちなんだったら、それはその人の特徴なのだから 本人も、そのパートナーもその特徴を受け入れる、という選択肢だってある。
その人の特徴を利用(理由に)して 虐待関係を繰り返しているだけに過ぎないとも言える。

その鼻の形が気に入らないって怒ってるのがナンセンスなのは分かるでしょう?
鼻の形は変わらないんだから、そこに怒ってる方がおかしいし、
自分の鼻の形を怒ってもらえていい、と思ったり、自分で自分の鼻の形がおかしい、と否定してるのも変。

その鼻の形のせいで呼吸がうまくできなくて健康に害を及ぼしてるなら
鼻の形を批判するんじゃなくて、専門家のところに行って、その問題を建設的に解決するべき。
専門家のところに行ったら、息が浅いのは鼻の形のせいではない、と言うことが判明するかもしれないし。

その特徴が家族の運営、関係を続けるのの妨げになっているなら
本人が自分と向かい合って、自分を本質の部分から変容させるセラピープロセスに取り組んでみるとか

その人の特徴が許せない! と思っている人がセラピーに行って、
許せなくて怒りを爆発してしまう自分を変容させて行くプロセスを行なっていけたらいいのではないかと思う。

無駄な自己批判はやめよう。
無駄な攻撃のし合いはやめよう。
無駄な家庭内・組織内戦争はやめよう。




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# by totoatsuko | 2017-08-24 09:34 | Comments(0)

私ってヤバいよね

d0065558_15304620.jpg
私が音楽心理療法士の仕事をしている、仕事内容はこんな感じ
と言ったら

私って篤子さんからみて結構ヤバいでしょ
行ったほうがいいと思うんだよね〜 (心理療法)セッション。
今度行くから〜 絶対行ったらいいもん。必要だもん。
(今)教えて欲しい、どれくらいヤバいかとか、何がヤバいか。

という感じに言われることある。

相手がお医者さんだったらそんな風には言わないんじゃないかな、と思う。
私 体調悪いんですよ〜 絶対手術してもらいにいったほうがいいですよね。
ところで 今 見た所 どれくらい悪いですかね? って。



人の内面のことなんか私には分かりっこないし
何かを察したとしても プロフェッショナルな療法士・クライアント という working relationshipでない限り
その人の問題に対してコミットしないので (そんないい加減な接し方はできない。お医者さんがただの部屋でいきなり手術しないのと同じ。)

私は何もコメントせず、本当に予約したくなった時のために連絡先だけ伝えて、そのシーンから逃れるしかない。


そして、だいたいそういう人は セッションに来ない。
気休めが欲しいだけなのかもしれない。
本気で自分と向かい合わなくて済むように 気休め をいっぱい探し渡り歩いてるのかもしれない。

ダメ出しされたら それはやっぱり自分はダメなんだ と安心し
そんなことないよ、と言われたら その時だけ結構自分いけてるかも、と思ったり、
この人本心で話してくれない、と思って
それらの言葉は 日々 掃いて捨てられていく言葉のちり
目の前を霞ませてくれて 傷の深みを見なくてすませてくれるほんのいっときののもでしかないのかもしれない。

音楽心理療法は気休めじゃないし、治してあげられないし、占いでもない。
その人が自分自身で変容して行くための手助けをプロフェッショナルにサポートして行くのが私の仕事。

その人が 本当に予約の連絡をとってきて、本当に予約の日時に現れたなら
私も本気でその人がより良い方へ変容して行くためにコミットしていくし 
雑談ではない セラピーとしての会話や、アートワークを行っていく。



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# by totoatsuko | 2017-08-23 15:48 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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