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葛藤と爆発を受け止め 見守る 1

d0065558_22344320.jpg現在 小学校中・低学年 と 幼児 の子どもの母親をやっています。

2歳児のイヤイヤ期 - それは自我の芽生えであり、自分でやりたい、やりたくない、でも、イヤイヤ という表現で表される、全てを拒否したり、泣き叫んだりすることでしか自分の思いを相手に伝えたり、自分の気持ちを落ち着かせることができない時期です。

先日、保育園に2人の子どもを自転車に乗せていっているお父さんが坂の上の方を走ってる。
前に乗っている子が、ぎゃぁ~~~~ っと絶叫する声が坂の下にいる私にも届いてくる。

はぁ~、わかるわかる あの感じ、
親的には、全力で一日のエネルギーが吸い取られていく感じ

と思いながら坂道をのぼっていくと赤信号で足止めされているところに追いつく。

泣いている子が、自転車の前の座席から脱出しようとしていて、危ないから、お父さんが抱っこ。
「TVが見たいって 泣いてるんですよ・・・」

なんでそんな事でそこまで騒がないといけないかな、っていう理由でも、
その子にとっては、世界の終わりのような状況なのだ。

あるいは、口で言ってる理由は ただ言っているだけで、
裏には、 構ってほしかったり、場をコントロールしたい欲求があったりするのだけれど。。。

そんな、一日も何回もある爆発を、あの手この手でなだめたりすかしたり、あるいはスルーしたり、
受け止める、見守る、など、いろんな形で親として向かい合う。

下の子を抱っこしたままでは、自転車はこげない、、、後ろの座席にはもう一人の子どもが座っている。

こんなこともいっぱいあったなぁ、じゃぁ、じゃぁ、私 どうしたらいいのよ、泣きたくなる、、、って状況。
シンパシー と エンパシー。
沢山のシーンが デジャブ。

結局、後ろに乗っていた子は、歩ける年齢なので自転車から降り、
お父さんは、こどもを抱っこしながら自転車を押してあるいて保育園へ。

大人とだったり、聞き分けができる年齢の子どもとだったり、、、
保育園までの距離を移動するだけなら、こんな一大事にはならない。
乳幼児を育ててみないと、あの理不尽な状況のすざましさは分かりにくい。

子どもを育てる中で かけがえのない幸せや喜びの時間を過ごさせてもらうが
大変な時間も それ相応にある。

それは、ある意味 当然 だとおもう。
ひとりの 人間 を 人 を 育てているのだから。


今、私の子ども達は その年齢を通りすぎようとしていて、新たな局面を迎えている。


この場面から今日の投稿を書こうと思っていたのに、
ふと、子ども達の小さいころの出来事が、保育園の送迎時で出会ったシーンで思い出され、結構なスペースをさいてしまった。・・・ので、続きはまた次回に!





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by totoatsuko | 2014-06-26 17:35 | Comments(0)

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争から W杯出場まで

d0065558_22335629.jpgサッカー 日本代表チームの監督を務めたこともある イビチャ・オシム氏。
国内で分裂したサッカー協会を1つにまとめ、今回 ボスニア・ヘルツェゴビナ代表が 初めてワールドカップに出場する道を開きました。

激しい民族間・宗教間の対立。
数十年前まで戦争をしていた国。
少年時代は、戦闘が始まると避難して外に出る時間も限られていた事もあった、
私が生きてきた、今の子ども達が生きている生活では想像も出来ないような過酷な生活をした人もいるようです。

ボスニア・ヘルツェゴビナの代表選手達や、その戦争を経験してきた、大事な家族を失った人たちの話を聞いていると、胸が痛くなり、目頭が熱くなりました。どれだけの思いで生きてきたか、どれだけのものを抱えながら生きているか。

家族や友人が殺され、その怒り、憎しみ、悲しみが、人を狂気に導いた。
そして、さらなる憎悪が生まれる。

相手を攻撃したり、力で押さえつける事で優位にたったり、支配しようとする、
そういう方法で、自分が悲しい思いを二度としないようにしようとする。

同時に、それは、相手側にさらなる憎悪を生んでいる事にもなっている。


オシム氏が言っていました。

みんな 平和に生きたいのだ、
その方法が、ずっとみつかっていない
ただ、様々な民族の選手が混じった選手達が 
この国の代表としてワールドカップに出て、パスをつなぎ、ゴールに向かっていく姿は、
ひとつの希望である、

という趣旨の事を。

今は実際戦争はしていないけれど
過去に散々傷つけたった人々の心の奥深くに根差している感情は、
みんなで なかよく 暮らそうよ というのが綺麗ごとで表面的のように感じられてしまう事もあって当然。

世界の歴史の中での宗教や民族問題は常に起こっていてニュースになっているけれど、
日本国内でも、差別や、隣人同士の憎しみ合い、家族間の関係のもつれ、どこにでも転がっている。

憎しみ合いは、なくならないとおもう。
憎い気持ち だって、好き な気持ちと同じ人間の感情だから。

そんな関係を どうやって生きるか という中で、人が 人として成長できる機会があるのだと思う。

好き だからって 
ストーカーやDVのような表現をしても相手に伝わらないし、
相手により嫌われて 自分を傷つけてることにもなる。

きらい だからって
殴ったり 相手に きらい! って言い放っても、
自分の きらい って気持ちを持つことで嫌な気持ちになっている自分の状態は変わらない。

人は みんなに支えられて みんなと一緒にいきているから
人とかかわる中で色んな経験をしながら 生きていく。

国内で殺し合いをしていて、この先自分の国がどうなっていくか分からない絶望の時代にも
その戦争がなくなるために それぞれのやり方で 信念を持って 平和のために生きてきた人がいる。
たとえ、その人のやり方が ある時点では 非難の槍玉にあがり、さらなる対立を生んでいたとしても。

オシム氏は、サッカーを政治や民族に利用したことはない、と言っていました。
彼は、他の国では、それが当たり前な事を知っていました。
さまざまな民族と宗教が混じり合うチームがある事を知っていました。

その事実を知っていても、理性で分かっていても
これまでの辛い経験から、相手を攻撃せざるをえない という人の心理は存在します。

オシム氏が監督でない時は、民族や政治や利権からのプレッシャーで 国の代表選手や、この国のサッカーに関連する事柄が決められていっていたそうです。 プレッシャーに負けてしまうのも、人だからしょうがないと思います。命の危険を感じたら、自分の身を守りたくなるのも当然。

その中で、

自分の命にかけてでも 選手達が 実力に応じて 公平に評価される環境を作りたい 
サッカーを通して 国が一つになれる事を示したい

その覚悟を体現されたオシム氏のこの国のサッカーにおける功績は、計り知れないと思いました。

彼は、しかし、人々の対立する気持ちは、そう簡単に変わらないと知っています。
この出場は 一つの光にすぎない。
結果によれば、これが次の火種になることもある。

それを冷静にとらえている彼の深さに感銘を受けました。

これまでに起こったことは消えない。
心の傷も、消えるわけがない。
恨み節も、仕返しもしたくなるくらい、自分の心のなかのぐちゃぐちゃが、
やりきれない気持ち爆発させてしまう事になりそうでも、
そうやって、同じことを繰り返さないための一歩を 
毎朝太陽が昇り、新たな一日が始まるごとに、私たちは日々踏み出すチャンスを与えられている。

これまでと違う歴史を自分たちでつくっていく そう思って生きていく過程を通して
今の時点では想像ができない形で、二度と同じことを繰り返さないための道を切り開いていける
切り開いていっているんだ

といつも思っています。

様々な価値観や生き方を持っている人たちが、お互いを尊重しながら、教え合い、学び合い、助け合い、一つの事に向かって生きていくことは可能なのだと、私も信じています。




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by totoatsuko | 2014-06-23 11:06 | Comments(0)

全ては大円熟へ向かっている

d0065558_22331139.jpgマリーゴールド・ホテルで会いましょう という映画の最後のフレーズが心に響きました。

みんな一歩踏み出すことを恐れている。 
本当に怖いのは 今がずっと続くこと。
それで足がすくんで動けない。動けないこと、不満な状況を何かのせいにしたがる。

自分が一歩踏み出せば 今とは違う今が生まれる

全ての事は、大円熟へ向かっている。
もし、今、とても不安だったり うまくいっていなかったら、それは 大円熟にむかう ”途中” だから。



というような趣旨。

望む、望まない、に関係なく、気づいているかそうでないかに関わらず
状況というのは 常に変化している。

個々人のスピードは違っても、体の老化? 変化? を防げないのと同じ、
今 この一瞬と全く同じ一瞬は ない。


人との関係も、状況も、実は常に変化している、どんなに最悪な状況 でも、だ。
ささいな変化に気づけたら、それが よりよい変化を生む力になる。
(あ、悪化させることもあるケド・・・今日はそんなネガティブケースは置いておく。)

変化に、一踏み出すことに対して足を引っ張られるかもしれない、反対されるかもしれない、
否定されるかもしれない、自分の心も怖気づいているかもしれない。

しかし、全ての事は常に変化している、空気が常に動いているように。
それなら、主体的に変化にのっかり 気持ちの向く方に、自分の気持ちが苦しくない方に 
乗っかってみようよ アクションを起こしてみようよ 冒険してみようよ 
自分が腐っていくチョイスではなく 円熟する事に繋がるようなチョイスを 言葉を 行動を 重ねよう

日々いろいろ事件は起こる 
感情も ブンブン音をたてて揺れることもある
まるで壊れかけたトラックで ジャングルの凸凹道をはしって 体中が打撲しているような
でも、車のハンドルは 他の誰かに握られているような感じがするときも

しかし、いつ迎えるか分からない 自分の肉体の死 がくるときは、
大円熟しているはずなのだ

その 円熟 に必要な過程を いま歩いている 経験しているだけ。

すべての物事は、大円熟の極み へと向かっている。




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by totoatsuko | 2014-06-19 00:52 | Comments(0)

何故 GIM は 効く のか

d0065558_21444639.jpgGIM (Guided Imagery and Music 音楽心理療法)
に関する論文を読み返していて、

どうして、
GIM が言葉だけの心理療法よりも 即効性があり、
無意識に深く深く入っていけるのか?

何が 言葉だけの心理療法・カウンセリング と根本的に違うのか。

音楽を聴きながらイメージを見る作業が、
どのようにして意識と無意識に働きかけ、
心の内側からの 自主的な変容 
を可能にしているのか

夢 という形でイメージを体験する作業は、
心にとってどういう作業なのか

という事などを説明している箇所で、
この表現いいな、と思ったものを以下に本文から抜粋します。

この投稿の一番最後に、この英文を紹介することで皆さんに伝えたかった内容を、
この英文に書いてある表現を拝借しながら日本語で書きます。


In dreams, the events happen completely at the unconscious level. In Active Imagination (and in GIM for that matter) the events take place on the imaginative level, which is neither conscious nor unconscious but a meeting place, a common ground where both meet on equal terms and together create a life experience that combines the elements of both. The two levels of consciousness...complement each other; they began to work together; and, as a result, your totality begins to form itself nto a unity. The dialogue of conscious ind with unconscious gives rise to the transcendent function, the self, that stands as the synthesis of the two.


Johnson, R. A. (1986). Inner work; Using dreams and active imagination for personal growth. San Francisco, CA: Harper & Row Publishers. pp.139-140
より抜粋。



Dream imagery is difficult to grasp namely because of the primary process that shape its expression. It is condensed due to the very nature of the buiding blocks of dreams - the complexes and archetypes that are made visible in the dream.

When we use GIM, the dream images get dissolved, broken down into managable chunks, and thus become more accessible to the conscious mind and amenable to integration and coming together of psychicenergy and contents that have surfaced in the dream...GIM can help bring dream content closer to the light of consciousness because its essence is conscius participation in the imaginative experience...later in the series, when clients do profound work in GIM and the ego is more open to unconscious material, their dreams may become fewer but more focused and less repititive...Images reappear and undergo transformation in the dream space and in the space of music, as the two spaces provide matching containers...when we use GIM... (it) foster the healing capacity intrinsic to the psyche.


IIcheva, Y. (2011-2012) Dreamwork in the Bonny Method of Guided Imagery and Music - GIM as a dreamwork vessel. Journal of the Association for Music and Imagery, Volume 13. pp.68-69
より抜粋


深層心理の事をを語っている スイスの精神科医であり心理学者でもある C.G ユング が、
夢は人間の無意識の部分を イメージとして照らし出しているものであり、夢を見る事自体が、心がそのバランスを取り戻そうとしている作業の一つだ、という事を最初に唱えた人です。

ユングより少し前には、active imagination, 連想 によってイメージされるものは、深層心理が抱えている事と密接につながっている、と言う内容を フロイド という こちらも ドイツの精神科医であり心理学者が唱えています。 もう100年位前のことです。

夢は、無意識が創造するものなので、
夢を見ているときに 自分の活性化した意識 との対話は起こりません。

よって、夢をみること それ自体は、無意識のカタルシスになり得ても、現状の自分の思考や行動パターンを変えたり、心の本質の問題を変容するためのプロセスには、あまり繋がりません

解決されないがゆえに、何度もなんども同じテーマを見続ける事もありますが、GIMで心のプロセスを深める事により、日常の自分の状態も変容し、夢の繰り返しは減ると同時に、同じテーマでも、もう少し深い内容の夢を見るようになっていったりします。

フロイドやユングは、連想内容や夢 をセッションで語り、分析することで、無意識の層の深い問題をひも解いていこうとするアプローチをあみだしました。よりよい分析をするために、人間の普遍的な心理が象徴的に描かれている宝庫である神話や言い伝えなどの研究も深めました。

GIMは、夢と違って、全くの無意識状態でイメージを見るのではなく、
また、意識して セラピストに促されて何かを連想するのではありません。

イメージを見ている間は、クライアントは音楽を聴いており、セラピストと言語を使って会話をします。

言ってみれば、 GIMセッションの中でイメージ体験は、
無意識と意識が交差すること を可能にし、
その無意識と意識のブレンドで起こる心の化学反応を
身体的感覚 や 感情 や スピリチュアルな感覚 など通して
ホリスティックに 自分 を体験することに繋がるのです。

(ちなみに 催眠・ヒプノシス と GIM は全くちがいます。
GIMのイメージや 本人が話すことは、本人が主体的 に話している事で、
自分の感覚が失われている ような状態にはなりません。)

エゴが自分の無意識の層に対してよりオープンな姿勢に変容し
心 が本質的に内包している 自己治癒力 を発動させ、 
無意識の中に蓄積されている いろんな感情や思考要素に ひとつひとつ光をあて、
これまで近づけなかったところまで詳細に、無意識の自分と エゴや意識の部分 どちらもで見つめていくことを可能にします。

エゴや意識 と 無意識 の対話が自然と可能になってゆき、
自分の力で変容を起こしていくプロセスを、GIMのイメージ体験は可能にするのです。


と、ここまで書いて、読み返してみて、
ん~、試みに反して、私が知識や経験を通して知っている 
GIM 音楽心理療法、カウンセリング のユニークさ、
GIMセッションを数回重ねて体験すると

自分自身の物の感じ方 や人との接し方 や心の状態や気持ちの重み や言動 の変化が
それは、思いもよらないイメージ体験の変化を通して、思いもよらない方向性が生まれてくるので 
(無意識からの変容だから、意識としては 思いもよらない わけです)
マジカル に感じる人もいるところ、

そういう事はうまくは説明できてない感じがします。

分かりやすい表現が出来るように、また精進してゆきます!



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by totoatsuko | 2014-06-05 00:20 | GIM:音楽と深層心理イメージ | Comments(0)

心の傷に翻弄されない-思考・行動パターンを深層心理から変えよう

d0065558_10174155.jpg

自分の傷をいやしてもらえそうな相手と付き合う、 
というのはナンセンスである。

ナンセンスだけど、
無意識に行われることだから止めようがない、
何等かの形で無意識にきづき、そこと対話をしない限りは。




今のパートナーは、嘘を平然とつき続けるし、約束は守らないし、家にも帰ってこない。それでも、自分の都合のよい時に、自分の都合のよい時間の過ごし方を子どもとして親子ごっこ、家族ごっこをして自己満足している様子。自分が思っている家族という形は 存在しない。 この人と家族である意味がない。
そして、その事についてこれまで何度話をしても、何も変わらなかった。
ほんとうに心から傷ついている。
ほんとうにもうこのまま生きていくことは出来ないと思っている。

そして、ここに 今、 従順そうで、嘘などけっしてつけなさそうな、擦れてない感じの人がいる。
(本当にその人がそういう人であるかは、不明である。
心の痛みにより 錯覚 が生じていたり、見えていない部分が沢山あるかもしれない。)
その人と話しているときは、自分のパートナーと接しているときに感じる不信感や猜疑心や悲しみを感じない。

その人と一緒になることで、自分の傷は嫌されていくような気がする。


そんな話を巷で聞きました。


しかし、自分の傷は、本質的には誰かには癒してもらう事は出来ないのです。
辛い事実だけど。

もし、自分の傷 = 心の問題、心理的ニーズ、心理的に抱えているもの を相手にどうにかしてもらう、
という心理的ニーズの土台の上に誰かと深い関係へ発展させていくのならば、

それに吸引される相手も何かを抱えている場合があり、

程度の差はありますが、それは 共依存 といって、お互いが 依存 した関係になってしまい
言い換えれば、お互いがお互いを蝕む関係といえます。

それは、無意識間で起こる化学反応であり、
当事者たちが、自分の無意識にある心のひづみ を自然と意識していくことはほとんどありません。
何故なら、無意識 だから。

何かほんとうにうまくいかなくなって別れても、それが、各々の 自分と向かい合っていない心の何かが関係しているのではないか、という疑問すら浮かんでこず、ただただ 同じような関係を別の人と繰り返していくかもしれません。

共助 と 依存 は違います。
愛 と 依存 は違います。

依存関係にあれば、相手が自分の思うように動いてくれなかったり、相手が変容していったとき、この人はこんなはずじゃなかった、と相手を攻撃してしまいます、意識的に、そして無意識的に。裏切られた、と思う気持ちは、本当につらくて悲しいものでしょう。 

そうやって、無意識に 自ら依存関係におき、
自分で自分と対話するのではなく、誰かになんとかしてもらおうと思う事で 
ーそれは、大抵の場合、こういう心の構造を客観的にとらえたうえではなく、
無意識 にそういう行動をしているのですが、

過去に作った心の傷を見ないようにしたり、癒されていくように表面的に一時的に感じようとする。
実際、癒されたように錯覚できる。

しかし、人間関係は、麻薬ではありません。

麻薬が切れた時、
癒されたい、というニーズ、死に絶えそうな心の叫び に相手が応じなくなったと 感じた 時、
相手のせいにする、次の人にのりかえる。
相手のせいにすることに怒りや悲しみのエネルギーが集中し 相手を悪者にできる。
次の人に乗り換えれば、最初の心理的なハネムーン期で楽しく過ごせる。
どちらも、自分が自分と向かい合う事を避けていた、という事実から避ける事ができる。

麻薬なら、切れれば また使えばいい、体と精神は蝕まれていくけれど。 
付き合う相手も、関係が深まる前に、
あるいは、気に入らなくなったら どんどん次へと変えていけばいいのかもしれません、
麻薬と同じで、そんな事を続けていれば、知らないうちに どんどん心身は蝕まれていきますが。

何故 うまくいかなくなる関係を自分は始めたのか? 
何故 この人を選んだのか?

関係は 相互のものですから、
自分の言動・思考も、その関係が始まり発展しつくりあげていった要素の大きな一部なのです。

相手は自分の思うように変わってくれはしません、自分が相手の思い通りに動けないのと同じ。

人生のパートナーは、一緒に 二人がリンクしている部分で、長い時間をかけて、いろんな 事件 を共に乗り越えながら 二人で一緒に作っていこうとするスタンス が必要です。たまに会うだけの関係ならよいですが、人生をかけて、何年、何十年かけて、自分の心のニーズのためだけに、相手の心のニーズを満たすだけのための存在はできません。

自分が パートナーの奴隷やお飾りやスパイスでないのと同じです。

相手も自分と同じ 心 を持った人間であり、
誰からも指図されない 自分の人生を生きる権利 を持っています。

もし、自分の心の構造にひずみを感じていたら、
心が抱えている痛みや苦しみや悲しみに少しでも気づいたなら、
それに自分が向かい合い、自分でその痛みを 本質的に何か別のものに変えていく 
自分自身が持っている self-healing の力を自分の中に見つけ その痛みに囚われない
そういう生き方が出来るような自分になっていく内側から変化するプロセスに寄り添い、促すことが出来る 
専門家 のところにどうか行ってください。

もう これ以上 自分を傷つける選択を 自分でしてしまわない生き方 を
自分自身で選んでいくことが出来るようになるために。

深層心理は、思っているより 計り知れなく膨大で複雑で根深く強力なものです。

って、その事実に自分で気づけば、特にすっごく悩んでなくても専門家のところに行こうと思えますが、
自分の心の事をそういう風にとらえる というのは、とても難しくハードルが高いものだと思います。

なにせ、無意識=実態をクリアーに感じられない領域 ですから。




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by totoatsuko | 2014-06-04 10:18 | GIM:音楽と深層心理イメージ | Comments(0)

ケミカルフリー の夏のおやつ

d0065558_22293064.jpg週末は、日中ほんとうに暑かったですね~。 
5時をまわってから、木が沢山ある公園に行って日が落ちて暗くなりはじめる7時過ぎまですごしました。 

夕涼み、とはまさにこんなかんじ。
風がここちよく、さわやかでした。

写真は、イチゴとメイプルシロップで作ったかき氷シロップ。
ごろっとイチゴの粒が入っています。


隣のテーブルで小学生が同じものを食べていて、お母さんに
「どうしてお祭りのシロップは変な味がするんだろうね」 と言っていました。

この週末は、今年初めてスイカをたべたのと、リンゴジュースわらび餅を作りました。

わらび餅粉を、純粋なリンゴジュースと少しの塩で溶かし、熱を加えながら練って、冷蔵庫で冷やす。
お砂糖を加えない黄粉で和えて食べます。

暑いなかわらび餅粉を溶かしたリンゴジュースを練り練りするのは、あんまり楽しい作業ではありませんが
多めに作れば、数日は気兼ねなくおいしい冷たいデザートが食べられる、と自分を励まして作ります。

その他のウチの夏のデザートと言えば、冷凍フルーツ。 特にバナナは簡単。

夏の冷え、は体調管理の大敵。
ケミカルもお砂糖も、中毒性があるだけでなく、精神不安定を引き起こす要因を含んでいるし、
体を内側から内臓から冷やします。

お砂糖も、添加物も入っていない、体に害のないおやつ、しかも手軽につくれるもの、お試しあれ。




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by totoatsuko | 2014-06-01 22:40 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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