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事実をみつめる

d0065558_22575995.jpg100,000年後の安全、という一時間ちょっとの映画が、2014年2月10日まで、youtube で無料公開されています。 映画のトレイラーはこちらから

以下は映画のHPに載せられているこの監督のコメント

***

10万年もの耐久性がある世界初の放射性廃棄物の最終処分場を造るオンカロ・プロジェクトは、建築学的にも哲学的にも、これまでのどの先人の試みをも越えるものです。現代の異様な解決法は新しい何かを表しており、我々の時代の象徴になると思っています。

記録しがいのある(暴きがいのある)現実が1つの実体のみで構成されているとは思いません。むしろ、現実とは、その解釈によって決まる、解釈の余地があるものだと信じています。つまり、私は、どのように現実が解釈できるか、解釈されているのか、その可能性とそれを構成するものに興味があるのです。

***

事実をちゃんと知って、一人ひとりがどう考えるか、現実をどう解釈するか、どういう未来をつくっていきたいか、不自由なのは嫌だから、現状維持したいから、自分が死んだあとの事は考えない事にするのか・・・


10万年、何も変わらなかった地球上のものは存在しない。


地球の誕生から現在まで、およそ50億年という月日が流れています。
そして、いまからおよそ400万年前に猿人が現れ、
80万年前にジャワや北京に原人が現れ、
次に15万年前にネアンデルタール旧人、
3万年前にクロマニヨン新人が現れた、と専門家たちの研究からわかってきています。

人類らしきものが地球上に現れた400万年前を、
地球の誕生から現在までを1日経過したとたとえるなら、
人類は、ほんの1分前に現れたことになります。。。

人類が現れてから400万年間に、10万年サイクルの氷河期が繰り返されているとのこと。
これから6万年以内に気温は下がり、地球は数キロ以上の厚みの氷で覆われるのだそう。


こんな何万年、という単位の定規で自分の命を考えたら、人間の心の迷いなんかを考えたら、
なんだか、今生きている感覚が変わっていきそうです。

それは、投げやり になる、という意味ではなく、
人間の真剣な悩みも悲しみも喜びも感動も、
何億年という時と空間の中で転がされているような、守られているような、、、

いずれは絶滅するであろう人類の歴史の一部で、
与えられた何か大きなるものからのタスクをしっかり生きないと、と思うのでした。





参考までに
いのちの食べかた our daily bread
今 私たちが食べている食料は、 どこで生まれ、どのように育てられ、どんな風につくられているのだろう?オトナ達も、学校も、社会も、私には教えてくれなかった事でした。
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by totoatsuko | 2014-01-24 22:58 | Comments(0)

教室に音楽家がやってきた

d0065558_11154826.jpg毎年いろんな動画バージョンが出るのですが、以下の今年のもステキ。

ベートーベンの第九をオーケストラの団員達がホール以外の所で演奏していく

今年は、子ども達の教室に、最初はコントラバスが置いてあるところから始まり、だんだんアーティストが教室に入ってきて、子ども達を囲む、曲が最後に近づくにつれ、体が音楽に動き、喜びがあふれていく子ども達のシーンも織り交ぜられている。


足をとめて聞き入る人たちの表情にも心が洗われました。
そして、動画の風景も、とてもきれい。


音楽療法で使われる音楽の使い方とは全く違うけど

こうやって、音楽が ”日常” にあることが、いかに私たちの心に大きな影響をもっているか、
改めて感じさせられます。
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by totoatsuko | 2014-01-14 22:45 | Comments(0)

Container というテーマで考えてみる

年末にcontainer をテーマに粘土作業を行った事に関してブログ記事投稿したあとの、
私の中のプロセスのつづき・・・

私の体は、
私の内臓、骨、血、魂・霊性・spirit 、気・エネルギー、記憶、感情、理性、生きてきた歴史 の入れ物。

肉体である内臓、骨、血、など手で触れるこの、目に見えるもの、は私の体から出ていかないけれど、
そのほかのものは、肉体を離れることもある、肉体に制限されないもの。

私の”家” という入れ物は、
今の時点では
私の子どもたちと、私の居場所。
帰ってくる、出かけていくときのホームベース。
家族としての営みを送る場所。
食べるものや着るもの、生きるために必要なものを保管してある場所。

家族としての時間をまもってくれる場所。


私の生きている ”社会” という入れ物は、
この社会で生きている人を支える、あるいは、その人たちが頼るシステムがある所。
歴史を積み重ね蓄積している場所。

地球、という入れ物は、
地球上の全てのもの、目に見えることも、見えない事も受け入れている土台。
地球上の生命を脅かすこともする (天然災害も、人為的災害も)。
地球上の生命に栄養を与え育みもする。

入れ物と中身は離れていない。
地球という大地に根を張っている草木は、地球という入れ物にも栄養を送り、入れ物を強く豊かにしている。
地球上の生き物は、死ねば地球の一部になる。


私の体という入れ物も、中身と分離していない。
内臓、骨、血は、私の気持ちや意思で選んだ食べ物によって作られ、
すべてが混ざり合って 私の今の ”気” ・ 霊的なこの世での存在 を作っている。

食べ物をいただく、という視点からみた私 という存在は、
地球上で育まれた命の入れ物でもあるといえるかもしれない。
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by totoatsuko | 2014-01-13 14:26 | Comments(0)

思いあう気持ち

d0065558_22535180.jpg家族は、今の私にとって Home ーシンプルな基本に立ち返らせてくれるところです。

子ども達は、まだまだ私の”お世話”を必要としていて、
それを、心も体も休まることがない ”育児” という言葉で形容される事なのかもしれませんが、
先日 その子ども達の気持ちをもらって涙が止まらなくなった出来事がありました。

長い一日の仕事から帰ってきたその日、
先に帰宅していた子ども達が
ここに座って、とまずあったかい紅茶をだしてくれて、
それをいただきながら私と娘が体を温めている間、
テーブルにランチョンマットを敷いて、
残り物のオカズなどをフライパンなどを使って全部あっためて、
夕食のセットを全部して、
その裏で、もう一人が洗い物も全部終わらせて、
みんなで一緒に食事をしました。

どうもありがとう、とっても嬉しいし、びっくりしたよ、とお礼を言ったら、
顔をしわくちゃにして笑顔で返してくれました。

私が喜んでるのを心から喜んでいる子ども達の気持ちを、心一杯に感じました。

相手を思う気持ち、その気持ちを交換出来ることって、本当にステキなことですよね。
思う気持ちは、人の気持ちをおだやかにする。
傷も癒してくれる。

感謝と温かさで満たされていく気持ちで、涙がとめどめもなく頬を伝いました。


怒涛の日々、怒涛の子育て、いろんなことがある子ども達との関係、家族との関係が日々流れている中で、

心底 自分が相手の事を愛しているということ、心底大事に思っていること、
そして、同じように 自分も 相手に 思われている、愛されていると感じることを
誰しもが持っている感じる力、伝える力。

特別の力じゃない、赤ちゃんでもできること、でも、忘れられているかもしれないこと。

家族と気持ちを深く丁寧に交し合う時間のかけがえのなさを感じました。


人 は、人の、地域の、社会の、将来の宝ですね。
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by totoatsuko | 2014-01-10 23:04 | Comments(0)
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音楽療法士(GIM)のつれづれ


by totoatsuko
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