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黙ることで生き残れた

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口をとざして、自分の感情を感じる事に封をすることによって
子供時代をサバイヴすることを学んだ人にとっては、
自分のオリジナルな声をつかって ”自由に歌う” ということは、とても困難な場合が多い。

自分の意見を言うと自分より強いものは上の立場の人から攻撃され、脅される環境で
自分を持たない
自分を押し殺す 
ことを学ぶ。

そして、その学習した おかしな世界、いびつな関係を ”生き抜く方法” を
もう使わなくなくても ”普通に生きられる” ほど年齢的に成長しても
わざわざ おかしな関係を再現できる人を ”自ら選び”
過去に修得した ”自分を押し殺して生きぬく方法” をつかって生きる事に 
無意識に固執している。

そして、心の血は流れ続けている。

ただ、慣れているから それしか 生き方 人との関わり方 を知らないから
という理由だけで 自分が傷つく生き方を続ける。


音楽心理療法の過程では 声をだす、すきなようにうたうことがある。

内なる声 自分の意見 を押し殺したり
感じる事 考える事 をやめた人にとって
”自分の声” を見つける というプロジェクトに取り組むこと それ自体 避けたい気持ちになる。

自分の声を発する = 死ぬ (殺される)~恐怖・不安・絶望

という概念が 心の向かい所に植え付けられ、大木となって心をおおっているからだ。

だからこそ、音楽心理療法の声をつかうアプローチがその傷を見出す過程を可能にし、
その傷を癒していくプロセスを可能にするのだ。

言葉だけのカウンセリングでは なかなか到達できない 深い変容
死と再生 のプロセスだ。

毎日死んでいくように生きる のではなく
”新しい生き方をするために” ”ちゃんと死ぬ” プロセスが必要なのだ。

それは ものすごく痛い ものすごく辛い
生きてるフリが出来ないほど 自分の中の大事にしていたものが死んでいくプロセスを感じるから。
だからこそ、ちゃんと 自分を悩ます部分が ”ちゃんと死んでいき” ”新しいものに生まれ変わる”プロセスを歩き、見届ける事ができるのだ。




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by totoatsuko | 2017-02-26 13:55 | Comments(0)

寝込んで改めて思ったこと

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少し前の久々の体調絶不調で改めて

ある日体調崩して寝込んで、
自分は辛い、
パートナーが自分の世話をしてくれず子供の世話ばっかりしてる、
と怒っている 病人の言いぐさがいかにナンセンスか、というのを感じた。

日ごろから家事育児にほとんど参加してない人が
病気になって家にずっといて重い空気を発している。
その存在を感じながら、パートナーはワンオペで子どもの相手をし世話をしながら
ゆっくり寝てられる環境つくってくれている。
この事が、物凄くありがたいことだとは思えないようだ。

子どもたちが私を気遣って、できるだけ自分たちでやってくれてる様子
子供たちが自分たちだけでおさまらず、寝てる近くで大ゲンカが始まり発狂しそうになったとき
病人にとって 静かに寝させてもらえる環境をシンプルに提供してもらえるだけで
本当にありがたいことだと思った。

子どもたちの、彼らができる限りの思いやりの行動(とりあえず、自分たちで全てやってみる)、
気遣いを感じて感謝した。

高熱でフラフラしてても、水や薬くらい自分で取りに行って飲めるし
何か食べるものが必要なら、冷蔵庫にあるものや、フルーツなど、自分でできる範囲で摂取するくらい、体調悪い中で子どもの世話をするのと比べたら、大したタスクじゃない。なにも、手の込んだ病人食を誰かに作ってもらわなくっても、療養でき回復できる。

おおきな大人がそんなことに思いをはせられないのは 
体調不良のせいではなく 生きてきた中で
パートナーや家族とのかかわり方について、
愛 について、何か勘違いして誤学習してしまっているからか。

小さい子供を育ててるときは、
夫婦の片方が病気になるのは大きな痛手で、
それを、どう家族として夫婦として子育てチームとして乗り切るか、
という協力体制を考えるのが効率的であり必然的。

体調が悪くて辛い思いをしている自分をパートナーが構ってくれない
と文句を言うのは、自分が家族の一員で、幼児を育てているチームの一員である、
という自覚がないから言えるのだろうし、
チームメンバーとして振る舞うつもりもないんだな、と思う。

体調が悪い時だけ家族の元に帰ってきて、
赤ちゃんがえりして、世話や思いやりの気持ちを要求するのはお門違いで、
(家族ってそんなものじゃない)
もしそういう時だけ優しくしてほしいのなら
そういう種類の関係や関わりが専門の所や人の所に行けばいい

都合のいい時だけ自分もチームメンバーだ、という風にアピールする姿には
背中がぞっとするような不気味さを感じる。

困難に立ち向かうとき、チームは一丸とならないと切り抜けられない。

この家族のチームメンバーであること が自分にとって大事で、
自分にとって家族が、チームメンバーが大事な存在なら、
その気持ちと矛盾がない言動ができる自分になるために 自分の心と向かい合う必要がある。




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by totoatsuko | 2017-02-25 13:38 | Comments(0)

家事はマルチタスク

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最後に発熱したのはいつだったか・・・
友人によると、5年くらい前だそうだけど、自分は覚えていない。

とにかく、久しぶりにダウンして、風邪のもろもろの症状が苦しくて辛くて
薬を飲んで布団にくるまってすごした20時間くらい。

子どもたちが台所のほうで大ゲンカをしながら食事のことをやっていたりするのがきこえてきて
うんざりしながらも何かひとこと言うエネルギーもなく。

それから熱もさがり、かろうじて食事をつくる事はできるようになっても
なんだかフラフラ ぼーっとしていて 本調子でない自分のからだだったのがその数日間
結構ながかった。

やっと9割がた調子が戻り、
何かと無理してやらなきゃいけない事をやっていた過去数日を振り返り
今日は ”家のこと” を時間を気にせずやる日にしてみた。

子どもの新学期に向けて記入するものとか、もろもろ もろもろ
何か一つやってると 次のことが思い浮かび 同時進行で料理をしていたり
つくづく家事はマルチタスクだ と思う。
一つ一つを終わらせてから次に取り掛かっていてはすごく効率が悪い業務だ。

時間を気にせず、流れるままに、とりあえず気にかかっていた”緊急ではない”要件を片付けていき
家の中がすっきりしていくのは なんだかとても気持ちよかった。

家の事をしながら 子どもとの日々の出来事で感じている事を 
時間をかけてその感情とも向かいあう時間にもなった。

毎日時間はすぎていって
子どもは日々成長していって
いま という時間は二度ともどらない。

こうして すこし立ち止まって家の中で一人で家のためにいろいろやりながら過ごせた時間が
今回の体調不良から得ることができた、ということか。



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by totoatsuko | 2017-02-10 13:08 | Comments(0)

心理療法で起こることのたとえ話

d0065558_15185984.jpg音楽心理療法では、意識の上で把握している 
なにかもやもやした感じ 
うまくいってない感じ
生きづらさ
本当はやりたくないのにそれをやめられない自分

そういう ”言語化された” 問題意識について
セラピストの助けを借りて
色にしてみたり 音にしてみたり ストーリーのあるイメージに転換してみたりします。

描いたもの 出した音 見たイメージ は
自分の意識で把握してなかった事実 (感情、認めたくない自分の側面、複雑にこんがらがったもの、等)
の宝庫です。

「わ、それって凄い怖い。それを見るのって凄い勇気がいる。」

そうなんです。
見ないようにしてきた自分の側面をみて、それを乗り越えて 新しい自分をうみだすには 
痛みを伴うことが多々あります。

しかも、見たからって 知ったからって、どうなるっていうの? という質問に
今日はこう応えていました。

夜はカレーじゃなきゃダメだ。
子どもやパートナーもカレーが食べたいって言ってたし。
そうやって、”あるべき夫婦の姿” ”あるべき家族の在り方” というのを料理しようと頑張っているのかもしれません。

そして、一生懸命毎日料理してるのに、自分はなんだかうまく料理が出来てないように感じています。
家族も自分がつくったカレーをおいしいと言って食べてくれてるようには自分は感じてない気がします。
それでも、カレーが食べたいと言われているので、毎日頑張ってつくっています。

そこで、例え、ですが、心理療法で、自分の冷蔵庫や貯蔵庫にはいっている食材や
カレーを作っているときに使っている食材について ”絵をかいて” みます。

そして、何も考えず、手持ちの食材の絵をとにかくイメージしてかいてみたら
結果的に、描かれた絵は、ゴボウと糸こんにゃくとシイタケだった。

自分は カレーを作ってるとき 玉ねぎとジャガイモと人参を使ってるとおもったのに
それは単なる”思い込み” で、ゴボウと糸こんにゃくとシイタケを煮てカレールーを足していた
というのが、毎日自分がやっていたことだ、という事に気づきます。

そうやって、意識ではうまくやってるつもりになっていることが
そもそも論から違ってた という事に気づけたら、どうなると思いますか?

きっとびっくりしますよね。
自分の描いた絵を否定したくなるかもしれません
「あ、描いたのはウチの貯蔵庫ではなく、ほかの家のでした。ウチにはジャガイモとか絶対あるはずです。」
って。 でも、何度かいても、ジャガイモが出てこなかったら、自分がそこまで本当の自分を受け入れる事に抵抗があるんだ、ってことに気づけます。

そして、次のアクションが取れるんです、自分で。
ないものをあるものとして信じるために自分が目で見て聞いて感じたことをOFFにして生きるやり方
苦しくて、もやもやしてそのままにして、そこに留まり続ける生き方をやめれるんです。

だって、ゴボウと糸こんにゃくとシイタケ で
ジャガイモと玉ねぎと人参のカレー を作るのはどう考えても無理でしょう。

そこで、
家を出てジャガイモと玉ねぎと人参を買いに行くのか
そもそも カレー を作らないとみんながハッピーでいられないのか と家族と対話するのか
(対話してみたら自分の思い込みで カレーが食べたいなんて誰も言ってないという事が判明する場合も有)
持っている ゴボウと糸こんにゃくとシイタケで たとえば最高においしい甘辛い佃煮をつくるのか
その食材にあう 誰も作ったことがない新世代のカレー を開発するのか

などなど
自分なりの選択肢が開けてくる。

選択肢を浮かび上がらせるのも一苦労だったりします。
だって、今まで思考停止して ただただ 私は頑張ってる あるべき姿 やるべきところをやってる
と、自分の感性を無意識のうちにOFF にして生きてきていたら、自分の感覚をONにするのは大変。

それに、自分の感覚を自分で”信じて” (ONにしたことを他者に批判されても、OFFにして元の自分に戻らず) 新しい行動と思考と感性を再構築するのは、大変です。
 
だから、この変容のプロセスを支え促す役割を行うためのトレーニングを受けたセラピストが役立つのです、あなたの心の深いところの変容を、脱皮のプロセスを、途中で死んでしまわないように、成功させるために。

ゴボウと糸こんにゃくとシイタケしか持っていない自分が悪いはずがないですよね。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただ事実なだけです。

自分の深層心理をみるのが怖い、と感じるのは、たとえば、そういう自分はよくない、と思っている、
という事を象徴しているともいえます。

自分はジャガイモと玉ねぎと人参を持っているはずなのに、そうじゃない、
あのカレーは作れないし、今までも作ってなかったんだ、ということを知ることが怖い、
と思っているようなものなのです。

こういう例えだと、深層心理に気づくことって、大したことないと思いませんか?
それぐらい気づいたってどうってことないじゃない?
というか、もっと早く気づけたら もっとたのしい食卓がかこめたのにね、もっと楽にいきられたのにね、
無駄な苦労を続けなくてよかったのにね、と思いません?


実際、自分の無意識に追いやっているものをみる作業は、
家にある食材についての思い込みに気づく、という程度の衝撃では片付けられませんが
例えるなら こんな感じです。

自分についての真実をしって
自分を誇張して疲弊することなく 幻想の中でもがかず
等身大で 無理なく 心おだやかに 大事な人を大事にできる自分を生きるために
人生の中の今、このステージで音楽心理療法に集中して10回くらい通ってみる、というのも 
明日からの人生をよりよく生きるための選択肢の中の一つとしていかがでしょう?






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by totoatsuko | 2017-02-01 15:54 | Comments(0)
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