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親のための 新しい音楽の教科書

d0065558_1972634.jpg親のための新しい音楽の教科書 若尾裕(著) 
サボテン書房、読みました。 オススメ! 

目次
1.楽しい音楽
その行為は音楽か?音楽に感情を張り付ける、教育現場を支配する「楽しい音楽」ほか

2.こども用の音楽
こどもは断れない、こども用の音楽、なぜ大声で歌わせるのか、幼稚園の歌はなぜハ長調ばかりないのか、バイエルの欠陥

3.壊れやすい音楽
群れたがる、あいさつや贈り物を気にする、不思議なひとたち、非ニューロティピカルな音楽をさがして

4.はずかしい音楽
歌う事に抵抗を感じる日本人、音痴の生涯、はずかしい音楽がはずかしくなくなる場所、音楽の商品化とはずかしさ

5.むずかしい音楽
ふたつの「むずかしい音楽」、「平易なものからむずかしいものへ」という常識、五音は三音より複雑なのか

6.へたくそな音楽
へたくそとはいったいなにか、へたくそが生まれたわけ、へたくその逆襲、へたくそ万歳

7.わらべうたと唱歌
理想の子供像を歌に投影する、日本の音楽教育のはじまり、近代化の根幹をなした音楽教育、固着としての君が代

8.標本の音楽
発明された音楽教育、音楽が本来持つ非学校性、「情操によい」のあいまいさ、音楽の管理、学校の必要性

9.音楽はいいものか
なぜ音楽に親しませたいのか、モーツァルトの場合

10.音楽の見取り図
それぞれのナラティブ、音楽論をふりかえる、もう少し健全な音楽のあり方はあるのか




著者が音楽療法の世界でも活躍されている方であり、またクラッシック音楽の教育もうけてきて来られた方なので、クラッシック音楽家の名前が沢山でてきたり、暗黙の了解的に書かれているクラッシック音楽の歴史の変遷、みたいなところは 一般の方には少しとらえにくいかな、と思ったりもしますが、それ自体が重要なポイントではないし、出来るだけ平坦にか書かれているので、さらっと読めます。

教え込まれる音楽、だけではなく 自分から好きになって学んでいく音楽  への扉が日本の子ども達に開いていたら、と思います。そのためには、子どもに一番身近に関わっている親が、 自分が持っている ”音楽とは” という先入観をいま一度吟味してみる必要があるかもしれません。

ちなみに、私は 音楽療法を学ぶまで、 教えられる音楽、ミスが許されない音楽の実践 しか 自分の物として体験したことがありませんでした。 そういう特殊な世界での経験も 言葉ではつくせぬほどかけがえがなく 私の感覚の一部であり 大切にしているものですが、まだ20代の内にそれ以外の音楽の音楽があること、それとは別の音楽との関係の築き方があることを知れた事も私の宝の一つであります。

すべての小さな子どもを持つ親御さんに、これから子どもを持つ人たちに、あるいは、子どもはいないけど、自分と音楽の関係性や自分が受けてきた音楽教育に少しでも? がある人には、この本に書かれている事はとても興味深い内容だと思います。




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by totoatsuko | 2014-08-31 19:32 | Comments(0)

私がオーガニックを選ぶ理由

d0065558_20131152.jpgエリカ・アンギャル / Erica Angyal という方が書いていたことをシェアします。
彼女はさまざまな意味での美に関わる仕事がプロフェッションなので、凡人の私たちの感覚とか、住んでいる世界が違う と自分から切り離す事も出来るかもしれませんが、彼女の オーガニックを選ぶ理由 は、事実に基づいた根拠が示されていて、美 とは関係ないと思っている人でも、 何かを食べて生きている どの人 にも当てはまる 立ち止まって考えてみるストーリーだと思います。

What you eat defines who you are. という言葉があります。

何を選んで食べるか、食べないか、は 次世代、次々世代にも影響していることなのです。
それは、生理的に受け継がれていくものと、食べ物に対する姿勢・その背中 から子ども達が、そしてその子ども達が学んでいくからです。

「何をどう食べるか」 それは、自分だけの問題ではない、という事です。

忙しくて、ストレスがかかってて、時間がなくて etc, etc,
”今 すぐ食べたい” その瞬間に いちいち将来の自分のために 次世代のために何をどう食べるか 
なんて事を考慮して食べるものを選択する事は難しいと思います。

では、自分に余裕がない時でも 近い遠い将来の自分や、次世代、地球に優しい選択を 当たり前のように出来るような自分には どのようにしたらなれるでしょうか?

命の食べ方、という映画も少し前に話題になりました。
Youutbe などで検索すると、関連するものを見つける事が出来ます。


以下引用

私がオーガニックを選ぶ理由
抗酸化物質、残留農薬量、重金属の含有量の大きな違い

オーガニック食材(有機農産物)を買いたいと思っていても、実際には他の食材に比べて割高なため、なかなか買えないという方も多いかと思います。ですが、今年6月に新たに発表されたばかりの研究(出典1)で、その価格差を「将来への投資」だと考えると十分それに見合うということが立証されました。

この研究は、有機農産物の人体への有益性について、最も影響力があり説得力がある研究のひとつと言えるでしょう。ここでは、有機栽培と従来の栽培方法の農産物でどのような差異があるかを343件の個別の研究を分析し、有機農産物の方が抗酸化物質を20~40%も多く含むという事が判明しました。また、ものによっては抗酸化物質を60%も多く含むという驚きの結果も出ています。抗酸化物質の摂取量に関してだけ言えば、この60%というのは1日に抗酸化物質を1~2食分多く摂取できるという事です。要するに、毎日食べる農産物を有機に変えるだけで、1~2食分多くの野菜や果物を日々摂取しているということになるのです。

具体的には、フェノール酸は19%、フラバノンは69%、スチルベンは28%、フラボンは26%、フラボノールは50%、アントシアニンに至っては51%も多く含有する事が判っています。これらのフィトケミカルは強力な抗酸化物質で、健康状態を守り、肌を若々しく美しく保ってくれます。

有機農産物の有益性それだけではなく、有毒な重金属の含有量も格段に低いとされています。例えば、有害な重金属の一つであるカドミウムの含有量は、従来の栽培方法の農産物に比べ半分以下です。ちなみに、カドミウムは腎不全、骨軟化症、肝臓の損傷の原因となる非常に高い毒性を持つ重金属です。体内に蓄積されやすい物質でもあるため、低濃度であっても長期にさらされることは危険なのです。

さらには、残留農薬量もはるかに少ないのです。実際に、従来の栽培方法の農産物からは、有機農産物の約4倍もの残留農薬が検出される事もありました。農薬や除草剤の多くは、非常に高い毒性を持っているため、人体のホルモン機能に影響を及ぼすことが知られています。ある種の農薬は、エストロゲンというホルモンに似た働きをして、人体の生殖機能に重大な影響を及ぼすことさえあります。また、農薬にさらされることにより特に幼い子どもの脳の成長に影響を与えるということも分かっているほか、代謝機能の低下やパーキンソン病との関係性も指摘されています。

また、ある研究(出典2)によると、農薬にさらされることは、あなたの孫の代にまで遺伝子変異の影響を与える事が判っています。また、先月発表されたより詳しい研究(出典3)では、ある種の農薬摂取の常習が肥満、糖尿病、高コレステロール値への危険性を高め、将来的な健康状態との関係も指摘されています。

ところで、有機農産物が抗酸化物質をより多く含むのは一体なぜなのでしょうか?まず、虫や他の環境要因によって自然のストレスに晒される植物は、身を守るためにフィトケミカルを作り出します。しかし、農薬を散布して植物を外注から保護してしまうことで、その植物は自分で身を守る必要がなくなり、自然の自衛物質である抗酸化物質を作り出す必要もなくなってしまいます。結果、フィトケミカルや抗酸化物質の含有量が減ってしまうということなのです。それに加え、従来の栽培方法では様々な化学肥料を使用する事も多く、その化学肥料に多く含まれる窒素のせいで抗酸化物質をより少量しか含まない農作物ができてしまうとも言われています。当然ながら土壌そのものも変化してしまいます。

有機農産物のすばらしい点は他にもあります。遺伝子組換えではないということ、そして、風味豊かで美味しいということなどです。また、有機野菜や果物を食べる際は、皮を剥く必要がなくなります。通常、フィトケミカルは皮のすぐ下の部分に最も多く含まれているので、野菜や果物が持つ栄養素をまるごと摂ることができるのです。

ただ、とても残念なことに、日本は世界でも有数の農薬・除草剤使用国です。(詳しくはこちらの過去の投稿をご参照下さい。https://www.facebook.com/ericaangyal/photos/a.404642852922526.102983.397936873593124/479042395482571/?type=1&theater)私ができる限りオーガニックの物を選ぶよう強くお勧めする理由はここにあります。最近では、オーガニック食材を購入できる通信販売、宅配サービス、地域密着型のお店、ファーマーズマーケットなども増えているので、上手に利用すると良いと思います。

オーガニック食材がもたらす効果は計り知れません。その選択そのものがあなた自身の美容と健康の先行投資になるという事を忘れないでください!

Lots of Love, Erica

(出典1) Baranski. M., et al., “Higher antioxidant concentrations and less cadmium and pesticide residues in organically grown crops: a systematic literature review and meta-analyses,” British Journal of Nutrition, June 2014, doi:10.1017/S0007114514001366]

(出典2) Mohan Manikkam. M., et al., “Pesticide Methoxychlor Promotes the Epigenetic Transgenerational Inheritance of Adult-Onset Disease through the Female Germline,” PLoS ONE, 2014, DOI: 10.1371/journal.pone.0102091

(出典3) Michele La Merrill, M., et al., “Perinatal Exposure of Mice to the Pesticide DDT Impairs Energy Expenditure and Metabolism in Adult Female Offspring,” PLoS ONE, July 30, 2014 DOI: 10.1371/journal.pone.0103337



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by totoatsuko | 2014-08-27 20:16 | Comments(0)

音楽と医学の間で ~ 医師ロバート クプタ@TED

d0065558_1472889.jpgTED (Technology Entertainment Design) という 国際的なカンファレンスがあります。
経済や政治の事を話すのが、ダボス会議 なら、アートや教育、生活のの視点で活躍する人達のスピーチやパフォーマンスがシェアされるのがTED  と短く説明すると乱暴すぎるかんじですが、、、 もう少しよく知りたい方は TED で検索してみてください。 沢山の印象的なメッセージを見聞きすることが出来ます。

今日は、その中の一つ 医師による音楽の力を話しているスピーチ(日本語訳付き) を紹介したいと思います。私自身は大分前に見たことがあるのですがまだここのブログでは紹介していなかったかもしれません。最近友人がそのyoutubeを見つけて紹介してくれたのをきっかけに、もう一度みてみました。

音楽と医学の間で ~ 医師ロバート クプタ@TED


彼の情熱的なトークに、彼がどれほどまでに音楽の力を信じ、実感しているこかを感じます。
彼の話しているエピソードは音楽療法が出来ることのほんの一部でしかありませんが、
医師 という 音楽療法とは異なるプロフェッションの方が音楽の力をこれほどまでにpassionate に語ってくださることが、とても嬉しいです。


音楽が療法的に使われた時、人々に言葉を超えた、想像を超えた奇跡をおこしてくれます。
音楽は、心をおのずから開かせ、溶かし、安らかにし、再生させ、繋がり、構築させていく力があります。

音楽が持つ力を専門家としての道具として扱って 
~ 例えば メスや糸や針などが外科医の道具 と言うならば 
音楽療法士にとっては、音楽 が道具である と言えます

その人が必要な変化をもたらす治療 あるいは 介入 をするのが、”訓練された音楽療法士” の役割です。


私も、音楽大学在学中に 社会に、困っている人達のため に貢献するには、医師になる道を選んだ方がいいのではないか、とすごく考えた時期がありました。クラッシック音楽家として道を究めても 自分の演奏が誰かを感動させることは出来ても、心の深いところ、生活の実態まで踏み込んだ働きをする姿が想像できなかったのです。そして、ある時、アメリカの大学の教授による音楽療法の講習会をみつけ、ひどく感動して、この道に入りました。医療ではどうする事も出来ない医学的な症状、心理状態に対して音楽を療法的に使い結果を出す。音楽を使って、音楽療法としう専門的な見地とテクニックをもって人のためになる事ができる、それはとても衝撃でした。 今 思えば、あの講習会で知った音楽療法は、音楽療法の世界のほんのほんの一部だったのですが。。。

この領域に飛び込んだ後に知った事は、歩いても歩いても行きつけないほど奥が深く、幅が広く、発展進行中の専門分野であること。

音楽を療法的に使った人への貢献方法の一つ、音楽療法に いまだに さらに魅了され続けています。



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by totoatsuko | 2014-08-26 14:07 | 音楽療法セッション例 | Comments(0)

イクボス

d0065558_1803229.jpgイクボス という言葉に出会いました。

一昔?前にはやった イクメン (子育てに参加する男性) という言葉や概念を生み育てた NPO法人 ファーザリング ジャパン が、今 イクボス なるものを社会へ発信しています。

イクボス とは、 法人のHPによると、「子育て中の社員を応援できるボス」 とのことです。
詳細はコチラ

イクメン は、子どもをもった男性の育児・家事参加についての話でしたが、
イクボスは 働くすべての人が お互いを尊重しながら より生き生きと生きていくヒントが詰まっています。
働く人達が仕事以外の軸をもつことで、むしろ仕事の生産性があがるといいます。

主婦だって、子育て と 自分の時間の バランス を作るためのヒントになるかもしれません。

ワークライフバランスや、女性の活用法など、企業からの研修依頼が増えてきているそうです。
メディアでも取り上げられています。

仕事 と 家族・家庭(パートナーとの関係、子どもとの関係) と 趣味と、、、
そのどれもを その時々で 自分がウエイトを変えながら 会社や社会に協力してもらいながら バランスを取って、 楽しみながら生きていたら とても素敵だな、と思います。

子どもに手がかかる時期は ~ 成人するまで なんや かんや 大変だと思いますが
おむつを替えたり、夜泣きに付き合ったり、幼稚園、保育園、小学校や 習い事への送り迎えとか、ダダをこねるのに付き合うとか、ごはんを食べさせるとか、、、 (あげるとキリがありませんが) そういう事に手をかける時期 というのは 本当に限られています。 その時 しかない。 親になって子どもを育てる機会 を与えてもらった人しか経験出来ないことだから、 夫婦が一緒にその過程を作っていけたら、夫婦の関係だって、家族の関係だって、とっても濃いものになれるのではないか、と思ったりします。

ワークライフバランス や 女性の社会活用推進 は、働いている男性も女性も、その子ども達や親たち、友人たち、そのみんなにメリットがあります。 それぞれの立場の人が 人と関わる社会の中でより豊かに生きるための方法の一つ、考え方の一つだと思います。社会を構成する一人ひとりの意識が変わらないと実現しないことなので、もっともっと広まっていくといいな、と思います。



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by totoatsuko | 2014-08-25 18:08 | Comments(0)

運命とは分からないものだ

d0065558_23155958.jpg 私のホームタウンの広島で土砂災害が起こり その被害の様子は海外のニュースにも取り上げられている程です。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、ご家族のこれからの生活、心の痛みを思うと 胸が痛みます。

運命とは分からないもの

今日 今 生きていても 次の瞬間は分からない。

それは、これまで経験してきた事を通して そう思います。


どんなに努力しても、どうしようもない事がある。
運 としか言いようのない分かれ道。

どの道を選ぶか、
選んだ道の 先の先に 何が待っているか、
どんな 気 がめぐっているのか、
この関係が どう展開していくのか、
今取り組んでいることが 何につながるのか。


私は特定の宗教は持っていないのだけれど、いつも感謝します、今日 こうあれることに。
とても辛い時には、何か大いなるものが意味を持って私に与えている経験なのだろうと思い、
その辛さに飲み込まれないように 辛さに押しつぶされて自分を見失わないように 辛い気持ちと対話しながら、辛さを誰かに八つ当たりなんかして もっと辛さを増幅させたり 他者に伝播しないように 祈りながら
そこから 何かを学ぼうとしながら その出来事と向かい合おうとします。

自分じゃないような言動は 自分に恥ずかしい言動は どんなに追い込まれた状況でも できない 
と思います。。
追い込まれた時ほど、その人らしさ が凝縮して絞りだされる と言えるのかもしれません。

辛い思いをしているのを知らなくても、 いつもとかわらず接してくれたり
ただ そこに存在してくれる、それだけの事が 人にととって どれだけ心の支えになっている事か。


世界では、現在進行形で戦争が続いています。
その地に渦巻いている憎悪や悲しみ、怒り、はいかほどのものか・・・

どの国のどのファミリーに生まれてくるか、なんて、、、、
赤ちゃんは 自分の家族を選んで生まれて生きている、とは言うけれど、
生まれてきた後で、なんでこんな場所を選んだんだろうか、と思ったとしても、
その地のその家族に生まれた、という自分の運命は変えられません。
(その後の生き方で、変えられる事も沢山あるけれど)

誰かが実際に殺されなくても 
言葉や体へのDVでも その当事者とその周りにいる人の心を殺してしまい 
生きながらにして死なせてしまう。その心の苦しさたるや いかに。


明日の人間の運命は分かりません。

人が目で見て手で触れて頭で理解していることなんて
おおいなる自然の不可思議から比べたら これっぽっち の事のように感じる事もあります。

今日 こうあれる事に 感謝し、 
私を支えてくれる周りの方々、私を生かしてくれる社会や地球のの役に立てるように
日々を重ねたいと思います。



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by totoatsuko | 2014-08-22 23:34 | Comments(0)

War Horse - 戦火の馬 ・ 演劇・家族・絆・命

d0065558_10302932.jpg少し前に War Horse - 戦火の馬 の舞台の評判を聞いて 折しも 終戦記念日 が近いある日 見に行ってきた。 

エンターテイメント というよりは 芸術作品としての 完成度 の高さを感じた。
万人受けする感じではない と思うけれど。

見ていて、異なる視点で いろんなことを感じた。




一つ目は、3人がかりで動かすパペットのつくり。日本の文楽 にもヒントを得たというもの。
馬をリアルに感じた。

また、それを本当に生きているように動かし、本当の馬のような声を3人の声で作っている凄さ。

二つ目は半円形に作られた舞台と筆で掃けたような形に作った背景のスクリーン。
そのスクリーンに映される映像と、実際舞台で表現されている事のコンビネーション。
光と効果音。(これは、びっくりしたり、怖すぎて 心臓とまりそうな瞬間もあった)

三つ目は、人格的に問題のある父親に翻弄されながらも、明るく生き抜く奥さんと息子の姿。
誰かにミエを張って大事なお金を使っちゃったり、家族の約束を破ったり、
結局 家族からは信頼してもらえず、孤立している。
色々あたりちらしてるけど、自分で自分を不幸にしてることに気づかない、かわいそうな人。

そして、その父親がもたらす
借金とか人間関係のこじれとか、大事な馬を奪われるとか、本当に大変なことを
妻と息子は、言い返すことができないけれど、心の中で怒りを抱えながらもやりこなしていく。


 
4つ目は戦争中だけど、沢山の人を殺し合っているさなかなだけど、
傷ついて動けなくなっている馬を一頭助けるために 両軍の兵士が協力するシーン。

お互い喋っている言語が違うから お互いの言っている事が理解できないのだけど、
なんとか伝えようとし、理解しようとし、身振り手振りでやり取りする。

「そもそも こうやってコミュニケーションが取れていれば こんな戦争なんか始まらなかった」
という趣旨の兵士の言葉が印象的だった。

丁度、こども新聞 が終戦特集をしていて、その中で紹介されていた 特攻隊として突撃する前に家族に宛てた10代~30代の男性たちが書いた手紙を読んで泣いたばかりだった。 丁度、今度 ある大学で講演するために準備をしていて、ホスピスにおける音楽療法 の映像を見て 泣いたばかりだった。

みんな大切な人がいて、大事に思っている人がいる。
軍隊 とひとくくりにされている何千人、何万人の中の 一人ひとりが思っている大事な人達がいて、
その一人ひとりには、その人の事を思っている沢山の人が それぞれにいる。

一人の人間が死ぬ っていうことは、その人だけの問題ではない。

母の視点で、女性の視点で、 戦争に行く、自分の信念を持って苦難の道を選んでいく人を 
もう会えないかもしれない、どれほど辛い思いをするんだろう、と思いながら ただ見守るしかない
その どれほどか の胸の痛みも感じた。

同時に、大事な人をおいて行かねばならない と信じるしかなかった環境・戦争に生きた人達
そんな時代や思想、経験は、次世代へ決して受け継ぎたくない。
しかし、こころ の存在を 感情 の存在 を感じる事ができなくなっている人が増えている社会の傾向は、
心の痛みや 与えられた命の意味 を感じられない、
それらの価値が軽んじられる風潮に繋がっていくのではないか、と不安になる。

自分を含め、戦争 を知らない世代が大半になってきた日本。
戦争を経験し、自らの言葉で語る事ができる人達がいなくなっている日本。

過去に日本人が学んだこと風化し、また 歴史は繰り返される 道をたどっていくのだろうか?


五つ目は 心と心が繋がる 絆 のようなもの。
絆 って言葉は 近年使われすぎてて、陳腐な印象があるので嫌なのだけど、、、
その言葉が持つ 本質的な意味は 深いと思っている。

父親とは、表面的な ソツがない関係を奥さんと息子は築いてる
ー 怒らすとめんどくさいし、構ってあげないと荒れるから。

戦争の中で、上司と部下、それは規律の中で築かれた関係、
その人達が、裸の人と人の関係 で関わったときは、その関わり方の内容が変わる。

母と息子、息子と馬は、離れても、引き離されても、ずっと心の中で思い続け、信頼し続けている。
命 と 命、 魂 と 魂 の繋がり。
その人がいるから頑張れる、 これは、ある兵士が恋人を思いながら戦場で言った言葉。

そういう感情のからみや感情の矛盾 がこの舞台では見事にあらわされている。


心に残る 見た後も 色々思いを巡らせ 味わい続けられる作品でした。


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by totoatsuko | 2014-08-14 21:49 | Comments(0)

夜の動物園

d0065558_937750.jpg会期8月17日までの、上野動物園での企画。
閉園が20時まで延長されています。

仕事を終えて、子ども達と 友達たちと行ってきました。

動物園自体は20時まで開いているけど、動物によっては、もっと早く見れなくなってしまう (寝る時間)のを知ってはいたのですが、入園してすぐ見つけてしまった 生ビール の旗に魅せられてしまい、さっそく不忍池のほとりで休憩。

ナマビール 注文するつもりだったのに、下町エール という東京 谷中の地ビールで ジンジャーテイスト というのがあったので、そちらをゲット。 ほんと、ジンジャーきいてて、 でも、エールの苦味はそこまで強くなく、好きな味でした。



d0065558_9373958.jpg飲んでるうちに黄昏てきて、
ちょっとした森の中にいるような感じ。
あまり風はなかったけれど、水辺って やっぱり気持ちいい。

混んでいてテーブルをシェアしていた 動物園の近所に住んでいる 
という両親位の年代のご夫婦とも雑談しながら飲む。子ども達も その雑談に加わる。そういう雑談が、また 楽しい。
 

そのご夫婦と別れて
子どもが、今日は象を見に行くんだ! と 保育園で言いふらしてきたらしいので像をめがけて歩く。


どんどん どんどん 黄昏てきて、暗闇になってきて、いい感じにほろ酔いで、うっそうとした森の中を歩く。
とても好きな感覚でした。

展示はされてるけど 確実にもう寝に入ってる動物
あるいは、夜行性で動き回ってる動物

ふくろう がいるらしい鳥かごの前、こちらかは 暗すぎてほとんど見えない。
時折 誰かのカメラの光で かごの中のどこら辺にいるのか かろうじてわかる位。
でも、ふくろうは、ひっしで ふくろうn姿をみようとじたばたしてる私たちの事 クリアーに見えてるんだよね、 と思うと、面白い感覚。


最初でビールにつかまってしまったので、ライオンやトラ は見れずじまい。
教訓は、 まずは 動物を見るべし。飲むのは後から!

あ、あと、もっと早く行けるなら、お酒のオツマミ作っていったら(例のご夫婦がそうしてた)、
自然の中のビアガーデン という感じで もっと楽しいかも。


大人もこどももたのしめる、夜の動物園 でした~。





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by totoatsuko | 2014-08-14 09:24 | Comments(0)

言葉はなんとひ弱な事か

d0065558_19412885.jpg言葉にしか出来ない事があります。
言葉が持つ影響力も多大で計り知れないものがあります。

同時に、心を前にして、言葉はなんと説得力がないものなのか・・・ 
そんな風に感じた事が何度もありました。

言葉を発している相手に猜疑心を持っているとき、
その人が 他者と信頼関係を築くことが困難な心理状態にあるとき、
話されている内容が本人にとっては聞きたくなかったり、都合の悪い内容だったり、
話されている内容・実態の存在があることを 頭から否定しているとき、

どんなに言葉を尽くしても、
どんなに相手の言葉や表情や非言語で発されるものを全身全霊で受け止めても、言葉を重ねれば重ねるほど、相手と繋がることから遠くなっていくような感覚、相手から拒絶されていくような感覚。

でも、相手を信頼していたら、何か深い絆で結ばれていたら、
短い言葉だけでも、そっと触れた手のぬくもりだけでも、
何かとても強いメッセージや、豊かなメッセージを感じられる事も出来る事がある
そんな時、沢山の言葉はいらない。


本当に、本当に自分に自信がないとき、
自分の猜疑心からか、相手の本当に上っ面なエネルギーを感じるからなのか、、、
相手と何等かの理由で心が素直に繋がれていない時
大丈夫、あなたを信じてる、出来るよ
と言っても、言われれば言われるほど その励ましが嘘くさく感じられる時があると思う。


例えば、”気” の流れを話していても、
あたまから ”気” の存在を否定していたり、 
”気”にまつわることでネガティブな体験が過去にあったりしたら、

りんごの存在の話をしているのと違って、
”気” を 目に見えるように持ってきて、この事だよ、 と実物を見せて説明できないし、
りんごをかじって味を試してみるように簡単には ”気” を試食してみることができない。


Guided Imagery and Music (GIM) で扱っている ”心” も、また実態をつかみにくいものだ。
目に見えないし、手でつかむこともできない。
自分で ”感じる” しか、その実態を確認しながら、心の構造をひも解いていくプロセスを進めるのは難しい。

心の状態の診断名があったとしても、それ自体は、”本人が自分で心のプロセスを深めていく何の助け” にならないどころか、妨げになることもある。何故なら、心理療法では、心理療法士がクライアントの心を “治す” ことは出来ないから。 処方された薬も、それ自体は、その人の ”心の構造” を根本から変える事ができない。

何等かの理由で、心の存在を、感情を ”感じられない” 人も沢山いる。
感じられていない、という事にさえ気づかず生きている人もいるし、
その事実に気づいていても問題意識を持っていない人もいる。

感情が感じられないから、といって、すぐに日常生活が送れなくなる、という事に全てのケースが繋がってもいない。日常生活に支障をきたしていても、当人は支障がある、とは感じていない場合も多くある。


だから、いつも思う
みずしらずのセラピストと
Guided Imagery and Music session (GIM) という、 
音楽やアートを使てカウンセリングやサイコセラピーを行う、まだ日本では聞きなれないアプローチを使って、
深層心理、という見えない心のエリア、
実態 が人によっては感じられないエリア、
場合によっては理性と相反する主張をしたり、
自分の影の部分が蓄積されているかもしれないエリアの事を、
見つめてみよう、と行動を起こすのは、それだけで、大きなアクションだと。

心の構造がこのプロセスによって変化し、
今の現状の自分が ”変化する” 可能性がある。
ほんとうに、生き方が 価値観が、変容する可能性がある。

今の現状がどんなにひどい状態であっても、”変化する”ことは、痛みを伴う事がよくあるから、
本当に、その人なりの決心とか、覚悟とかがないと、深く入っていけないプロセスだと思う、
誰だって、痛み を感じることは辛い、その先に光があると確信できていても。

GIMセッションでは、クライアント本人が見たり描いたりしたイメージが、
自分では気づいていない心の構造や、状態をなんらかの形で象徴している、というスタンスなのだけれど、
何等かの理由で、自分がみたイメージや絵が自分に属している、自分の一部で自分を象徴している、とは思えない、思えないどころか、全否定したくなる場合もある。

それは、それでいいと受け止める。
いま、その人はそういう状態なのだと。
自分のどこかの部分を受け入れることが出来ないことを象徴しているのだと。

絵もイメージも私も、全部 ありのままのクライアントを受け止める、
クライアントが ”書いたりみたりしたイメージを否定している自分” を否定しても、
見つめる事ができなくても、
それもひっくるめて、全部受け止める。

そんな姿勢に例えばイラつかれても、受け止める。
イラついている、というのが、その人の感情の実態なのだ。

実態がない心と向かい合う時、

私は自分の心も使い、クライアントが言語にならないイメージや絵や音を使う機会を提供することで、
クライアントが 無いと思い込んでいる感情 だったり、自分の言動を翻弄する心 の実態を 
自分で ”実感する”

言葉で説明されたり、言葉で分析されるんじゃなくて、
自分で 言語で理性で理解した心を説明しようとしたり、分析しようとするんじゃなくて
”実感する” 
自分で 感じる 自分で わかっていく。

感じる その感覚は、言葉の説明では代替できない。

どんなに短い瞬間でも、どんなに些細な感情でも 
理性や日常使っている意識レベルでは掴めない 深いレベルの心 で感情を感じる
GIMセッションでは、そのプロセスをクライアントが安全に重ね、心のプロセスを深め
求めている心の方向性が開けていくことが起こる。

その人の心のブロックの硬さなど、色々な条件の違いで、その進み方のペースは個々人で違う。

一般的な言葉だけのセッションとは比べ物にならないほど、
トレーニングされたセラピストと共に行われるGIMプロセスでは、
音やアートが心の深淵と繋がる手助けをしてくれいる。



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by totoatsuko | 2014-08-11 09:04 | GIM:音楽と深層心理イメージ | Comments(0)

表現としてのアート と 芸術としてのアート

d0065558_323063.jpg都美術館に行きました。
エジプト展 女王と女神 と 楽園としての芸術展

メトロポリタン美術館は、何か企画展があったら行っていましたが、当時 エジプトエリアは、ミニ祭壇があるスペース以外はホント興味なかったのですが、女王と女神 という視点から遺跡を展示し解説されていると とても興味深く楽しむことが出来ました。

そして、この投稿で本題の 楽園としての芸術展。
これは、障害がある人達ー主にダウン症 による作品の展示でした。
会期中 なんどか 出展者によるライブペインティング も行われているようでした。
作品をTシャツなどにプリントした 作者の名前がはいっていない商品も売られていました。

この人達はね、技術はないけど その分個性があるんだよ。
そんな風に解説している人もいました。

技術があって 個性もあるアーティストも沢山います。
だから 技術がない事 を そんな風に特別な事 
あるいは アドバンテージ であるかのように言わなくてもいいのではないか、と思いました。

10人くらいの障害のある人達、指揮者は著名な音楽家 によるフリーミュージック的なコンサートの様子がビデオで流されていました。

なんだろ、この違和感。

作品自体は、すごい! って思わされる、心が揺さぶられるものがありました。
でも、なんだろ この違和感。

ずっとそう思っていて もやもや もやもやしていたのですが、
その思いをアーティストの友人と話す機会がありました。
そして、やっと もやもやを言語化することができました。

表現としてのアート - それは 何をやってもいい。アートを通して自己表現する過程に意味があるから。表現の ”過程” で 作者が何を経験するか、結果的に自分の内面のどういう物を 音 や 色 の作品として出すか そこも含めて、自分との対話であり、自己達成感であり、それを人に見てもらってさまざまなコメントをもらったり、対話のきっかけになったりする事に意味があります。

こういう場合、ただ作品を並べても、その とても個人的な個々人の制作のプロセス、心理的な肉体的な経験の中身、本人にとっての作品の意味合い なども合わせて聞かせてもらわないと、受け止める方も、深く受け止める事ができません。

一方、 芸術 としてのアート、作品としてのアート は、
作者が障害をもっているか持っていないか関係なく、その作品のクオリティー (技術も発想も個性も感性も)が高い、完成度が高いもの、 だと 私は思っています。先代から脈々と受け継がれてきたもの、スピリット、血のにじむような努力、 さまざまな経験の結晶など、それはもうもの凄い世界です。努力しても すべての人がたどり着けるわけではない厳しい世界。 

勿論、こちらの場合も、作品が書かれた時代背景、作家の個人的な背景が説明されていると、より作品への理解が深まります。


自己表現としてのアート と 作品としてのアート、 この二つの違いは歴然としています。
だから、ごちゃまぜに捉えることは出来ない。
同じようなコンセプトで展示することは出来ない。


”障害者が描いた”作品の展覧会 - こんな形で自己表現したり、個性を作品に反映できて すごいでしょ、 というスタンスに違和感があったのだと思う。 自己表現したり、突き詰めて熱中して作品制作に取り組めることは、障害がある・ない に限らず素晴らしい事だと思う。 なのに、”障害者” なのに すごくない? 障害者は この作業に楽園を見出しているんですよ、 的な見せられ方をするから 私は辛くなったんだと思います。

健常者が同じように面白い作品つくっても 同じように評価されないし
この作業が健常者たちにとって至福の時間である、というニュアンスで展覧会が催されることは
障害者のそれと比べたら少ない、 という感覚を持っています。

そもそも、障害 とか ダウン症 とか ~シンドローム とか
一言で言っても、程度も内容も個々人で違うのです。

個々人で違えば、生きている感覚も違うし、アート制作の過程が 楽園 的なものかは
健常者 と同じで 一人ひとりのストーリーを聞かないと、分からないと思う。
悩み、苦しみ、自分の限界をまざまざと確認させられる作業であるかもしれない、と思うのです。

だから、障害者 という側面を全面的に出した企画は、
そのコンセプトによりますが、健常者に対して、逆差別的だと思うことがあります。

差別はよくない といいながら 障害がある事に特権意識だったり、はれ物に触るようだったり、憐みを感じている人は沢山います。

同じような作品をつくっても、障害を持ってる人の方がスゴイ という感覚は、
障害がなくても そのように感じ 表現した健常者に失礼だと思う。

というか、アートの世界に、障害があるから+何点 みたいな感覚は持ち込まれないといいな、と思います。
アートの世界では、障害がある、なし に関わらず 
人 と 人 が 個としての感性の部分で繋がれるエリアだと思っています。

真の意味で、偏見や差別がなくなればいいのに、と心から願います。




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by totoatsuko | 2014-08-08 03:02 | Comments(0)

野外ライブ

d0065558_1639342.jpgNYにいたころの夏、セントラルパークで野外コンサートに何度か行きました。
舞台間近のエリアにいない限り、生音は聞こえてこないし、アーティストの姿もほとんど見えないから、
音楽そのものを楽しむ、というよりは、 
夜風に吹かれながら スピーカーから聞こえてくる音とともに 
芝生の上で仲間とぐだぐだ過ごす というのが楽しかったです。

ほんとうに、夏 ならではの楽しみ、開放感。

初めて行ったときは軽装備すぎて、寒くて寒くて 早々と退散。
次回からは、毛布をしっかりもっていきました。

東京で、地域の人が公園へ散歩しに行きがてら気軽に行ける近場の公園での大きな夏の夜の野外公演
って私は知らないのですが

先日、野外ライヴに行きました。
がっつり舞台にかぶりつき。

日が黄昏てくると、舞台のライトニングも違って見え、
闇が深くなればなるほど 煌々とさらに明るさを増し アーティストの気迫が白熱していく舞台をみながら 
セントラルパークの夜を思い出しました。

イメージの中で、過去の記憶にトリップ。


アーティスト の 極められたパフォーマンス って本当にすごい。

アーティストが実際のところ 人 としてどういう人なのか 
というのは、

それらのアーティストと 人と人 としての関係を築くわけではないので 置いておくことができる。

パブリックパフォーマンス と プライベートの人としての在り方 は 必ずしもつながらない。
いち観客として感動させてもらえる 気軽さ、あるいは無責任さ? も感じる。

人の心を揺り動かすパフォーマンスに魅せられる
インスピレーションをもらう

人間に生まれてきて、人として生きている限り、アートの要素って、いろんな意味で欠かせない。




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by totoatsuko | 2014-08-04 16:44 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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