カウンセリング@代々木上原・音楽療法・心理療法 GIM

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音楽療法ワークショップ@ボストン

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近日、深層心理と対話を促す、Guided Imagery and Music (以下GIM)というイメージと音楽と色を使う、体験型の音楽療法ワークショップ (2時間)を行ないます。

このワークショップは、音楽療法のひとつ、GIMの紹介を目的とするものです。

対象者:
1.セラピー行くってなんだか自分に問題があるみたいで、抵抗を感じている方。
あるいは、自分は、なにも問題がないから、関係ないと思っていらっしゃる方。
(問題はなくてもいいんです、自分の深層心理に触れてみませんか?)

2.音楽療法って、聞いたことや読んだ事があるけど、
実際どういうものなの?と思っていらっしゃる方。

3.慣れない海外生活、子育て、留学生活を営むなか、
自分の心と向かい合うきっかけを探していらっしゃる方。

4.音楽療法、アートセラピーを勉強していらっしゃる方。

東京でのGIMグループセッションの体験談を書いてくださった方のページは以下です。
http://chou.jugem.cc/?day=20040627


日時:
10月13日(木)午後3時ー5時(満席)
10月15日(土)午前10-午後12時 (満席)
10月17日(月)午前10-午後12時(空きあり)/ 午後6-8時(満席)
10月21日(金)午後5時40分ー7時40分 (満席)
10月22日(土)午前9時半ー11時半(空きあり)

場所:Boston、 Allston

1グループ4名限定、一人$10.

興味がある方はメールでお知らせください。
letsmusicing@gmail.com

4人お集まりになって申し込まれる場合、ご都合のよろしい日時を調整いたしますので、お知らせください。

参加された方、後日感想を送ってくれた方、どうもありがとうございました。
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# by totoatsuko | 2005-10-04 05:13 | Comments(0)

What is Music Therapy?ー音楽療法ってどんなもの?

d0065558_16101961.jpg1.自分探しのためにセラピーって誰でもいくものなんですよ!別に自分に問題があるから、という理由ではなく。

私たちは、学校で先生について勉強したり、書物を読んで知識をふやしたりするけれど、
自分について知る、自分の心を探ろうということをなかなかしない。

自分のことなんて、分かってる、って言われるかもしれませんが、
自分って、もっともっと深くて広がりがある、
そう簡単に把握できるものではないと思いませんか?

セラピーは、そういう自分を知るための場でもあるのです。

例えばジムにいって体のエクササイズをす。ちょっと肩がこったから走りに行こうかとか、カラダがむくんでいるから運動しよう、とか。

それと同じで、心がもやもやしたり、悲しかったりと、バランスを崩すこともありますよね。
でも多くの場合その気持ちと向き合うのではなく気晴らしにショッピングとか、友達と話をしてすっきりする、そんな対応する人が多いです。

セラピーでは、そうやってどこかにおいやられた気持ち、心、記憶ときちんと向かい合う場です。

どんなに忘れても、腹が立った自分は消え去らず、無意識のうちにその怒りに、行動をコントロールされてしまう。

たとえば、つい意識しないうちにいらいらしていて人にあたっている自分に気づくことはありませんか?ふと何もないのに、涙がこぼれてくることはありませんか?それは、どこかの片隅に無視しつつけられ、追いやられてしまった心が、あなたに何かを伝えているのです。もっと注意を払って!と。

もうひとつ、あまりにも耐え難い体験を過去にし、記憶から抹消してしまう人もいます。でも、その体験はその人のどこかにのこっていて、例えば”鬱”っぽい状態から抜けられなくなっている人もいます。そんな人の中で、自分ではどうして欝っぽいのか理由がわからないので、精神科に行って鬱の薬をもらってたのですが、治りません。

ですが、セラピーにきて、そのつらい記憶を思い出し、その体験がどれだけつらいことだったか自分で認識したとき、その自分に今できることはなんだろうか、と前向き考え始められるようになります。

このプロセスは、セラピストと、音楽とクライアントの真剣な対話です。なぜなら、その記憶を呼び覚ますことはとても怖いことですし、とてもエネルギーを要するものだからです。でもセラピストは、クライアントがバーンアウトしないよう、ペースをつくり、支え、注意深く音楽を使い、深い愛情を持って、クライアントと一緒にこのプロセスを歩んでいくのです。


ミュージックセラピーを体験した人の話

東京でやったGIMグループセッションの体験談を書いてくださった方がいますので、ご覧になってみてください。
Guided Imagery and Music Therapy Group Session Experience

Woody Allen の映画のように…

GIMセッションは、音楽を通じて自分との会話をしていくプロセス、いわば音楽を使った心理療法(サイコセラピー)です。

心理セラピーは、Woody Allen の映画などで見たことがある方もいらっしゃると思います。最近では Analyze me, Anger Management という映画でもありましたね。短くいうと、音楽心理療法では、通常言葉を主なツールとして行われる心理セラピーと比べて、音楽も主なテクニックとして使っていきます。

また、私のセッションでは、絵を使うこともあります。言葉では表しきれないもやもやした気持ち、不安感を、音というものに転換して表現してみると、自分の気持ちに対してもう少し理解が深まるでしょう。もう少し詳しいことや、実際にセラピーのセッションを体験した方の体験談については、Therapy Sessionsのページを参照してください。


最後に「こころ」とちゃんと会話したのは、いつでしたか?

悲しかったり、腹が立った 「こころ」に味方になってあげたり、慰めてあげたことはあったでしょうか?

不安で心配でしょうがなかった時、そんな気持ちを否定しないで、例えば≪楽しい≫と思う気持ちと同じ位その存在を認めて向かい合えないでしょうか?向かい合うのが辛い気持ちも、私たちの「こころ」が同じように体験している大事なことの一つなのです。

誰しも日々ふと疑問に思ったり強い感情体験をする事があっても忙しさの中で素通りしてしまいがちですが、このセッションを通じて、少し自分自身と向かい合う時をもってみませんか?

私はどこを歩いてきて、今どんな所を歩いているのだろうか?そして私は何処に向って歩いているのだろうか?

そんな問いに答え探しをセラピストと一緒に行なっていく事が、ミュージックセラピーセッションでの過程で起こります。
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# by totoatsuko | 2005-10-04 03:42 | 音楽療法セッション例 | Comments(0)

Q&A 5: アメリカでの音楽療法の需要

d0065558_1225227.jpgQ: 音楽療法は保険も効かないし、個人でセッションを受けようとする人は少ない、
また、今、病院や施設もミュージックセラピーの分野を縮小していて、高いお金を払って大学院を卒業し、頑張ってライセンスを取っても、インターンシップを取っても、なかなか定職の道が無い、と聞きました。

ミュージックセラピーアソシエイトのホームページで、マサチューセッツの求人を見てみると、少なくはありますが、定期的に募集もあるようですし、また、ある大学のサイトでは、「ミュージックセラピーの需要が急激に増えているので、今がチャンス」のようなことが書かれていたりもしています。大学は生徒募集の為の大げさに宣伝している、ということも考えられますが、色々な情報が交錯している中、現実はどうなのだろう、と不思議に思っているところです。

もちろん、本人次第だとは思うのですが、実際に、ミュージックセラピ-の需要は如何なものなのでしょうか?


A:マサチューセッツ州では、Expressive art therapyという資格がありますし、最近、NY州もアートセラピーの資格が認められましたから、個人の音楽療法利用者がセッション料の一部を保険をつかって払う事ができます。

ただ、ひと昔前のサイコセラピーを受けるというブームは去ったような気がします・
薬と比べてすぐに、はっきり効果が他者からみえないし、お金もかかる。
個人のセラピーに来る人は、減っているのかもしれません。

NYにある様々なサイコセラピーインスティチュートのReferal centerは、問い合わせがほとんどないため、機能していないも同然の状態だということを最近ききました。

d0065558_1214047.jpgしかし、病院、学校、ナーシングホーム等での雇用は常にあるようです。
ただ、音楽療法士でも、レクリエーションセラピーという名前で雇用されることも多いようです。

受け持つ患者さんの人数がとても多い場合が多いため、かなり多忙であるし、仕事の内容からも、精神的にも肉体的にも楽な仕事ではないことは確かです。
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# by totoatsuko | 2005-10-04 02:41 | Comments(0)

Q&A 4: どの心理療法・セラピーがよい?

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4. 音楽療法士になるには、どのような心理療法・セラピーを受けることが一番いいのでしょうか?音楽療法や芸術療法、もしくは何か特にコレを!というものがあれば教えてください。


ひとそれぞれ違いますので、どれがいい、と一概に言えないです。
また、療法士さんとの相性もあると思います。

ひとことに音楽療法、芸術療法、といいましても、深層心理を扱わないスタイルのものもありますので、事前に確認される必要もあるでしょう。


ある考え方として、自分が学びたいスタイル
音楽療法士の方なら、深層心理を扱う音楽療法のスタイル、例えば*Analitical music therapy、Guided Imagery and music (他にも色々ありますが。。。)を選ぶ、というのがあります。

何故なら、セラピーは一義的には自分のプロセスのためですが、セラピストとしての自分の学びもあるからです。セラピストがどのように音楽を使っているか、そして、その音楽が自分のプロセスにどう働きかけてくるか、実体験を通して学べるわけです。

しかし、言葉によるセラピーでも、ダンスセラピーでも、何であっても、自分のプロセスができるものであれば、それでよいと思います。

近年、日本にもユング研究所が出来、ユング派の認定セラピストが何名かいらっしゃるのを、ニューヨークのユング研究所に出入りしていた時に耳にしました。もし、ユングの考え方に共感をもたれていらっしゃるのなら、そちらにお問い合わせになってみるのもよいかもしれません。

ユンギアン セラピーは言葉が主な手段ですが、箱庭を使われる療法士の方もいらっしゃるようです。

*Analytical musictherapy (アナリティカル ミュージックセラピー):即興演奏を通して、深層心理を扱う。日本では、小平 孝子さんが、認定Analytical music therapistでいらっしゃいます。


>ただ、日本ではかなり心理療法を受けにくいように思います。先生は大学院のプログラム(海外)であったとのこと。日本ではそれまでしてくれる教育機関がないように思います。

日本では、心理療法を経験しなくても、心理療法士の資格をとれるようですね。

アメリカの音楽療法学科でも、学校がカリキュラムの中に心理療法を組み込んではいません。任意です。ですから、心理療法を経験した事がない心理療法士・音楽療法士はアメリカにも沢山います。

ただ、日本との違いは、探せばちゃんとした心理療法士がいる、という事でしょうか?
いえ、私が日本にいないため存じ上げていないだけで、探せば、沢山日本にもいらっしゃるのかもしれません。
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# by totoatsuko | 2005-10-04 02:40 | Comments(0)

Q&A 3: いい音楽療法士になるためには?

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3.いい音楽療法士になるための努力というのはどういったことだと思いますか?

私は、”セラピー”(心理療法)に行くこと、が大事だと思っています。
自分の深い部分を知らなくて、どうして他人の深い部分を扱えるでしょうか?
セラピーを体験したことがなくて、どうやって他人にセラピーを施すことができるのでしょう?

それは、言ってみれば海に行ったことがことがないのに、
”海って楽しいから一緒に行こう。海での体験はキミにとって有益だよ”
といっているようなものです。

海は、穏やかな日もあれば、しけてるときもある。
無知な人間にとっては、とても危険な場所。

人から聞いたり、読んだりして分かったつもりになっているなんて、とんでもない。
そんな無責任な事をするべきではないと思っています。

人間の心・体・魂は、計り知れない海と同じくらい深くて広い未知な領域が沢山。
自分の中でどんなことが起こっているか、どんなことが起こりうるのか、完全に把握するのは不可能だけど(私たちは瞬間瞬間変化しているから)、その深層心理の層と対話を続けていくことにより、クライアントの心の深さを推し量れるようになる。

そして、クライアントと深い部分でコミュニケーションをとることが可能になると思っています。


もうひとつは、常に学び続けることでしょうか。
音楽療法はまだまだ未熟な学問で、新しい考え方、理論が出続けています。
スーパービジョン(第3者の意見を聞くこと)を受け、ひとりよがりにはならないことも大切です。

常に視点を広く、柔軟であることが必要だと思います。
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# by totoatsuko | 2005-10-04 02:36 | Q&A | Comments(3)

Q&A 2: 音楽療法の実態とは?

2. 効果が上がっているという意見や体験談のようなものがほとんど無くて実体がまったくつかめません。これは、日本ではまだ実際に治療を現場で生かせるレベルに達さないということでしょうか?

なかなか表には出てきていないようですが、様々な分野(子供から年配の方まで)で結果を出している療法士の方は沢山いらっしゃいます。

日本の音楽療法学会の会員になれば、学会誌が購読でき、学会や勉強会の情報も得る事が出来ます。日本での音楽療法活動については、新聞やテレビで特集されてもいるようです。

海外の実際の音楽療法セッションについての情報は、以下の方法で得る事できます。

アメリカの音楽療法協会
の会員になれば、英語の学会誌が届き、論文を読むことが出来ます。

ノルウェージャーナル(英語)も、かなり内容の濃いものを出しています。


そのほか、本屋さんにいけば、音楽療法に関する本(翻訳を含む)が沢山出ています。
Case Studies in Music Therapy (Barcelona出版)は、私のNYU時代の友人が今翻訳中のようですが、色々な音楽療法のスタイルが紹介されているので、お勧めです。


日本では、音楽療法は保険でカバーされていないので、音楽療法士を正規で雇用する病院は限られています。音楽療法を受けたい人は、自己負担になってしまう。その結果、音楽療法がとてもいい結果を生むであろう人に、サービスを提供する事が出来ていないのが現状のようです。

また、音楽療法セッションを提供する事によって国からの補助が出るので、老人施設が音楽療法という名の、音楽タイムを設けているところが沢山あります。しかし、利用者さん主体で雇用してはいないので、2人のセラピストが20人を相手に1時間のセッション週一回をやる、というとても音楽療法をやっているとはいえない事態が起こっています。
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# by totoatsuko | 2005-10-04 02:19 | Q&A | Comments(0)

Q&A 1:音楽療法士の適正とは?

d0065558_5221661.jpg読者の方からの質問に、私なりの考えをかいてみたいと思います。

これらは、あくまでも私見であることをここでお断りします。

***

1.音楽療法士の適正とは何ですか?

こういう人でないと駄目だ、というのはないと思います。
しかし、人間的に成熟していないと自分自身が精神的に疲れてしまうし、深い内容のセッションが出来ません。


例えば、ある人が海辺で丸く固くうずくまってお腹を抱えて痛みをこらえている所を想像してみてください。何がどう痛いのか喋れないほど痛がっている。
そして、あなたはその人のセラピスト。

質問をして、何が痛いのか説明してもらう?
それとも、一緒にその人が望む限り横にずっと座っている?

私は、まず、自分Empathy (共感、自己移入)出来る事がとても大切だと思います。
他人の痛みを同じように感じる事は出来ませんが、それを汲み取る事はできます。
ちなみによくある落とし穴は、自己移入の過程で、なにがクライアントの痛みで、何が自分が抱えている痛みか分からなくなり、自分も心と体のバランスを崩してしまう事。

同じ目線になって感じるために、同じように丸く固くうずくまってお腹を抱えて、体の圧迫感を感じてみるのも、一つの方法。また、自分の個人的な経験の記憶から、その人の痛みを想像するのもひとつ。

でも、ずーっと長い間その人がうずくまったままで、自分の足がしびれてきたら?
いつまでもぐずぐず言っているその人にいいかげん嫌気がさしたら?
海の波が高くなって、そのままいては、自分の身の危険を感じたら?


一方で、その人は、足なんか痺れていないかもしれない、もっともっと泣き続ける事が必要かもしれない、荒波にのまれることなんて、今の痛みにくらべると、全然たいした事じゃないかもしれない。

自分のエゴ、欲求を認識すると同時に、
その人にとってもっとも大切な事を把握し、それにとことん付き合えますか?

それを可能にするには、海の怖さ (例えていうなら、恐ろしいほどの感情のうねり)を知りつつ、その海との付き合い方を知っており、どっしりと構えていられなくてはならない。

その人が、自分なりの道筋、答えを見つける旅に、
たとえその道なりが荒波のなかであろうと、不気味な音につつまれた暗闇の森であろうと、共にその場を共有できる・それが、責任ある療法士であるための条件の一つだと思っています。


それと、もう一つは、音楽が使える事。

アメリカの大学院音楽療法科の入試では、何らかの形で演奏の技術を問われます。音大レベルのものを求めるところもあれば、趣味で楽器(あるいは声)を使えるものでよいところと、様々です。

大学によって、音楽療法の教え方、流派みたいなのが違いますから、詳しい事は、それぞれの大学に問い合わせることをお勧めします。

音楽を道具としてつかって他人とかかわるのですから、なんらかの形で音楽が使えることが必要です。
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# by totoatsuko | 2005-10-04 00:45 | Q&A | Comments(0)

1リットルの涙

d0065558_12135976.jpgこの夏、日本に帰ったときいただいた本の一冊が「1リットルの涙」。

難病と闘い続けた女の子の発病から6年間の日記をまとめたもの。

彼女の"生きたい” ”発病する前の元気な状態にもどりたい”、という思いが切なく胸に響いた。

そこには、生きている喜びとは別に、どこにもいけない堂々巡りの怒り、悲しみ、諦めの気持ちが何度も何度も記されていて、涙を誘った。

それと同時に、自分自身を責めている文章が、とても多いと感じる。

責める必要なんかないのに。。。

薔薇が薔薇であることに何の罪が無いように、
(たとえ、その棘が人を傷つけようと)
彼女が彼女らしく生きる事に罪は無い。

おしっこが間に合わなくてもらしてしまい、余計な手間を作ってしまうこと、
家族の期待にそぐわず、病状が進行していくこと、
めんどくさくて、やらなくてはならないこと事をさぼること
怒ったり泣いたりする自分。

全然悪いことじゃない。
全然自分自身を攻め立てるようなことじゃない。

怒りがあって当然、
悲しくて悲しくて泣き叫びたいなんて、あたりまえだよ、そんな難病と何年も付き合っていたら。

でも、誰もそうは言ってくれなかったのだろうか?

みんな、
”元気になるよう、がんばろうね。”と、
"元気になること””それにむかって努力する事”のみを評価している様だった。

それでは、人生の一大イベントの"病”や”死”とちゃんとむきあえるはずがない。
病と闘い続けている限り(闘病)、どこかで、自分自身を無視していることになる。
なぜなら、病も、自分自身の一部、死も人生の一部だから。

一介の音楽療法士として、
言葉でも筆談でもコミュニケーションをとれなくなった彼女とその家族に、この分野が専門の音楽療法士がいたならば、と思わずにはいられなかった。

心と体と魂はつながっている。
体の変調(病)が何をつたえようとしているのか、
耳をかたむけてみれはしないだろうか。


余談:
アメリカの病院には病や死に関わる諸問題を専門的に扱うGrief Therapistという専門家が必ずいるが、日本にはそういう資格さえない。

せいぜい精神科医から抗鬱剤などを処方してもらったり、カウンセラーに話をきいてもらうくらいなのだろうか?

それでは、本質の解決にはならない。
心の怒り、悲しみ、苦しみは、化学品で治されるとは思えないから。
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# by totoatsuko | 2005-09-29 11:37 | 日々感じたこと | Comments(0)

個性

d0065558_10592322.jpgオトナになると、いい大学を出たり、要領がよいことが とてもいいことのように話されるのをよくきく。

たぶん、給料がよかったりして、買いたいものがなんなく買えたり、社会的に尊敬される地位につけたりして、人生のチョイスが広がってるようにみえるからかな?

幼稚園、小、中学校では、アタマがいい子より、走るのがはやかったりするほうが、少なくとも私の周りでは、みんなの羨望のまとだった。

人は、ひとりひとり違うんだから、得意な事がちがって、当然。それによって、生き方が違ってくるのは、必然。


アタマがいいのも、個性。足が速いのも個性。同等だ。

ただ、いいアタマを使う場所がビジネスの場において沢山用意されている (お金や社会・家族あるいは地域からの評価に繋がる)が、足が早い人がその特技を生かす場が社会ではあまりない。

プロや、オリンピックの選手になれば、社会からの評価もそれなりに得られるかもしれないけど。


社会で生きていくということは、そういうことなのかもしれない。
社会の価値観・枠に自分を照らし合わせながら、枠の中で生きていく。

いいかえれば、社会的に成功する事や、社会・友人・家族に評価されることが、個人の幸せのバロメーターになっているというところか?

危うい。

社会の価値観とは別の自分だけの価値観ってあるはずだ。
人にみとめられなくても、自分自身の内面において満たされること。

それに気づいている人って、どのくらいいるだろう?
どのくらい、自分と社会の価値観が交じり合ってるのか考えた事ある人はすくない。

人が羨む職を持っていても、パートナーを持っていても、
どこか満たされない人はいっぱいいる。

自分次第では、例えば、
足が速くてアタマが悪い人生を最高のものにすることが出来ると思う。



それは、社会の価値観をベースに世界を感じていてはムリで、
きっと、自分の価値観・世界観を持つことによって、可能になる。
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# by totoatsuko | 2005-09-26 10:44 | 日々感じたこと | Comments(0)

アイデンティティーII 〔写真:夏の終わり〕

d0065558_145786.jpgじゃぁ、どうやってその叫びと向かい合えばいいの?

それって、簡単な事じゃない。

ある人が、受験を終え、大学生になって喪失感を感じ始め、鬱な状態から、摂食障害になってしまいました。どうやら、これまで無視してきた ”一体自分はなにをやっているのか?何のためにやっているのか?”という質問が抑えきれなくなって、心ががらがらと音を立ててバランスを崩してしまっている。

何年もかけてゆっくりと、着実に培ってきた親、学校の先生、友達、そして自分自身との関係(それが、どういうものであれ)が、ある日突然バランスを崩してしまった。

その結果、生きている意味さえ、分からなくなってしまった。

この人は、そうなる前に、体に異変がきたすまで、なぜ心の問いかけに立ち止まらなかったのか?

親、先生、友達に対する見栄?
世間の価値観(A大学はよい)を自分の価値観と勘違いしていた?


いや、たちどまったかもしれない、何かがおかしい、と。

でも、セラピーが、何をやってくれるのかも分からなかったし、
セラピーに行くのは病気だとレッテルを貼られそうだから、と抵抗感があったかもしれない。

でも、私は自分自身の経験から、自信を持って言える。
いいセラピストとのセッションは人生を変える。

私達は、一人で、何役も持っていて、さらに、それぞれに感情がある。 日々追われてすごし、なかなか深層心理に注意を払う事が出来ない。私達の人生は、学芸会とちがって、やりたい役に立候補して、役を獲得するのではなく、さまざまな役割が責任が好む好まざるにかかわらず、意識しないうちにまとわりついて来る。

とても、一人で扱えるほど、私達の心は単純じゃない。
薬でコントロールしきれない、魂の叫びが存在する。

Who am I? (私は誰?)
●●会社のXXです。
灘田(という家の者)です。
●●大卒業生です。

かんたんな答えは一杯あるし、世間はそれで納得する。

でも、自分はしっているだろうか?体外的な代名詞では説明できない、
宇宙のように広く深く入り組んだ自己(Self)があることを。
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# by totoatsuko | 2005-09-20 21:59 | 日々感じたこと | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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